陽の光のなかで舞う雪 第4回
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朝から陽子は口を利いてくれなかった。
優治は放課後の教室で、てきぱきと掃除が行われていくのをぼんやりと眺めていた。
きっと陽子は怒っているわけじゃないのだろう。
長年の付き合いから、優治にはそれがわかっていた。
あれは――恥ずかしがっているのだ。
「終わったぞ」
その淡白な声に顔を上げると、至近距離で雪が優治の顔を覗き込んでいた。
恐ろしく深い瞳は、彼女の思考がそこに表れるのを阻む。
優治は、雪が何を考えているのかわからない。
「掃除、手伝わなくて大丈夫だったの? 鈴木さん、昨日もやってたじゃないか」
「昨日やった掃除がイレギュラーだったんだ。今日が本来の当番の日なのだから、私がやらなくては意味が無い」
「だって、当番は他にも何人かいるはずじゃないか。どうして鈴木さんが一人でやらなくちゃいけないんだよ」
優治が唇を尖らせると、雪はふっと笑った……ような気がした。
それは微かすぎて、すぐに溶けて消えてしまったけれど。
「私のことを心配してくれるんだな。……そういうところが実に好ましい」
「え? いや、そんな面と向かって言われると……」
照れてしまう。
雪はこうやって感情をストレートに伝えてくる。それ自体はいいことだ。
けれど、雪の表情は、まったく感情を表していない。
その言葉を疑いなく信じるには、雪はあまりに無表情なのだった。
彼女の真意を知りたいのは、彼女の好意を信じたいからだ。
放課後のグラウンド。
あの時の笑顔を、信じていたいからだ。
でも、それは何故?

「でもやっぱり、あいつらは許せないな。サボってばっかりで、ぜんぶ鈴木さんに押し付けて」
「ふむ、どうやら裏でいろいろと画策しているようだが……」
雪がそっと、優治の机の上に手を置いた。
「……そろそろ勝負を決める頃合か」
そうやって、優治の方に身を乗り出すような格好になる。
漂う雪の香りに、優治の鼓動は自然に高まる。
雪の視線は優治を見据えていた。
「なあ、山田優治。君は、わたしのことが好きか?」
「……え?」
思わず優治が見上げても、雪は目を逸らそうとしない。
「そ、そりゃ好きだけど」
「友達として? ……恋人として?」
「……わかんないよ」
優治は俯いてしまう。
自分の気持ちなんて、わかるはずがない。
「佐藤陽子と私なら、どっちが好きだ?」
「はは、同じようなこと、陽子ちゃんにも訊かれたよ」
動揺を隠そうとする。
けれど、きっと見抜かれているだろう。
「鈴木さんには悪いけど、やっぱり陽子ちゃんかな。幼馴染だしね。ちっちゃい頃からずっと一緒にいるんだもん。
 陽子ちゃんの考えてることはだいたい分かるし、陽子ちゃんと一緒にいると楽しいし、
 あ、これがもしかして恋ってやつなのかも――」

「嘘だな」

その言葉は、ストンと優治の心の奥に刺さった。
「君は私に惹かれ始めているはずだ。いや、はっきりと、惹かれている」
ゆっくり、ゆっくり、優治に近づいてくる鈴木雪。
漆黒の瞳、滑らかな頬、艶やかな唇。
そこに浮かぶ微笑。
……ぺろり。
頬が舐め上げられると同時に、氷の塊が優治の背筋を這い上がった。
「正直になれ」
驚くほど妖艶な表情。
これが、あの鈴木雪なのだろうか?
さっきまで何を考えているか分からなかった鈴木雪?
その悪魔的な誘惑に、優治は引き込まれていた。
――そうか。
優治はようやく気付いた。
「僕は、君のことが好きなんだ」

どうしてなんだろう。

なかなかやってこない待ち人。
下駄箱に靴があることと、部活に出ていないことは確認していた。
まだ校内にいるはずなのだ。
昨日のことがあったから、ちゃんと話をしておきたかった。
教室で会った時は、気まずくて陽子の方から避けてしまったけれど、
それでも自分の想いを告げておきたかった。
「……優治、まだ教室にいるのかな」

そして陽子は、見てしまった。

「どうして……」
ドアの隙間から、優治が愛を囁いているのが漏れ聞こえる。
陽子が覗いているのも知らず、二人は抱き合っている。
接吻が交わされ、舌が絡み合う。
雪の腕が優治の背中に回され、優治の右手が雪の胸に添えられ、
くちづけの音をくちゃくちゃと響かせながら、吐息の音を響かせながら、
雪がショーツをずらし、優治の左手はそこを撫でる。
どろどろに溢れた雪の中に、優治はゆっくりと挿入していく、
雪の甲高い悲鳴と、快感を堪える優治の呻き声。
陽子の目の前で、二人が愛し合う。
陽子は、その二人の姿を、しっかりと脳裏に焼き付けている。

――どうしてアイツなの。

「鈴、木、さんっ……っ……鈴木さんっ……はぁっ……鈴木さんっ……!」

――ひどいよ。ひどいよ、優治。

「好きだよっ、鈴木さんっ、鈴木、さんっ」

――あたしのこと、好きだって言ってくれたじゃない。

熱に当てられたのか。
自然と、陽子の指は自らの蜜壷を掻き回していた。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
一本、二本、三本……
優治のソレを想像しながら、陽子はひたすら指を出し入れする。
空いた左手で胸を揉みしだく。だって、優治はそうしている。

――優治、優治、優治、優治、優治、優治、優治、優治、優治。

優治のモノが自分の中に入れられている満足感に、陽子は浸る。
優治が陽子の乳首を捻る。
優治が陽子の肉芽を摘む。
痺れるような快感が思考を焼き尽くしていく。
「優治……優治ぃ……」
その声は、決して想い人には届かない。
涙を流しながら、陽子は達した。

 

優治と雪が教室から出る頃には、廊下には誰の影もなかった。


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