Which Do You Love? 第7話
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まず口を開いたのは奏だった。
「あなたが相澤麻子さんですね?初めまして、聖さんの婚約者の桐原奏です。」
作り笑いとともに手を差し出す。一方の麻子はただ体を震わせながら立ちすくんでいた。
出された手など全く気にしていなかった。
「聖……婚約者って…何?……お見合い断るんじゃなかったの?」
「あぁ、確かにそう言ったね。」
「じゃあ…なんで婚約届なんて……書いてんの?」
静かに…けれど怒りが溢れんばかりの声が漏れる。
不謹慎かもしれないが、怒った麻子の顔もまた美しいと思った。
「その話がまとまったので、これを書いてもらうためにここに来たんです。」
さらりと奏が言う。この尼…よくアドリブが効くもんだ。
「っ!!」
一層麻子の息遣いが荒くなる。言い訳や反論をしたっていい。
だがこの状況でいったところで 単なる付け焼き刃だ。
パン!
乾いた音が店内に響く。一瞬だった。頬に痛みが走る。
「バカ…バカ馬鹿ばか!!聖なんて……聖なんて……」
全てを言い終える前に、店から出ていってしまった。
去り際に見た彼女の目からは、大粒の涙が流れていた。
「これであなたの言う結果というのも、決まったも同然ですね。」
「………貸せ。」
そう言ってテーブルにあった婚約届をひったくる。
「家で書いてくるから……来週また、ここに来な。」
「ええ、わかりました。」





月曜日
学校
麻子は休みだった。アイツが学校を休むのは初めてだった。
そして始めて分かった。アイツがいないと俺は一人だということ。
アイツがいないだけで一日がつまらないと言う事が………



同日 麻子の家
気付けば部屋にいた。泣いて布団にうずくまってた。食欲も気力も無い。
「聖…聖…んぅっ…」
ただそう呟いていることしかできなかった。
家に帰り、ずっと自慰行為に走っていた。もう何度イッたかも覚えていない。
寂しさを紛らわせようとし、イッた後の激しい虚無感に襲われ、再び繰り返す。
そんな悪循環だった。道具としてボールペン……ただのボールペンではない。

聖の物だった。一年前、一度借りたまま返さずに黙って使っていたのだ。

それを聖のモノと思って使う。
「ん…ふぁ!ひ、ひじりぃ…ひゃぁ!」
自分でも分かるぐらい重症だった。自慰に疲れて眠っても、夢の中でさえ聖に抱かれていた。
目が覚めれば夢だと気付き泣いていた。
そしてまた自慰を始める。一人暮らしだから誰も止める人なんていない。
かといって、もう聖以外の人と会うことも嫌だった。
でも、もし聖に会いに行っても、あの女が隣りで笑っているのだろうか。
嫌。ヤメテ!!!私を見て!!
今頃聖の腕の中にいるのだろうか。
嫌!嫌!嫌!あの女に愛を囁かないで!!
良くないことばかりしか浮かばなかった。あんな婚約届だなんて出されれば終わったも同然だ。
所詮自分はまだ子供。出来る事なんて限られてくる。
『手遅れ』…そう思ったが最後。悲しみがまた込み上げてきた。それを抑えるため、自慰行為も激しさを増す。
「は、はあっ!ひ、聖…ん、くぅ、あぁ!た、助け…てよぅ。あぁん!ひじりぃ!」
ビクッビクッ
またイッた。
疲れが溜まったため、眠くなりそのまま寝てしまった。また夢で聖に会えたらいいな…





午後の気怠い授業。国語は自習だった。
昼飯後だったので、眠気が襲う。雨音を子守歌に、熟睡にはいった。



『俺は(私は)アイツと出会う夢を見た。』




あれは中学の卒業式の後だった。HRが終わり、クラスのみんなが卒業パーティーを開くと騒いでいた。
正直、顔と名前の一致してない奴等とそんなことをする気なんて毛頭なかった。
だからみんなが騒いでいるなか、そっと教室を出ていった。その時だった。
「ちょっと聖!あんたも出なさいよ!クラス会。」
麻子だった。前々からお節介を受けていたため、こいつの名前だけは覚えていた。まだ髪が短い頃だ。
「いいよ。忙しいから。」
そう言えば、大抵の人なら引くはずだった。でもこいつは……
「だったら時間を作りなさい。最後ぐらい仲良くしなさいよ。」
無礼者だった。ここまで踏み込まれるのは初めてだった。だから…
「……駄目だ。女との約束なんだよ。」
完全な嘘である。よく考えれば俺みたいな奴に女ができるわけがない。でも麻子は
「え!?女!?」
馬鹿正直に受け止めていた。
「ち、ちょっと!誰?女って!?アタシが直接話つけてやるから!連れてきなさい!」
人をあまりにも素直に信じられる心に、俺は呆れ返った。
「お前には関係ないはずだ。ましてやもう卒業なんだからな。」
そう言い残して踵を返し、階段を下りて言った。
「やめときなよ、麻子。なんかあいつ、変な奴だし。誘った所で盛り下がるだけだよ。」
「そうそう。あんな根暗野郎放っといて、俺たちだけで楽しもうぜ!」
丸聞こえなんだよ、ばか野郎。それともわざと聞こえるように言ってんのか?
「でもさ……アイツだって三年間一緒だったんだし……」
そこから先は聞こえなかった。
ただその声が聞こえた時、久しぶりに…小さく笑った。




また玄関には知らない靴があった。
まぁいつものことだと、気にせず上がり階段へと向かう。
昇ろうとした時、右手の部屋から妖艶な声が聞こえた。
健全な青少年なら何かしら性的反応があってもいいだろう。
でも俺にはなかった。当たり前だ。自分の母親の声なんだから。あったらただの変態だ。
どうせまた何処の誰かも知らない男に抱かれているんだろう。
自分の若さと金を餌にして。
いつもの事と言い聞かせてみても、嫌なモノは嫌だった。階段を駆け上がり、部屋へと飛び込んだ。


父、母、自分の三人で食事を取る。会話なんて或るはずも無い。
親父の奴も、知っていて黙っている。
こんな壊れきった家庭より、もう一つの幸せな家庭のほうが大事なのは当たり前か。
母親だって、こんな家庭のために料理を作ろうだなんて思っちゃいない。
そんな時間があれば、快楽に身を任せているからだ。
だから料理は毎回俺が作ってる。
反抗しても意味は無い。
最早存在価値の無い俺が消えた所で、アイツらには百円を落としたぐらいにしか思わないからだ。
かといって死ねる勇気もなかった。
だから、こんな地獄の迷宮から逃げ出したかった。
学校を拠り所にしたところで、そんなのは上辺だけ。なんの解決にもならない。
ましてや教師まで見て見ぬ不利をされては、どうしようもなかった。

だが春休み。
事態は一転した。親父の奴が向こうの女に騙されていたのだ。
身ぐるみ全てを剥された情けない男は、妻の元へと帰還した。
だが不幸は続く。
母は妊娠をしていた。
30を過ぎた女に、本気でほれ込んだ男がいたのだ。しかも相手はかなりの資産家だった。
こうして母は父と離婚を即決した。十分な理由もあったため、法的に可能だった。
だが父は、自分の不幸とは対称的に、幸せを掴み取った母と、
無惨とはいえ形式上妻である女を取った男に、理不尽な嫉妬に狂った。
そして土曜日の朝。父は母を殺した。そしてその死体を犯し、自分の体液を死体にかけていた。
それを目撃した俺は、すぐさま家を飛び出した。
何処でもよかった。ただあの家で起きたことが信じられなかった。
何処かで時間を潰し、戻って来たら何ごとも無くなってしまわないかと期待した。
そこで入ったのが、駅前の喫茶店だった。そこで一日を過ごしていた。
でも現実は変わらなかった。変わるはずもなかった。

家に帰れば、すでに『家庭』は無く、無数の野次馬と警察官で溢れていた………


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