やはりというか当然というか。俺は親戚中をたらい回しにされた。
そりゃそうだ。犯罪者の息子だなんてレッテルをはった奴の面倒なぞ、誰もしたくない。
結局十数回断られた後、今の家庭に引き取られた。とはいえ、住む場所は別という条件付きだ。
それでもまだ渋っていたぐらいだ。
あの日以来、土曜日は毎週あの喫茶店に来ていた。部屋にいると、あの情景を思い出してしまうからだ。
喫茶店は駅前から少しそれた裏道にあり、客はほとんどいなかった。
それがまた俺にとってもいい環境だった。店に来ては読書に没頭していた。
そんなある日、アイツが……麻子の奴が現れた。
「こんな所に来てるなんて……意外ね。」
全く。この時ばかりは呆れて何も言えなかった。あれだけ卒業式の日に拒絶しといて、まだ話しかけてきたのだ。
「あ、その本!私も読んでるの!」
にやにやしながら鞄から同じ本を取り出した。
「面白いわよねー。特にこの主人公が……」
不愉快だった。自分の不可侵領域をここまで犯されることが初めてだった。だから何も言わず席を立った。
出口のドアを開けようとした時。
「高校……合格したの?」
何気ない……『普通』に満ちた会話だった。ただそれが暖かかった。
「………」
黙って首肯をし、店を飛び出していた。その暖かさが……なによりも堪えたからだ。
翌土曜日
「ふっふっふっ。読めたわよ。あなたが店に来るのは毎週土曜日ね。」
絶句した。
まさかまた来るとは思わなかったからだ。ましてや行動パターンまで推測していたのだ。
「………」
「相変わらず無愛想な奴ね。」
「あ……」
こいつなら。こいつなら俺を必要としてくれるのだろうか?
俺を受け入れてくれるのだろうか?それともただの同級生としてのよしみなのだろうか?
不安と希望を含め、こう言った。
「立ってないで座ったら?」
これが二人の関係の始まりだった………
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「ん………」
目が覚めた。不思議と体の疼きは収まっていた。今見た夢は、聖と私の始まりの夢だった。
あの時私は躍起になっていた。どうしても聖と仲良くなってやる、と。そうじゃないと気がすまなかった。
だから初めて喫茶店で会った次の日から、同じ時間帯に毎日店へと足をのばしていた。
今考えれば軽いストーカーだ。でも嫌じゃなかった。少し心地よい気もした。
そして二回めに会った日……
「立ってないで座ったら?」
初めて見た笑顔に、私は墜ちた。
「会いたいよ……聖………」
どうしても聖に会いたかった。あの笑顔を見たかった。声を聞きたかった。彼の……全てを求めていた。
たとえ隣りにあの女がいてもいい。今すぐに会いたい。ダメなら奪うだけ。消すだけ。
時計を見る。もうこの時間なら家にいるだろうか。そんなことを考えながら、すでに体は動いていた。
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「やっべぇやっべぇ。」
どうやらあのまま放課後まで一気に寝てしまったらしい。起きれば五時を回っていた。
少し寝冷えしてしまった体を暖めるよう走っていくと、誰も居ない下駄箱で、丁度タカビと行き会った。
「あら、聖さん。今お帰りですか?」
「まぁな。寝過ごしちまってよ。」
「あらあら、相変わらずだらしのないことで。全く、受験生としての自覚が足りないのでは?」
「うっせー。お前だって今帰りだろうが。」
「ふふ、私は今から彼とデートですの。だからそれまで図書館で時間を潰していたんですのよ。」
「へーへー。お惚気はあっちでやってくだせぇ。」
しっしっと手を振って追いやる。
そんなのも意図せず、鼻歌交じりで幸せそうに歩いて行く。
「『彼』か……」
俺はそんなタカビに哀れみと謝罪の視線を送りながら、雨の中を下校した。