合鍵 第13回
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カレーも出来た。サラダも作った。ラッキョも忘れてない。
その上、今日はお風呂まで沸かしてある。
どんなにもとくんは喜んでくれるかな?

もとくんが帰って来る、私の事を褒める、頭を撫でてくれる。
想像するだけで顔がにやけて、体がこそばゆくなる。

自分の考えに、どうしようもなく照れていると、鍵を差し込む音が聞こえた。
もとくん!!帰ってきた!!!
慌てて玄関まで迎えに行く。

「おかえり、もとくん、お風呂、沸いてるよ、
 …カレーと、お風呂、どっちにする?」
あっ、これ、このセリフ、まるで私、奥さんみたい!
自分のセリフにまた照れる藍子。

しかし、その昂揚感は、次の瞬間、吹き飛ばされた。
元也の後ろで、ありえない、あるはずが無い、あってはならない事が起きていた。
元也の後ろに、女の人がいた。

自分を見て、驚いている女性。
誰?
何?
どういうこと?
藍子の思考は停止してしまった。

藍子が凝視している間に、サキがクスクスと笑い始めた。
まるで、サキの周囲が明るくなったかと思わせる程の、華のある笑顔だ。
その内面に、藍子に対する溶けた鉄の様な不快感があることは、その顔からは想像できない、
明るい笑顔だった。

藍子「……誰、その人…」
こわばった顔のまま、元也に尋ねる。
が、その答えを待つまでも無く、藍子はサキの事を思い出していた。

藍子が美術室へ元也を迎えに行くと、いつも彼女が、元也の近くにいた。
ある時は、元也と親しげに喋っていた。
ある時は、甘えるかのように元也にもたれかかっていた。
ある時は、元也に膝枕をして貰っていた。
その時、噛み砕いていた不快感と共に、彼女の顔を思い出した。

元也「ああ、この人、美術部の先輩。サキさんって言う人。
   サキさん、一人暮らしで寂しいから、一緒に食べようって。
   いいだろ?」
サキを見つめたまま、動けない藍子の横を通り過ぎながら、元也が答える。
元也から、藍子の表情は見えない。

 

………………びじゅつぶの、せん、ぱ、い?
……どこかで、きいた。
ああ、あのときだ。

藍子「今日も晩御飯作っておくね、何がいい?」
元也「いや…今日はいいや」
藍子「え?…どうしたの?」
元也「それは、その、美術部の先輩と食べる約束しちゃってるんだ」
藍子「そっか、それじゃ、仕方ないや」

もとくん、きのう、ことわったの、この、せんぱい、と、
いっしょ、に、いる、ため???

藍子の目が大きく、見開かれる。唇を、噛む。

サキ「こんばんは、はじめまして、藍子ちゃん。
   ご一緒さして貰っても、構わないでしょう?」
藍子の表情を見ながら、サキが明るい笑顔で尋ねる。
あーあ、すごい顔しちゃって。私なら、絶対、そんな顔、元也君の前ではしないけどなあ。
表情を隠す事が出来ない娘なのね。

藍子の返事も待たず、元也に続いて家に入るサキ。
棒立ち状態の藍子とすれ違う。
至近距離で目が合う二人。
対照的な表情の二人。
般若の面を思わせる藍子。明るい、涼やかな表情のサキ。
しかし、内面は、両者、同じように、熱く、濁った物が淀んでいた。

カレーの支度を始める藍子。
手伝いを申し出るサキ。しかし、
結構です!
と言う、藍子の強い拒否に断られた。首をすくめた。

再度申し出る事も無く、キッチンから離れるサキ。
リビングに戻ると、元也に、部屋を見せてよー、と言い始めた。
断る元也だが、サキに後ろから、いつもの様に胸を押し付けるかのような抱きつき方を
されると、もう断れなかった。

二階に上がっていく元也。はしゃぎながら、サキはついて行く。
後ろから、抱きついたままだ。元也も、困った素振りをしているが、引き離そうとはしない。
もう、サキのこういった行動については、諦めている。あと、やっぱり、ちょっと、嬉しいし。

それをキッチンから見る藍子。
振り返った、サキと目があった。
サキは、微笑みながら、更に強く、元也の背中に体を押し付ける。
藍子は唇を、噛む。
血が、ツウ、と溢れてきた。


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