広き檻の中で 第13回
[bottom]

「はぁはぁ……いってて…」
あれからなんとか志穂から逃げ切り、医務室までやってきた。服を脱いで腕の傷を見たところ、
それほど傷は深くなかった。
これぐらいなら止血できるだろう。
「………はは」
腕に包帯を巻きながら思った。俺は行きたがっているじゃないか。
生きる事に『真剣』になっているじゃないか。
「こんな形で……取り戻すなんてな。」
無くし物を完全に取り戻せる方法は一つ。
無くした物を本人が直接体感することだ。それもかなり強いインパクトで、だ。
俺の場合は、志穂にナイフで刺された事がそれだろう。
いや……もしかしたらもっと前に取り戻していたのかもしれない。
本当に真剣さが無いのなら、さっさと自殺しているはずだ。
でも俺は……この屋敷から出たくなかった。今まで一緒に楽しく暮らしてきた家族がいるからだ。
だから俺は、今まで不真面目な性格を擬態していたのかもしれない。
この屋敷に居続けるために、軽い暗示にかかっていたのだ。
グッ!
しっかりと包帯を締め、気を入れ直す。
これからのことを考えよう。
まずは里緒さん。
彼女を説得するには、まず『悲しみ』を取り戻してもらうことが先決だ。
ただ当主を自分の手で殺してもダメだったとなると、難しくなる。
人の死より深い悲しみは無いだろう。となると、より親しい人が死んだらどうだろう。
例えば……え?お、俺?
「死ぬのは勘弁ザンス!なぁ、友よ」
と、埃のかぶった人体模型に同意を求ル。
真剣さを取り戻しても元の性格がこうらしい。ま、シリアスは似合わないからナ。

次、志穂。
レッドゾーン突入してんな、ありゃ。まぁ、俺のせいだが。
問題はこの二人が出会った時だ。流血どころじゃなくなるな。自分の血はまだしも、他人の血は見たくない。
俺自身、志穂にあったところでどうしようも無い。思案は後回し。次、お嬢。
一番の謎。行方不明な上に、数々の罠……あんなことするのはお嬢ぐらいだろう。
でも一体なんでダ?
……わからん
ドサッとベットに横になり、目を瞑る。
「はぁ〜〜。会議は踊る、されど進まん」
あぁ、タレーランが光臨してケチつけにきたヨ。
ズル…ズル…
ん?
廊下を何か引きずるような音が聞こえる。
それなりに重そうな音だ。里緒さんの刀ではないな。
………もしかしたらまた死体を引きずってたり……
いやいやいや。ホラー映画じゃあるまい。
まぁ、この状況で言ってもリアリティがあるが。
じゃあなんだろう…………え?覗いてみろって?Ahaーー!!
俺はチキンなんだヨ。と、骨格の標本に突っ込んでる間に音はさっていった。
………こうでもしてないと恐怖とプレッシャーに押しつぶされそうだ。
大事な局面ではしゃぐ奴ほど不出来な人間という証拠。認めるさ。
ガチャ
再度音が去ったのを確認し、ドアを開ける。右から左へと動いていった。
左の廊下を見渡すが、すぐ近くで折れていた。
「…一体なんだっ……「見つけた……わよ……しんやぁぁぁ!!!……」
確認不注意。左にばっかり気を取られて右を見なかった………
声で解る。
「し……しほちゃん…」
恐る恐る、顔を左にむけたまま声を掛ける。
「ふふふふ……もう二度と逃がさないわ……あは、はは……あなたは…私だけのものよ………
くくっくっ……だから、だから二人で行きましょう………誰も邪魔しない…楽しい…所へ……」
カチャカチャ
ナイフの刃を出し入れする音が聞こえる。
音からして距離は20Mほどか。だんだん近付いてくる。
楽しい所。
天国か、はたまた地獄か。
「ダッシュ!!」
俺は園への入口から逃げ出した。


[top] [Back][list][Next: 広き檻の中で 第14回]

広き檻の中で 第13回 inserted by FC2 system