赤色 第4回
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シンと朔、二人ともベッドに腰をかけて、他愛も無い事を話し続けた。
シンが離れていた間の屋敷の出来事。シンが暮らしていた町のこと。
それに、鈴音のこと。

「じゃあ、その、鈴音さんも、シンちゃんにとって、大切な妹なんですね」
「うん、血こそ、繋がってないけどね。それでも、鈴音がいたから、セリや朔姉ちゃんに
 会えなくなっても、寂しさはまぎれたよ。
 …大丈夫かな、鈴音。
 今頃、寮生活で大変だろうな。泣いてなけりゃいいけど」
「うふふ。そんなに心配してもらえるなんて、鈴音さんは幸せですね」

何だか、自分のシスコンっぷりをからかわれた気がしたので、シンは話題を変えた。
「そう言えば、朔姉、昨日屋敷を見て回ったとき、いなかったよな?休みだったの?」
その質問に、朔はうふふ、とだけ笑い、
「あら、いけない。もうこんな時間。そろそろ、怖い人がやってきちゃいますね」
と答えた。

怖い人?だれのこと?
そう聞こうとした時、シンの部屋のドアがぶち破られた。
ドアの向こうにいたのは、セリ。

「朔っっっ!!!!」
そう叫びツカツカと2人が座るベッドによってきた。
じろりと朔を睨み、シンを睨むと、
「朔、あなた、何をしているのかしら?」
地獄の底から響いてきたような声だ。
だが朔は気にすることも無く、
「シンちゃんを、起こしにきました」
と、あっけらかんと答えた。
「………あなたに、それを命じた覚えは無いわよ?
 第一、あなたには二週間の休暇を与えといたはずよ!
 なんでここにいるのよ!!
 そ、そ、それに、シ、シンちゃんですってぇ?
 あ、あなた、メイドの分際でなれなれしすぎるのよっ!」
セリがまくし立てるのを朔は聞き流し、
「ええとですね、まず何で私がシンちゃんを起こしに来たかと言えば、
 それがずっと私に仕事だったからですよー?シンちゃんが帰ってきたら、
 やっぱりそれが私の仕事になると思いますのよ、はい。
 あと、私の休暇の件ですが……これについては、ちょっと、抗議したいことがあるんですよ」
微笑みながら、しっかりとセリを見据え、朔は続けた。

 

「そもそもですね、何だか怪しいと思っていたんですよ。
 突然に休暇を下さったのは有難いのですが、その理由がこれですか。
 ……随分と姑息な事を」
「こ、姑息ですって」
「ええ、もう、大姑息。私に知らせないで、シンちゃんを屋敷に戻されて、
 しかもその時に私を外に追い出しとく腹積もりとは。
 私だって、シンちゃんが帰ってきたら嬉しい事ぐらい知ってるでしょうに。
 そんなに、私をシンちゃんに会わせたくなかったのですか」
「な、何よ。なんで、メイド風情に、お兄様が帰ってくること知らせとかなきゃならないのよ。
 あんた、分をわきまえときなさいよ」
「嫌です。これだけは譲れません」
「な、生意気な口きくのね。解雇しても、いいのよ、こちらは」
「構いません。と言うより、あなたにその権限はありません。
 私は、シンちゃん専用のメイドになりましたから」

へ?そんな話、聞いてないよ。
そうシンが首をかしげていると、
「……………お兄様?」
セリがギロリと睨んできた。

シンが朔の方を見ると、朔は自分のおでこを撫でていた。
「あ」
思い出した。

池に溺れて朔に助けられてしばらく、朔は頭に包帯を巻いていた。
数日たって、やっと包帯が取れたが、おでこに傷が残ってしまった。
その傷を見せながら、朔はシンにとうとうと語った。

「見えますか、シンちゃん?これは、あなたを助けるときにできた傷です。
 …こんな傷ができては、私、もうお嫁にいけないんです。どうしてくれます?」
お嫁にいけない。シンは幼いながらに、自分のせいで、朔の人生がだめになったのかとおののいた。
「…ご、ごめんなさい」
「本気で、あやまってくれてますか?」
「ほ、本気だよ」
「じゃあ、責任、取ってくださいね」
「せ、責任?」
ごくりとつばを飲む幼いシン。

朔はシンの手をとり、
「では、ずっと、私をお側においてください。
 シンちゃんが大人になるまでずっと、大人になってもずっと、
 結婚してもずっと。
 たとえ、この屋敷が潰れ、路頭に迷うようなことになっても、ずっと
 ずっと、永遠に、死が2人を分かつときまで、その後生まれ変わっても、
 ずっと、ずっと、ずうっと」
シンはコクコクと頷いた。
罪悪感と、朔の雰囲気に飲まれて。

 

そんなことを思い出していると、
「…お兄様?」
セリが迫力のあるまなざしで睨んできた。

「あー、うん、そういえば、そうなんだ。朔姉、俺の、メイドさんなんだよ」
「…はあ?おれのぉ?俺の、ですって?」
口をパクパクさせながら、セリがまなじりを吊り上げる。
「そうなんです。私ってば、シンちゃん専用になっちゃったんです。いやん」
「か、…は…」
ぶるぶると全身を振るわせるセリ。

「あの…セリ?」
おずおずとシンがセリに声をかけると、セリは引きつった笑顔で、
「何でしょうか?お兄様?
 ああ、そうですか。これから、専用のメイドと、用があるから
 出てってくれと言うつもりですか。わかりましたわかりました。
 ああ、そうですか。出てきますよ出てきますよ。
 でていきますよ!」
それだけ叫ぶなり、セリはきびすを返して部屋から出て行った。

あとには、ぶち破られたドアだけが残っていた。


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