血塗れ竜と食人姫 第9回
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 どたんばたん、と足音が聞こえたかと思ったら。
 勢いよく扉が開け放たれ、そこにいたのは驚き顔の女の子。
 
「――嘘!? 姉さんが一人で帰ってきてる!!」
 
 第一声がそれですか。
 というか、向かいに座っている男の姿には気付いていない模様。
 外見は、ユメカさんを少し幼くした感じ。
 こちらも漆黒の長髪で、走ってきたのか少々乱れていた。
 
「ふふふ、セっちゃん。お姉ちゃんは進化し続ける存在なのよ。
 やがては一人で下着を買ってくることもできるようになるんだから。
 この偉大なる成長の顕れを認めたら、さっそく明日の朝は甘い卵焼きを二個作ると良いわ」
「自分の下着のサイズも知らないくせに何言ってんだか。
 あと、卵焼きは一日一個。それ以上食べて太っても知らないんだから」
「……ユウキさん。妹が私を認めてくれずに虐めます……」
「えっと……」
 悲しげに顔を歪めて、ユメカさんがこっちを向く。
 そこでようやく、妹さんも僕に気付いてくれたようだ。
 
「……誰?」
「えっと、はじめまして。
 中央南部の方で、迷子になったユメカさんを発見しまして」
 
「ああ……姉さんを送り届けてくださったんですね。
 姉がご迷惑をおかけしました。ほら、頭を下げなさい馬鹿姉」
「ひどい! 姉に対してなんたる言い草!
 ユウキさん、こんな妹、夜中にお腹を壊しちゃえって呪っても許されますよね?」
「ええい、恩人に泣きついてわけわからないことをほざくな!」
 よよよ、と泣きながらひっついてきたユメカさんと、その頬をむにーっと引っ張る妹さん。
 うん。
 変な姉妹だ。

「――って、ユウキ?」
「はい?」
 唐突に。
 妹さんが、僕の名前を繰り返した。
「あ、えっと、ごめんなさい。
 ――お名前、ユウキさんっていうんですか?」
 何故か慌てた素振りを見せながら、妹さんはそう聞いてきた。
「はい。ユウキ・メイラーっていいます。
 貴女の名前を伺ってもよろしいですか?」
「わ、私は、セツノ、です。そこの馬鹿姉の、妹やってます。
 ……あ、あの、ユウキさん? つかぬ事をお伺いしますが――」
 
「――ご職業は、何を?」
「? 中央監獄で、監視員を」
 
 
 ぴきり、と。
 妹さん――セツノの動きが凍り付いた。
 
 
「……どうかしました?」
「えっと……あはは……その……。
 …………ちょっと、姉を借りますね!」
 言うなり。
 セツノは、ユメカさんの手を引いて、奥の部屋に駆け込んでしまった。
 
 そのまま、奥で何やら言い争う気配。
 はて。
 僕の名前と職業に、姉妹が口喧嘩する要素があったのだろうか。
 
 いけないこととは思いつつも。
 つい、聞き耳を立ててしまう。
 
『でも、親切で助けてくれた人なのに……』
『忘れてないよね? 私たちが負けたら、村のみんな、全員殺されちゃうんだよ!?』
『それは、そうだけど……でも、私が頑張れば、それでいいんじゃないかな?』
『一緒に見たでしょ! あいつの桁外れの強さ!
 いくら姉さんが強くたって、確実に勝てるとは思えない!
 ――あの、“血塗れ竜”には!』
 
 ちょっと、待て。

 今、聞き逃せない単語が聞こえた。
 血塗れ竜?
 何故、ここで、白の話が出てくる。
 しかも、それに勝つだとか負けるだとか……。
 
『だから、少しでも勝率を上げなきゃ!
 せっかく、血塗れ竜の付き人がホイホイ来てくれたんだから、利用しない手はないわ!』
『そ、そんな……』
 
 先程の、アマツさんとの会話を思い出す。
 ――“怪物姉妹”。
 白を殺すために、弱点を聞き出そうとするかもしれない――
 
 
 逃げなければ。
 
 
 そうと決めたら行動は素早く。
 奥の二人に悟られぬよう、逃走経路を頭の中で確認する。
 ……大丈夫だ。
 この宿の造りはそれほど複雑ではないし、この部屋は出入り口に近い方だ。
 宿を出て、路地に紛れれば逃げ切れる可能性は高い。
 向こうも試合を控えている身だ。町中で大事にするのは好まないだろう。
 
 ――よし。いける。
 
 確認が終わった次の瞬間、音はできるだけ立てないように、かつ全速力で、その場から駆けだした。
 一歩、二歩、三歩、と、目の前に扉がきたところで。
 
 
「何処に行くんですか?
 ゆっくりしていってくださいよ」
 
 
 腕を取られ、そのまま床に押さえ込まれた。
 ……そんな!?
 セツノが冷たい目でこちらを見下ろしている。
 彼女が奥から出てくる気配を、感じられなかった。いったい、いつの間に。

「や、やめようよ、セっちゃん。こんなの酷いよ」
「姉さんがそんな風に躊躇ってるから、この人が逃げようとしたんだよ」
「だ、だって……」
 
 セツノとは違い、ユメカさんはあまり乗り気ではないようだ。
 これなら、何とかなるかもしれない――そう思って、口を開こうとしたが。
 ぐい、と。喉を掴まれた。
 声が出せない。
 くそ、こちらの考えはお見通しってことか。
 
「それに、ほら。別に痛めつけようとか、そういうのじゃないし」
「……そうなの?」
「当たり前だよ! だって、姉さん、この人のこと、結構いいなあって思ってるんでしょ?」
「え、そ、そんなことはにゃいでしゅよ!?」
「バレバレだってば。
 ほら、せっかく送ってもらったんだから、お礼をする、ってことで」
「お礼?」
 
「そうだよ。すっごく気持ちよくなってもらおうよ。
 それなら、いいでしょ? 姉さんが気持ちよくしてあげれば、
 この人もきっと、自分から色々と教えてくれるって」
「私が……気持ちよくさせる……」
 ごくり、と。誰かが唾を飲み込む音がした。
 
「ユウキさん……」
 すた、すた、と足音が近づいてくる。
「ほら、お姉ちゃん。まずは逃げられないようにしないと。
 いっぱいいっぱい、気持ちよくしてあげるんでしょ?」
「少し痛いですけど……我慢してくださいね。
 その何倍も何十倍も、気持ちよくさせてあげますから……」
 湿った声が耳に届いた。
 
 肩に指が乗せられた。
 誰のものだろう。ユメカさんか?
 そう、思った瞬間。
 
 凄まじい荷重がかかって、
 ごきり。
「――ッッッ!!?」
 肩を、外された。
 
 
 
 
 両手両足の関節を外されて。
 死体のように仰向けになってる僕の上で。
 黒髪が、踊っていた。
 
「――ユウキさん、ユウキさん、ユウキさん、ユウキさん、
 ユウキさん、ユウキさん、ユウキさん、ユウキさん――」
 
 ひたすらに僕の名前を呟きながら。
 狂ったかのように、僕の体を貪っている。
 
 ぐいぐいと動く腰の奥に、一体何度放っただろうか。
 何時間も繰り返されているにもかかわらず、その腰使いと内部の締め付けは、
 実に多彩で僕を翻弄していた。
「あー、ごめんね、ユウキさん。お姉ちゃん、本気スイッチ入っちゃってるから」
 全然悪びれない様子で、セツノがそんなことを言ってくる。
 最初の1時間くらいは、姉と共にその肉壺を使っていたセツノだが、
 今は参戦せず、僕の尻の穴に指を突っ込んで遊んでいた。
 かりかりと裏側を引っかかれ、再び強制的に達せられる。
 
「あはあ……ユウキさんのが、また、きた……」
 
 とろけた笑みを浮かべながら。
 ユメカは、にちゃにちゃと腰を動かし続けている。
 
「気持ちいいですか、ユウキさん?
 私で、いっぱい、いっぱい、気持ちよくなってくださいね。
 あは、もう何度も出してるのに、まだ、硬い……!
 ユウキさん、素敵……ユウキさん、ユウキさん、ユウキさん――」
 
 ユメカさんは僕の名前を繰り返しながら、顔を近づけてきた。
 ぺちゃぺちゃと、猫がミルクを舐めるかのように、僕の顔へ舌を這わせる。
 僕とユメカさんの体は、汗や唾液やその他諸々でぐちゃぐちゃだ。
 ユメカさんが動くたびに、肌が擦れて粘性の音を立てている。

 もう思考も上手くまとまらない。
 ろくに考えることもできないまま、ただユメカさんの肉の感触に陶酔する。
 にちゃにちゃと快感の海に溺れながら。
 なんだかもう、全てがどうでもよくなってくる。
 
「……姉さん、そんなに、ユウキさんがいいの?」
「んっ。すごいよっ、もう、離れたくないっ! セっちゃんにはあげないからね!」
「……そんなにいいの? まあ、硬さも大きさも悪くはなかったし、反応も可愛いけどね」
 ぐり、と菊座の中をかき回された。意思とは無関係に体がびくんと痙攣する。
「まあ、そんなにいいならさ、試合に勝ったらこの人もらっちゃおうよ」
「え?」
「この前、私の対戦者がさ、試合に勝ったら監視員を一人欲しいって言ってて受け入れられてたから、
 ユウキさんを欲しいって言えば、何とかしてもらえるでしょ」
「そ、そうなったら、嬉しいけど……んっ」
「ユウキさんもいいよね?
 ちゃんと養ってあげるし――毎晩、気持ちよくしてあげるよ?」
 
 誰かが何かを言っている。
 でも、もう、よくわからない。
 ただ、気持ちいいだけ。
 
「あー。もう意識も殆ど飛んじゃってるか。
 ――それじゃあ、頃合いかな?
 姉さん。一旦止めて。
 ……姉さん? ちょ、こら、止まりなさい色ボケ姉!」
 
 与えられた快感が、唐突に失われた。
 なんで……やめちゃうの?
 
「ユウキさん、もっと続けて欲しいでしょ?」
 
 うん、続けて欲しい。
 
「じゃあ、ひとつだけ、教えて欲しいことがあるの。
 それを教えてくれたら、私とお姉ちゃんで、もっともっと、気持ちよくさせて上げる」
「あ、だめだよセっちゃん、ユウキさんは、わたしと」
 
 教える。教えるから。続けて。
 
 
「――血塗れ竜の、弱点、知ってるでしょ?」

 ち、まみれ、りゅう……?
 ……ああ、白のことか……。
 白の弱点……知ってる……。
 
「そう、教えて。姉さんの中、気持ちよかったでしょ?
 教えてくれたら、また、その中に、びゅーって出させてあげるから、ね?」
 
 白の、弱点は……。
 白は……。
 白……。
 
「? ユウキさん?」
「……ぼくは、しろの、つきびとだから」
「うん。だから、色々知ってるでしょ? 教えて」
 
 
「しろを、うらぎることは、できない」
 
 
 ぼんやりとした頭の中で。
 殺すことしか知らない白が。
 頭を撫でて欲しそうに、僕の顔を見つめていた。
 
 舌を突き出す。
 覚悟が決まったら、いけ。
 白のことは絶対に裏切らない。でも、この場からは逃げられそうにない。
 ――だったら、こうするしかないじゃないか。
 
 
「――ッ! 舌を噛む気!? 姉さん!」
「ユウキさん!」
 がし、と顎を押さえられ、舌を噛むのを防がれてしまった。
 
 でも、顎の痛みのおかげで、思考がいくらかクリアになった。
 両手両足は動かせないけど、動かせるところは、ちゃんとある。
 
「――んっ!」
 
 全力で。床に後頭部を叩き付けた。
 
 
 
 
 
 ――目を覚ましたとき、周りには誰もいなかった。
 寂れた裏路地。禁輸品の取引にすら使われなさそうな、そんな無人の通りだった。
 両肩と股間の関節ははめ直され、服もきちんと着せられていた。
「生きてる……か」
 
 ……後頭部を床に叩き付ける直前、誰かの手が、間に挟まっていた気がした。
 
 とはいえ、衝撃は十二分で、気絶することには成功していた。
 僕が翌日出勤しなかったりしたら、問題が外に漏れてしまう可能性が高かった。
 だから、時間を稼げば僕の勝ちだったのだ。
 一度気絶してしまえば、しばらく時間を稼ぐことができるし、何度も繰り返せば、
 それこそ何も喋れなくなる。
 それを期待して、頭を床に叩き付けたのだが――
 
「……まだ、夜ですよね」
 
 タイムリミットと思われる時間まで、まだ余裕がある。
 なのに――こうして解放されているというのはどういうことか。
 諦めてくれたのだろうか。
「……ん?」
 かさり、と。ポケットの中に、紙片が入っているのに気付いた。
 
『今日はごめんなさい。
 貴方から血塗れ竜の情報を聞き出すのは、やめます。
 今度会ったときは、普通にお喋りしたいです。
 本当に、ごめんなさい』
 
『姉さんの手前、一応謝っておき(字が唐突に乱れている)
 心の底から反省しています。
 
 私のことは嫌いになってくれてもいいから、
 もし、今度の試合で、姉さんが生き残った場合、不束な姉ですが、引き取ってやってください。
 お願いします。』
 
 
 あの後、姉妹の間でどういったやりとりがあったのかはわからない。
 でも――二人が悪い人じゃない、というのは、なんとなくわかってしまった。
 
 
 
 
 
 
 深夜の監獄は、静かである。
 大半の囚人は寝ているし、起きている囚人も、うるさくしたら懲罰を喰らうので
 静かにしているのが常である。
 私服のまま、通路を進む。
 僕は血塗れ竜の付き人なので、私的な時間でも彼女の部屋に行くことが許されていた。
 
 今の時間、きっと白は寝ているだろう。
 それでも、彼女の顔を見たくて、紙片を読み終わってからすぐ、こちらへと駆け足で向かっていた。
 
 
 こんこん、と。
 
 返事を期待せずに、静かに、ノックをする。
 しかし、予想を裏切って、部屋の中から「うわ?!」と慌てたような声が返ってきた。
「――白?」
「ユウキ!? ま、待って、待って!」
 どたばたとした気配が伝わってくる。
 何をそんなに慌てているのだろうか。こんなことは初めてである。
 もっとも、疲れ切っている僕の頭は、そんなことは欠片も気にせずに、白の準備が整うのを、待った。
 とにかく――白の顔を、見たかった。
 
 それほど待たずに、「いいよ」と声をかけられ、白の部屋にはいることを許された。
 部屋の中は特に変わったところはない。
 とりあえず、ベッドがぐちゃぐちゃに乱れていたが、まあ白の寝相はよくわかっているため、
 特におかしなことではない。
 
「……ユウキ?」
 
 どうしたの、と。こちらにてとてと駆け寄ってくる。
 そこには、僕に対する絶大な信頼があり、それを見て、心の底からほっとできた。
 
 ――僕は、白を裏切らなくて、済んだんだ。
 
 安心したら、途端に眠くなってきた。
 思いっきり体力を消耗している模様。
「ああ、すみません、白。
 少し、様子を見に来ただけです。眠りの邪魔をして、すみませんでした」
「ん。……そう」
「それでは、私はこれで」
 欠伸をしながらそう言って、部屋を出ようとしたら。
 
「ね、ねむいのなら、ここで一緒に寝て」
「……またですか」
「ユウキ……」
 ぎゅ、と。服の裾を掴まれた。
 
 まあ、僕としては、無事に自室へ辿り着けるか不安なくらい疲れてるし、別にいいか。
 そう思って了承したら、白は少し顔を赤らめモジモジして、それから嬉しそうに僕をベッドに引っ張った。
 
 ベッドに横になった途端。
 睡魔がとんでもない勢いで襲いかかり。
 泥のような眠りにずるずると引き込まれてしまう。
 
 ぼすん、と白が横に寝転がる気配。
 いつものようにスリスリと、顔を僕の胸に擦りつけてくる。
 
 それを感じながら、僕は深い眠りへと落ちていった。
 
 
 その、直前。
 白が何か、呟いた気がした。
 
 
「……ユウキから、イヤなニオイがする」


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