赤色 第5回
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セリに蹴破られた部屋のドアをシンがみていると、
「あらあら。あんなにお怒りになられて。
 ほんと、セリ様にも困ったものです」
ぜんぜん困ってなさそうな口調で朔が呟いた。
「ではシンちゃん、ここは一つ、あなたがセリ様の機嫌を直してきて下さい」
「はあ?俺がぁ?」
ギョッとして、シンが朔を見ると、
「ええ。このままセリ様の機嫌が悪いままだと、あの方周りの人やら物やらに当り散らすんですよ。
 …それに」
そこまで言うと、急に朔は顔を曇らせて、
「それに、セリ様、ああやって興奮するとすぐに体調を崩してしまうんですよ
 ……セリ様、本当に体が弱い方なんです」

ドアを蹴破る人間の体がよわいだなんて信じられないが、それでも昔のセリの事を考えるに、
やはりセリの体調の事は気遣うべきだと思い、シンはセリの部屋まで行くことにした。

「うわ。こりゃ酷い」
セリの部屋につながる廊下のオブジェがほとんど全て壊されていた。
どれもこれも高価そうなものばかりだ。
おそらく、セリが叩き壊しながら歩いていったのだろう。
それらをメイドさんたちがせっせと片付けている。
「お世話様です」
メイドさん達に謝りながら、シンはセリの部屋に向かっていった。

「…やって来たとは言え、どうしたもんだか」
セリの部屋までたどり着いたが、正直言えば、セリに会うのが怖くなっていた。
ここに来るまでに見てきたセリの暴れっぷりに、シンはちょっとビビッていた。
引き返そうかなと思い、来た道を振り返ると、破壊されたオブジェを片付けているメイドたちの、
「何とかしてください!」
と言う視線にぶつかり、恐々セリの部屋のドアをノックした。

「あのーセリ?ちょっと、いいかな?」
恐る恐る声をかけたが、返事は無い。
「セリー?」
再度声をかけたら、
ガシャン!
と、ドアの内側で音がした。恐らく、セリがドアに花瓶を投げつけたのだろう。
「うへえ…」
セリのあまりの癇癪っぷりに溜息をつく。

 

 

そう言えば、屋敷を出る前はこうやって、セリの癇癪に悩まされてたっけなあ。
そうだ、セリは体が弱くって外で遊べなかったから、俺が朔姉と遊んでるのを見ると、
すごい機嫌が悪くなったんだよな。
で、それを持て余したセリのお付きのメイドさんが、俺に泣きついてくるんだよな。
それを聞いた俺が、セリの部屋までいって、セリの文句を聞いてやるんだよな。
一通りセリが言いたいことを言うまで喋らせて、たくさん喋ったセリが疲れて眠るまで、
手を繋いでやってたなあ。

そんな昔の事を思い出していると、シンは自然と笑い出していた。
なんだか、今の状況と全然変わっていない気がしたのだ。

そう思うと、セリの癇癪もかわいく思えてきた。
シンはもう一度、セリを呼んでみた。

「あら?何が可笑しいんですか、シンちゃん?」
気が付くと、朔が近くに立っていた。
シンの部屋のドアを直す手配を整えていた彼女が来たのだから、結構な時間、
シンはセリの部屋の前にいたのだろう。

「まだ、セリ様出てきてくれないんですか?」
「うん、結構本格的にすねちゃったみたいだ。
 ほんと、小さい頃から機嫌曲げやすいよな。
 大変だったでしょう?あいつの面倒見るの」
シンが頭をかきながらそう言うと、
「いいえ。そんな事ありませんよ。セリ様、本当はとても優しい方ですし、
 いつもはもっと、この屋敷の当主として、立派な振る舞いをなされてますよ」
「ええ、ちょっと、信じられないなあ。あいつ、小さい頃と変わって無いじゃん」
シンがそう言うと、朔はフフッとわらい、
「そうですね。あの方の唯一の欠点が、シンちゃんのことですからね。
 他の事なら、本当に理性的な方なんですが、シンちゃんの事になると、
 すぐに頭に血が上っちゃいますからね。
 その当人であるシンちゃんからすれば、いつも興奮状態のセリ様しか
 見る事が無いのかもしれませんね。 …ふふ、愛されてるじゃあありませんか」
なんとなく、シンは照れてしまった。

 

「まあ、お話はこれぐらいにして、そろそろセリ様に出てきてもらいましょうか」
「でも、どうやって?」
「ふふ、名づけて、北風と太陽。もしくは押して駄目なら引いてみろ」
そう言うと、朔は自分のブラウスのボタンを上から三つ目まではずした。
ギョッとして慌てて眼をそらしたシンの手をつかみ、
「失礼します」
とだけいい、シンの手をブラウスの中に導いた。
「な、な、何?」
パニックになるシンにニッコリと微笑み、
「どうですか?柔らかいでしょう?もっと、弄ってもよろしいんですよ?
 何せ、私はあなた専用のメイドなんですから」
いや、もう、いいから、ちょっと、はずしてッ、
あ、でも、ふにっとしてて、
ちょとだけ、ちょっとだけ、
混乱しながら、ちょっとだけ、シンは手のひらに力をこめた。
むにゅっと、朔の乳房がかたちをかえた。
ああ、至福。

生まれてはじめての感動に浸っていると、殺気を感じた。
「お  に  い  さ  ま  ?」
すごい表情のセリが、ドアから半分、顔を覗かせていた。

幸福な混乱がサアーっと引いていき、後に残るのは恐怖。
シンが口をパクパクさせていると、
「あん、シンちゃん、そこ、くすぐったい」
朔が小指を口にくわえながらもだえた。

「お            
               に
    い 
        さ
      ま?」

ギギーっとやたら軋む音を立てながら、ドアが開いていく。
「お           は   な 
   し            が       
  あ      り ま           す   」

ドアが完全に開け、仁王立ちのセリが姿を現す。
長い黒髪は逆立ち、その表情は般若の面を被っている様だった。

そしてシンの肩をつかみ、ズルズルと部屋に引き込むと、ドアがまた軋む音を
立てながら閉まっていった。

後に残された朔は
「作戦終了。後は、しんちゃん、お願いしますね」
手を合わせ、シンの無事を祈ると、彼女は片づけをしている仲間のメイドたちの方に
手伝いに行った。


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