赤色 第1回
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「ここを、今日から再び、お兄様の御部屋とさせて頂きます」
そう言って案内された部屋は、驚くほど広かった。
今まで住んでいた家からすると、眩暈が起きそうだった。
――――けど、懐かしかった。

シンは頭の中で計算した。
十年。
十年ぶりに、この屋敷に帰ってきたのだ。

感慨にふけっていると、顔を覗き込まれた。
「どうしました?何か、不審な点でも?」
「え、あ、いや、何でもないよ」

先程から屋敷内を案内してくれている女の子。
彼女も、シンにとっては懐かしい。
十年ぶりに会う妹。セリ。

駅まで、付き人を従えた彼女が迎えに着た時は、妹だとは気がつかなかった。
シンの記憶の中で、セリはもっと幼く、弱々しい印象だった。
それが今では、こうやって向かい合っていると、何だか息苦しさを覚える程の圧迫感が
あった。

それも、当然かもしれない。
セリは、屋敷でお嬢様として育てられてきたのだ。
屋敷を出て、一般階級人として育ったシンが、上級階級の人間と接する事で感じる
居心地の悪さがあるだろう。

それと、もう一つ。
シンには、セリを捨てたと言う罪悪感があった。

シンとセリの母親が、十年前に屋敷を出て行ったのだ。
一般階級の出身の彼女に屋敷での生活は耐えれるものではなかった。
母は、シンを連れて逃げるように屋敷を出て行った。
セリを置いて。
セリは、病弱で、屋敷での手厚い保護がなければ生きていけないかもしれなかった。

シンを連れて母は故郷へと帰った。故郷に帰ると、母は良く笑うようになった。
屋敷にいるとき、シンは母の笑顔を見た記憶がなかった。
母の笑顔が嬉しくて、シンはそこでの生活を受け入れた。

だが、いつだって、二人の心には刺が刺さっていた。
置いてきた、セリの事。

故郷に帰ってから三年後、母が再婚した。母の、高校の時の同級生だった。
シンに、新しい父親が出来た。
それと同時に、新しい妹も。新しい父の連れ子だ。

新しい妹は、鈴音といった。
鈴音はピアノが得意で、彼女のピアノを聞くのが、シンは好きになった。
そのピアノを聞くと、シンはいつも鮮明にセリを思い出すことが出来た。

シンと鈴音は、すぐに仲良くなった。
鈴音は何時もシンの後を「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と、追いかける様になった。
鈴音が好きなのは、シンと一緒に河原で遊ぶ事だった。
かくれんぼ、鬼ごっこ、水遊び。

逆に鈴音が嫌いなのは、シンがセリの事を話すこと。
自分以外、見たことのない女の子が、ずっと前からシンの妹だと言う事が、嫌だった。
シンの、「セリに会いたい」その一言を聞くと、鈴音は嫌な気持ちになった。
お腹が重くなって、苦しくなった。

シンが宝物にしている、セリの写真を見せて貰うと、とても可愛らしい女の子だった。
そのことが、更に嫌だった。

後で、シンに内緒でその写真を捨てた。

またある日、シンがセリに出す手紙を机の上に出しっぱなしにしていたのを、破いて捨てた。
シンがセリに手紙を出そうとすると、ついでだから、ポストに入れてきてあげる、と言って受け取り、
そのまま街中のゴミ箱に出した事もあった。

セリからきた手紙を、捨てた事もあった。

シンが、いつか、セリの所に行ってしまうかもしれない。
そう思うと、鈴音は怖くなった。
想像すると、おしっこをするところが、キュウ、と縮こまる気がした。

鈴音にとって、会ったことも無い、セリと言うシンの妹が、世界で一番、嫌いな人になった。


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