合鍵 第12回
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元也の家のキッチン。
料理の音にまじって、小さなハミングが聞こえる。軽快なリズムだ。
その歌い手の機嫌の良さが分かる。歌い手は、藍子。

部屋中に、カレーのいいにおいが漂っている。
味見をすると、上手くできていた。
元也の喜ぶ顔が思い浮かび、我知らず、笑みが浮かんでしまう。なんだか、体がポカポカと
してくる。

時計を見ると、元也が帰ってくるまで、もう少し時間があった。
そうだ、と思いついて、お風呂掃除をしておく。寒い外から帰ってきて、すぐに温まれたら、きっと
喜ぶだろうな。自分の思い付きに満足しながら、お湯を沸かし始める。

一方、下校中の元也とサキ。
元也は少し戸惑っていた。サキに話しかけても、いまいち反応が良くない。そのくせ、ずっと
クスクスと笑い続けている。

先程からずっと、元也に話し掛けられていることは分かっている。
しかし、心は、既に元也の幼馴染と面と向かう時のことばかり考えている。
元也に執着心がある今、その幼馴染と向かい合えば、自分がどうなるか分からない。
目に入った瞬間、殴りつける事は、流石に無いだろうと思う。
しかし、想像はつかない。
一体、自分がどうなってしまうか、そのことを考えると、何故か、笑みがこぼれる。
自分が不思議だった。
もし、その子を殴ってしまい、その事で、元也が自分から離れていったら?
その時は…しょうがない、一緒に死んでね?元也君。
そんな考えが、本気で浮かぶ自分がまた面白く、クスクスと笑った。


元也「ああ、着きました、ここです、ここが、俺の家です」
そう言って、元也が自分の家の門を開ける。
ふーん、これが元也君のおうちかあ。そう思って、視線を上げたときに、アラ?と思うことがあった。

今日、元也君の幼馴染がカレーを作るんでしょう?
彼女、いつ来るの?
今から、彼女を呼び出して、それから作って貰うの?
ああ、彼女、自分の家で作って、それを持ってくるのかしら?

元也が、藍子に合鍵を渡していることを知らないサキは、当然、藍子が既に元也の家で
料理を終えていることを知るはずもない。
だから、元也と玄関に上がると、藍子が、当然のように、セーラー服の上にエプロンを羽織って、
「おかえり、もとくん、お風呂、沸いてるよ、
 …カレーと、お風呂、どっちにする?」
と聞きながら現れた時、意味が分からなかった。

意外と冷静に思ったのは、
ふーん、選択肢の中に、『それとも、わ・た・し?』はないの。
そんな事だった。

……なに?何でこの娘、我が物顔で、元也君の家にいるの?
何だって言うの?…どういうつもり?幼馴染だからって、馴れ馴れし過ぎるんじゃ
なくって?どういうつもりなの?

そういった感情が湧きあがるのは、後、数秒経ってからの事だった。
その湧き上がる、頭を焼く様な憤りの感情は、サキが自分で想像していた物よりずっと
黒く、ひどく粘着質な、ドロドロとした、嫌な熱さをもって、彼女の胸に淀んでいく。
そして、その渦巻く熱い泥の様な不快感を感じながらも、彼女は藍子を見つめると、
クスクスと笑いはじめた。


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