陽の光のなかで舞う雪 第3回
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学校からの帰り。
夕暮れの道を、陽子と優治は二人で歩いていた。
陽子がそれを久しぶりだと感じたのは、高校になって優治が部活に入ってしまったのと、
最近は、部活がない日の優治の下校時間を、鈴木雪が占有しているからだった。
久しぶりに一緒に歩いている。
けれど、先ほどから二人のあいだには会話がなかった。
陽子はずっと考えていた。
――どう切り出そうか。
昨日からずっと心に決めていたことだ。
何を言うか思いつかないというのもあったし、踏ん切りがつかないというのもあった。
ふと、優治の声が聞こえて、陽子は我に返った。
「……ごめん、聞いてなかった」
「だからさ。鈴木さん本当に大丈夫だったのかな。やっぱり一人で教室を掃除するのは大変だよ」
「あ、ああ……うん、大丈夫じゃないの?」
努めて笑顔でいようとする。
陽子の口元が引きつっているのに、目の前の男は気付いているだろうか。
「本人だって、『他の人間がいたってわずらわしいだけだ』って言ってたでしょ」
「そうだけど、でも、まるで周りの人たちに押し付けられたみたいだったじゃないか。
僕たちも、なんだか追い出されちゃったし……」
「……みんな気を使ってくれたのよ」
「え?」
「なんでもないわ」
陽子はにっこりと微笑んだ。
そう、ここが正念場だ。陽子は思った。
あの女の足止めをしてくれた上に、優治と二人きりなる機会をくれたみんなに感謝を。
彼女たちのためにも、ぐずぐずと迷っていてはいけない。
陽子は立ち止まった。
言うんだ、言うんだ、言うんだ。
前を行く彼に呼びかける。
「あ、あのさ、優治」
その声に振り向いた優治の顔を、陽子は直視できなかった。
これから告白するのだと思うと、思考がまともに働かなかった。
「なに? 陽子ちゃん」
「あ、あのね? あたしさ、アンタのこと、す、……す、す、す」
「『す』? ……もったいぶるなぁ」
の、能天気な顔しやがってっ!
心臓がバクバクと脈打つ。全然頭が回らない。
陽子は沸騰寸前だった。
「す、す、す、鈴木さんと仲良いよね? ……最近さ」
「え? ああ……うん、良い子だよね」
えへへ、と嬉しそうに笑う優治。
思わずムカッとくる。
優治のにやけた顔にもムカついたが、もちろん、言うべきことを言えない自分にも苛立ちを覚えていた。
「……あたしと鈴木さん、どっちが好き?」
「ええっ? ……なにそれ、なんか恥ずかしいなぁ」
冗談としか思っていないらしい。
優治はあごに手を当てて、たっぷりと悩み始めた。
「うーん……やっぱり陽子ちゃん、……かな?」
「ホントにっ?」
「やっぱり付き合いの長さが違うからね。なんか、鈴木さんには悪いけどさ」
それって――

「だからさ、陽子ちゃん、鈴木さんと仲良くしてあげて?」
「――え?」
わけのわからない言葉を聞いた。
陽子が呆気に取られたのを肯定の表現だと受け取ったのか、優治はさらに言葉を継いだ。
「鈴木さん、あんまり友達いないでしょ? 彼女、なんだかいっつも一人でいるじゃないか。
 だから陽子ちゃんが友達になってくれればいいなって思うんだ」
こいつは何を言ってるんだろう。
こわばった声が、陽子の唇から漏れた。
「……なに言ってるのよ。あたしとあの子が喧嘩したところ、見てなかったの?」
「もちろん見てたよ。そりゃ、陽子ちゃんと鈴木さんって何故だか仲悪いけどさ、
 でもほら、喧嘩するほど仲が良いって言うし、鈴木さんは他の子たちとは喧嘩すらしないわけだし、
 陽子ちゃんなら、きっと仲良くなれるんじゃないかなって思うんだけど。
 ああ、僕の方からも話しかけるし、……そうだ、今度三人で――」
「……わないでよ」
「え?」
「バカ言わないでよっ!」
陽子の瞳からついに涙がこぼれた。
ドロドロに溜まった感情をすくって、目の前の男に投げつけてやりたかった。
「いい加減にして! アンタはどうしてそんなにバカなのよっ!?
 いっつも自分の勝手ばかり言って、あたしの気持ちなんて全然考えてくれない!
 『きっと仲良くなれる』って? なれるわけないじゃない!
 アンタはそういうところが全然っ、全然っ、わかってないのよっ!」
呆気に取られる優治に背を向けて、陽子は走り出した。
一拍遅れて優治の呼び止める声が聞こえたが、そんなものに構うわけがなかった。
「……優治っ……優治っ……優治っ!」
陽子は走る。
彼の名前を呼びながら。
どうしてあんなに鈍いんだろう。
どうしてあんなに察しが悪いんだろう。
どうしてあんなに空気が読めないんだろう。
「……優治なんて、大嫌い」
けれど、大好きなのだ。
鈍いところも。
察しの悪いところも。
空気が読めないところも。
全部全部、大好きなのだ。
「だから、信じてもいいよね、優治。
 ……あたしの方が好きだって言ってくれたこと」


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