優柔 ENDING 最終話C
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「いや、全然静かじゃないでしょ、ここ」
連れてこられたのはカラオケボックスでした。
学校から徒歩10分のところ、言い換えれば駅前にあるので需要が高く、いつもは満員です。
ですが今日はたまたま空いていたようです。僕達は一番小さな個室に案内されました。
薄暗く、少し煙草の匂いのする部屋、所狭しと敷き詰められたソファとテーブル、
そしてモニター・・・久しぶりに来たので、懐かしさで胸が高鳴りました。
「ホントは別のとこだったんたけど、使用中だったからなあ・・・」
「使用中?」
「あっ、ううん・・・何でもない・・・ほら、先に曲入れな。アタシは食い物注文しとくからさ」
そう言うと先輩は、モニターの横に設置してある楽曲検索機を手に取って放り投げました。
「うわっ!?」
辛うじてキャッチできましたが、先輩の不意打ちは僕の心拍数を大きく上昇させました。
先輩は僕の反応が面白かったみたいでゲラゲラ笑っています。
「あははっ、悪い悪い、何かテンション上がっちゃってさ」
どうやら先輩も僕と同じ心境のようで、とても嬉しそうにメニューを眺めています。
(久しぶりだな、先輩とカラオケなんて・・・)
前は・・・そんなこと、許されませんでしたから。
感慨に耽っているうちに、先輩は注文を出していました。
「即断即決がアタシのモットーだ」と言っていただけあって、選曲にあれこれ苦心している僕とは違って行動が早いです。
「・・・それと山盛りポテトフライと軟骨から揚げと枝豆、
あと・・・スティック野菜とポッキーとフルーツサンデーと・・・」
・・・計画性がないとも言えますね。
「ああ、心配しないでいいよ。今日アタシのオゴリだから」

歌のほうは一段落して、来の目的に移りました。そう、僕のことです。
彼女と付き合い始めた頃のこと、彼女が尽くしてくれたこと、段々と変わっていったこと、
そして今の心境・・・先輩に洗いざらい話しました。
「・・・別れる前は精神的にすごく辛かったんです・・・学校にいる時はいつも傍にいて僕を監視して、
女子と目が合っただけでも嫉妬心を剥き出しにして怒るんです。
でも二人っきりの時だと、めちゃくちゃ尽くしてくれて・・・その・・・
エッチも一杯させてくれたし・・・僕を束縛して、でも愛してくれて・・・ワケが分からなくなって・・・別れました。
別れた今でも、束縛されなくてホッとしてるって思う反面、心に穴が開いたような虚無感があって・・・
分かりにくくてすみません」
僕が言い終わるまで、先輩は辛抱強く聞いてくれました。
「そんなんでいちいち悩むなよ」とか「まあ人生いろいろあるから」とか言ってくれればそれで良かったのですが、
どうしてなのか、先輩はずっと黙っています。その表情には複雑なものがありました。
何故なんでしょう、僕にはそれが、とても哀しいものに見えました。
狭い空間を支配する沈黙。スピーカーからは賑やかなメロディーが溢れてきているというのに、
それさえもかき消してしまうような、そんな重さがありました。
僕は耐えられなくなって口を開きました。
「あ、あの・・・先輩・・・」
「・・・」
「えと・・・す、少し重かったですよね?あ、でも、聞いて貰えただけでもすごく楽になりましたし、その・・・」
巧く喋れません。土壇場で口ベタになる・・・本当にヘタレだと思い知りました。
ですが、僕の言葉が起爆剤になったようで、先輩は沈黙を破りました。
「お前さ」
「は、はい!?」
「まだその子のこと・・・忘れられないんだな・・・」
「・・・はい」
他人による、自己の心理の言語化―分かってはいたつもりですが、言われてからようやく気づきました。
僕はまだ、彼女のことを忘れられないでいます。この空しさも、きっとそれが原因でしょう。
僕は、僕という人格が、つくづく嫌になりました。物事を引きずり、自分の決断を悔いる、そんな思考を持った人格が。

しかし、こんな重たい空気を一変するような出来事が起こりました。
発端は、先輩の言葉です。
「・・・アタシが・・・忘れさせてあげよっか・・・」                 
 
そこには、数時間前に見た、女性の顔がありました。 


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