赤色 第2回
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「はあ、疲れた・・・」
そう呟くと、シンはドッとベッドに倒れこんだ。
そのベッドが、また大きい。
その事で、また自分が屋敷に帰って来た事を実感する。

本当に、この家は大きい。お金持ちの家だ。
こんな所で、自分が七歳まで育っていた事が不思議でならない。
どうしても、自分がここにいることが不釣合いな気がしてならない。
……十年間、一般階級で育ったせいだな。
この広さが、落ち着かない。

そんな自分に比べて、セリは驚くほど、この屋敷と調和している。
…お嬢様って単語が、しっくり来る。
なんというか、自分の実の妹がお嬢様であることがどうにも納得いかない。

「十年、だものな。お互い、変わるはずだよなあ」
一抹の寂しさが、胸をよぎる。
それと同時に、もうひとつの寂しさの理由も。
もう一人の妹、鈴音のこと。
「どうしてるかな、鈴音のやつ…
 ちゃんと、飯食ってるかな」

「ふう、ちょっと、疲れたわね」
そういうと、セリはベッドに倒れこんだ。
すこし、目を閉じる。
頭がくらくらしていた。
理由は解っている。興奮しすぎた。
でも、しょうがない。
なんといっても、今日は十年来の夢がかなった日なのだ。
お兄様と、一緒に暮らせる日々の始まりなのだ。

十年前、母とシンが屋敷を出て行った。
その事を知らされたとき、セリはショックのあまり、寝込んでしまった。
父やメイドたちがどんなに手を尽くしても、セリはうつろな目を変えなかった。
屋敷の住人すべてが、このままセリは死んでいくのではないかと慄いた。

母とシンが屋敷を出て行った三週間後、セリの元にシンから最初の手紙が来た。
手紙が来た事をメイドが知らせると、セリは跳ね起き、どこにそんな力が残っていたのかと
思わせる程の速さで、メイドの手から手紙を奪い取った。

食い入るように手紙を読むと、セリは急いで返事を書き始めた。

その日から、セリにとって、シンからの手紙を待つことが何よりの楽しみになった。
たまに添えられる、シンの写真が宝物になった。

だが、ある時から、その手紙は喜びだけを運んでくるだけの物ではなくなってしまった。
手紙の中で、頻繁にある人物の事が書かれるようになったのだ。

シンの新しい妹、鈴音。

その女は、腹立たしいことに、送られてくる写真の中で、常にシンと一緒にいた。
さらに、シンの手紙から、どれほど新しい妹を大切に思っているのか、愛しているのか、
嫌になるほど伝わってきた。
悔しさのせいで、何度泣いたか数え切れない。
シンの事を、どんなに恨んだかも、忘れられない。

セリにとって、会ったこともない、鈴音というシンの妹が、世界で一番嫌いになった。

眩暈も治まってきたので、セリはベッドサイドのモニターをつけた。
そして、パスワードをうち、画面が切り替わるのを待つ。
五秒もたたないうちに、シンの部屋が映し出された。
シンはベッドで横になっていた。

心の底から安堵感がわいてくる。お兄様は、やっと私のところに
帰ってきた。
もう、ほかの女のお兄様ではない。
私だけの、お兄様になったんだ。

私だけのお兄様。
なんて心地よい言葉。
これから、ずっと、この生活が続いていくのね。

ウットリとした心地のまま、セリは眠りにつく。
十年ぶりに、幸せな夢が見れそうだった。


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