スウィッチブレイド・ナイフ 第1話
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「失礼します」

病室のスライドドアを開け、一礼。
白い病室風が漂うこの部屋に似つかわしくない、若い女性が微笑んでくれた。

「体のほうはいかがですか?
あと、これは新しい駅ビルにできた洋菓子屋のケーキです・・・よかったらどうぞ」

病室の窓際のベッド、そこに彼女は今日も座っている。
俺は花が咲いたように美しい微笑を浮かべる女性に少し照れながら、
慣れた手つきで備え付けのデスクから仕草で椅子を引っ張り出す。

「昨日左腕の包帯が取れたんですよ・・・・お医者様もあと二週間で退院できると仰っていました・・・・」

俺が花瓶の水を取り替えて椅子に腰掛けると、彼女は少し残念そうに言った。
怪我が治るのになぜ残念がるのかは不明だが、日に日に活力を取り戻す彼女の様子に、
俺は少し顔をほころばせた。

そう、俺こと幹田馨(みきた かおる)は目の前の女性、森瑞希(もり みずき)さんを
バイク事故に巻き込んで全治三ヶ月の大怪我を負わせてしまったのだ。
保険会社が事後処理はすべて順調に行ってくれたものの、俺は見目麗しい若い女性の貴重な時間を
三ヶ月も奪い去ってしまった。
当然罪の意識にさいなまれた。

それにあとから解ったことによると、森さんには身寄りがいなかったのだ。
ご両親を幼いころに同じく交通事故で亡くし、頼れる親族もいない彼女に対する贖罪の一つとして、
俺は身の回りの世話を買って出ることにした。
友人の誘いや自らの欲求を封印し、可能な限り彼女の看病をした。

俺の贖罪への献身と、想いが通じたのか。最初は心を閉ざしていた彼女は日に日に笑顔を多く
見せるようになった。
聞けば森さんは俺と同じ大学生であったが、特別奨学金で国立大学に通う成績優秀で
前途有望な特待生であるらしい。
あとで同じ法学部であることがわかったが、三流私大の俺と全国でも三本の指に入る国立大生の
彼女とでは世間に対する考え方や、法知識に対する造詣の方も深い深い隔たりがあった。

俺はがんばって彼女に話しを合わせようと、いままでおろそかにしていた法学を必死で学び始めたが、
逆に教えられてしまうという無様な形で決着がついた。
最近では学校の課題を手伝ってくれたり、教授の授業よりも的確でわかりやすい講義をしてくれたり
するのだ。
本当に感謝してもしきれないほどであるし、言葉にできないほどの恩義を感じている。
殺したいほど憎いであろう俺に、ここまで情けを掛けてくれる彼女は地獄に舞い降りた天使さながらである。

「本当ですか!!それはよかった!!」

だから俺は、包帯が消えた彼女の姿を心から喜んでいる。
手入れもロクできないはずなのに、腰まで届く彼女の髪の美しさと艶が、俺には太陽より眩しかった。
彼女も止まった時を動かすことができるのだ。当然喜んでいるものだと思っていたが、
先ほどの残念そうな顔のまま俯いていた。

「わたしが退院すれば・・・馨さんともう会うことができないんですね・・・・そう考えると、
少し寂しいです・・・・・」

俺など憎んでも憎みきれない汚らわしいゴ○ブリ以下であるはずなのに、彼女は情けを掛けてくれる。
本当に天使だ、いや、もはや神といっても過言ではない。

「寂しがることなんてないと思いますよ!!外には楽しいことがいっぱいありますし、
俺のことなんかすぐ忘れますよ」

軽口だと気づいたときにはもう遅かった。
今までの和やかな雰囲気が一瞬で消し飛んだ。

「忘れません!!!忘れることなんて・・・・できません・・・・・・」

彼女は震えながらも、強い口調で言った。おとなしくて物腰の柔らかい口調の彼女が取り乱す姿は
初めて見た。
頭を鈍器で殴られたような感覚に襲われる。
そして、大事な事を思い出した。

俺は大馬鹿野郎だ!!!!
彼女は事故のことで傷ついている。両親を事故で亡くした彼女に、更にバイク事故という形で
傷口に塩を塗りこめてしまったのは俺だ!!
今までの慈悲に満ちた彼女の笑顔に浮かれすぎていた。
俺はどんなに償っても犯罪者。
身に刻まれた罪人の烙印はいくら身を削って尽くしても、法と時間が赦してもこの身が
朽ち果てたとしても決して消えることがないのだ。当然、彼女の心の傷も同様だ!!
それなのに、なんて俺は馬鹿なことを・・・・・
今すぐ死んででも償うべきだが、それも解決にはならない。

「申し訳ありません!!今まで浮かれすぎていました。自分が赦されることのない罪を犯した
人間であることも忘れ、貴女の優しさに甘んじていました。本当にごめんなさい!!!」

俺は即座に土下座して額を地面に擦り付けた。摩擦熱で皮膚がすべて剥がれ落ちて醜い肉を曝しても、
後悔の念は消えそうにない。

「え・・・・っ・・・・・・そんな意味でいったわけじゃ・・・・」

「とにかく、今日はこれで失礼いたします。ケーキは痛まないうちに食べてください。
次回からは、失礼のないようにいたしますので」

俺は再度額を地面こすり付けてわびると、そのまま踵を返して部屋をあとにした。

「まって・・・・・・ちがうの、そういう意味じゃ、馨さん!!・・・・待って!!」

後ろで彼女が何か言っていたが後悔と不甲斐なさで噴火しそうな頭では聞き取ることができなかった。
今度からは態度を改めよう。勉強を教えてもらうのもやめよう、砕けた口調で話すのもやめよう。
俺は犯罪者に相応しい矮小な態度をとっていればよい。

そう俺は、罪人・・・・・・赦されることなど、ない。


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