広き檻の中で 第3回
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………来ない。
おかしい。既に花瓶を落としてから五分が経っている。いつもならすぐに来るのに今日はこない。
不機嫌なまま寝室を出て晋也を探す。普段自分から出向くことなど滅多に無いのだが。
……しかし自分ね家なのに道に迷うというのはいかなるものか。だいたい広すぎるのだ。この屋敷。
しかも意味のない行き止まりまである。まるで昔の絵本にあった迷路のようだ。
十分ほど歩き、台所の近くまで来ると、何やら騒ぎ声が聞こえた。
「くぉらぁー!晋也ー!お嬢様になんて本読み聞かせてんのよ!!!」
「お、落ち着けい!!志穂!ぼかぁお嬢に清く正しい性教育を教えたまでで……」
「官能小説のどこか正しい!?」
志穂と晋也だ…
なるほど。だから来れなかったわけか。
「晋也!志穂!」
晋也がナイフをまな板で受け止めていたところへ声をかける。
「二人とも、もう仕事は終わったのですか?」
「あ…」
志穂の顔色が変わる。この様子だとまだ戸締まりもしていないのだろう。
「すいません、お嬢様。今すぐにしてきます!」
猛ダッシュで走りさっていく。よし、これで晋也と二人っきりだ。
「晋也。ちょっと私の部屋に来てくれます?」
「ええ、わかりました。」
なんの疑いも無しについて来る。これでさっき思い付いた作戦も成功するはずだ。
誰よりも早く晋也を自分の物にする方法。
カチャ
部屋に入り、気付かれないように鍵を締める
「あの壺を落として割ってしまったのです……」
「あいや!娘子よ!こりゃまた派手におやりになったな。」
そういいながら破片を拾い集める。
今だ…
ゆっくりと晋也の背中に乗りかかり、耳元で囁く。
「あー。危ないですってお嬢。離れててください。」
「いいのだ、晋也。実はもう一つ頼みがある。」
「はぁ?」
「私を抱け。さっき読んだ小説の様に。」
瞬時に晋也の顔色が変わり、私を引き離す。
「あ、あははは……お嬢も冗談がうまくなったっすねー」
「冗談等では無い!わ、私は本気で言っている。」
どうやら私が本気だという事が伝わってないらしい。だから一気に服を脱ぎ、下着姿のままさらに迫る。
「お、お嬢!俺、片付け終わったんで失礼します!!」
ガチャガチャ
「無駄だ。内側から鍵がかけてある。この鍵が無いと開かないぞ。」
晋也が泣きそうな顔をする。気持ちいいというのだから素直に抱いてくれればいいのに。

「どうした?なにをためらっている?」
ズイズイ
「いや…俺はお嬢を抱くなんでできないですヨ……」
「!!!ど、どうしてだ?!これは命令だ。抱け!抱くんだ!!」
ガチャ
「あら?お嬢様と…晋也さぁん?な〜にしてるんですかねぇ?」
いきなりドアが開き、里緒が顔を出す。顔はいつものようにぽんやりと笑っているが、
目と声は笑っていない。
「里緒!どうやって開けた!?」
外からは開けられないはずなのに……
「ふふふ、ちょちょっとですねぇ…」
ダッ!
そのすきに晋也が逃げ出してしまった。
里緒の奴め……自分も晋也が好きだからって主人である私の邪魔をするなど……許さん!!





「ふぅ、びびったびびった。」
まさかお嬢まであんなことするとは思わなかった。まだまだ子供だと思っていたのに。
人の姓長ってはやいネ。
「……って教えたの俺自身じゃん。」
一人呟き自己嫌悪。
お嬢は一度も外へ出た事がないため、体の成長が乏しい。
だから17歳とはいえまだ中学生レベルの発育なのだ。
つまり見た目はペド……青い果実だ。
「ふむ、それを食べたら犯罪と言うモノだよ、晋也君」
「なにぶつぶつ言ってんの?危ない人みたいだよ」
急に後ろから志穂に声を掛けられた。
「そんなことしてる暇あったらさっさと台所の掃除でもしてきなさい。」
偉そうに言って去っていく。嗚呼、ムカムカする。



ゴシゴシ
「……ふぅ、終わった。」
台所の掃除を終え、モップを掃除用具入れにしまう時、悪戯心が芽生える。年を取ってもやんちゃな心。
モップをドアに立て掛けたまま閉じる。開けると頭にコツンというあれだ。
「ま、志穂か里緒さんがひっかかるだろ。」
期待に胸を震わせながら、風呂に入る事にした。



風呂から上がり、台所に来てみると、里緒さんががまだ下ごしらえをしていた。
この様子だとまだブービートラップの餌食にはなっていない様だ。
「あ、晋也さん。掃除は私がしますからいいですよ〜」
そう言いながら掃除用具入れを開けようとする。
(ワクワク。里緒さんびっくりするだろうな)
ガチャ
「え?」
「!!!!」
ドアを開けた瞬間、自分の体が勝手に動いていた。
飛び込む様に里緒さんに飛び付き、押し倒す形になる。いつもなら胸に顔を埋めるぐらいはするが、
今はそんな調子じゃない。
ドン!!
モップにしては鈍い音だ。恐る恐る振り替えると、降りかかってきたのはモップではなく………
薪割り用の斧だった。
「び、びっくりさせすぎだぎゃ!!」
思わず訛ってしまった。
「晋也〜……里緒さんになにしてんのぉ…?」
悪魔再臨
仰ぎ見れば、志穂が鬼女のような顔で仁王立ちしていた。
「や……晋也さん…お嬢様だけに飽き足らず私まで…」
「えっ!?」
「ちょ!あんた!お嬢にまで手ぇ出したの!?うわ〜〜ん!あたしは一切襲わないくせにぃ!!!!」
突然の連続パニックで頭がいっぱいっぱいだ。取りあえずこの二人から対処だ。
「馬鹿!!泣くな泣くな!ゴ、ゴキ!ゴキブリが出たんだよ!!
はやく里緒さんを連れ出して外で待ってろ!!ここはおいどんににまかせるでごわす!」
「へ?う、うん。」
俺の勢いに押され、里緒さんと台所から出て行く。
「え〜と…」
振り向いて見ると、やっぱり斧。どうみても斧。やんごとなき斧だ。
「Oh、noー……」
まるで今さっき研いだばかりのように煌煌と輝いていた。


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