赤色 第3回
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「シン様、シン様、起きてください。起きてください」
耳元で声がする。優しい声だ。
「朝ですよ朝なんですよ」
起きる様に促しているようだが、その声の心地の良さにまたトロトロと眠りに落ちそうになる。
「……起きないんですか、そうですか。
 …………じゃあ、とっておきの方法で起こさせて頂きますからね。
 …………………うふ…初日から、ついてますね、私。
 …………………いただいちゃいますからね」

そう言うと、声の主はシンの布団にもぞもぞと手を入れてきた。
そして、シンの寝巻きを探り当てると弄り始めた。

体への刺激に、シンの意識は猛スピードで覚醒し始めた。飛び跳ねるシン。

「あ、起きられましたか、シン様」
シンの体を弄っていた、メイド服を着た女性がにっこりと微笑んだ。
「な、なにすんだよ、あんた!てっか、誰だよ、あんた!?」
「何って、シン様を、起こしに来ただけですが」
さも当然、といった顔で答える。
「だからって、あんた、何も、あんな事しなくても!」
「でも、このとおり、シン様は起きてくださいましたよ?」
そういってメイド服の女性が首をかしげると、栗色のウェーブがかった髪が
ふわふわと揺れた。

そうなのか、屋敷では、こういうのが普通なのか?
…そういえば、屋敷を出る前は毎朝こうやって、メイドさんに起こしてもらって
た気がする。毎朝、くすぐられて起こされてたな。

あの時のメイドさん、どうしてるかなあ。
もう、顔も思い出せないけど、大好きだったなあ。俺の初恋のひと。
はあ。

「シン様?」
急に溜息をついたシンをみて、メイドさんが顔を覗き込んだ。
「どうしました?低血圧になったんですか?」
「いや、違う違う。大丈夫だよ」

ベッドから立ち上がり、新鮮な空気を吸うため、窓をあけるシン。
朝の爽やかな空気が心地いい。

窓から屋敷の庭が一望できた。
左には竹やぶがあり、右には大きな池があった。

―――大きな池。
昔お世話になってたメイドさんの事を思い出していたせいか、ずっと忘れていた記憶が蘇ってきた。

シンは屋敷を出る前、よく遊んでいたのは、その大きな池だった。
中で泳いでいる金魚に餌をやったり、アメンボを観察することがとても好きだった。

ある日、いつもの様に池を覗き込んでいたら、何かの拍子に滑ってしまい、池で溺れてしまった。
池の中でもがいていたが、誰も助けに来てくれず、死を意識し始めたとき、
そのメイドさんが助けに来てくれたのだった。

池からあげられ、そのメイドさんに抱っこされたとき、シンはメイドさんのおでこから
血が出ていることに気が付いた。
後から聞いた話だが、シンが池の中で暴れたため、池の中の岩で頭を打ってしまったらしい。

その時の、メイドさんの髪の栗色と、血の赤色のコントラストを、
シンははっきりと思い出していた。

ん?栗色の髪?
シンが後ろを振り返り、起こしに来てくれたメイドさんも栗色の髪だ。
シンがまじまじと見ていると、メイドさんはにっこりと微笑み返した。

もしかして、いや、ひょっとして、多分、ええと、たしか、
あのメイドさんの名前は、確か……
「…………朔、さん?」

キョトン、とした顔を見せるメイドさん。
あ、やっぱり人違いか、シンがそう思っていると、

「……ふぇ」
と変な声がメイドさんの口から漏れた。
次の瞬間、メイドさんの瞳から涙がボロボロ溢れてきた。

「ちょ、ど、どしたんですか!」
あわててシンが駆け寄ると、メイドさんは泣きながら、微笑んだ。
「だって、だってね、シン様がね、なん、何にも、私が言う前からね、
 ひっく、わた、私のこと、おぼい、思いだだぢで、ひっく、
 くれるん、うううううああっっぅううぅぅぅぅぅ」

メイドさんが―――朔さんが泣き止んだのは、数十分たった後だった。


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