とらとらシスター 第1回
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 僕の一日は、妹に起こされるところから始まる。そして、ぼんやりとする意識の中で、
 自分の右側に暖かな体温を感じるのも毎日のこと。この不文律は、多分僕が結婚するまで変わらない。
「兄さん、起きて」
 心地の良いソプラノと、体を揺するゆったりとしたリズムは僕を優しく起こしてくれる。
「起きろ姉さん」
 その次に僕の右側で寝ている姉さんを、少し乱暴に起こすのもいつものこと。
「兄さんの布団に入るなと、何回言ったら分かるんですか」
「だって、虎徹(コテツ)ちゃんも嫌がらないし」
 姉さん、虎百合(コユリ)が薄く開いた瞼を擦りながら呟く。
「だからって、入って良いことにはならないですよ」
「だってぇ、隣が良いんだもん。それに虎徹ちゃんも嫌じゃないよね?」
 今年て18にもなる女性が『だもん』などと言い、更には理屈を無視した発言や弟に責任を丸投げ
 というのは恐ろしい。でも、更に恐ろしいのは慣れや諦めというもので、個性という単語で
 僕がその現実を受け入れているということだ。
 しかし妹の虎桜(コザクラ)は、当然だけれども納得する訳ではない。姉さんを睨むと、
「そんな嘘つい…」
「ホントだもん」
「兄さん」
「良いんじゃないかな」
「くっ」
 虎桜は悔しそうに唇を嚼むと、あろうことか姉さんの乳を鷲掴んで揉み始めた。
「この乳ですか、この乳なんですか?」
「ちょ、痛いよ」
「『乳にばかり栄養が行って頭に大切なものが足りない私は、このユサユサで弟を誘惑する
 淫乱な雌豚です』と言え」

 こんな朝っぱらから何を言わせようとするんだ、妹よ。
 言葉遣いこそは丁寧だが、意外にもキレやすい妹も姉と変わらない個性派だ。そんな姉妹を
 僕は血筋だという言葉でかたずけ、その性格も、そんな年頃という一言で諦めていた。
 男の子の僕には、女の子の気持ちは分からない。
 ぼんやりとそんなことを考えている間にも、残虐乳揉みショウは続行されていたらしい。
 残虐行為手当てだったら、いくら貰えるんだろう。きっと、一年間の日常だけで一生遊んで
 暮らせる額になるのは間違いない。
「ほらほら、どうしたんですか?」
「えぇと、一編にそんな長いの言われても、お姉ちゃん分かんない。ち、乳にばかり…」
 姉さんも、言わなくて良いから。
 僕は社会的にアウトになりそうな姉さんが完全なアウトになる前に、その口を塞いだ。
 ただ口に手を乗せると力づくでどかされるので、指をしゃぶらせるようにして塞ぐ。
 こんな方法をとっている自分が時々嫌いになるのは、皆との秘密だ。
 そして反対の手で虎桜の頭を撫でる。
「もう止めておけ、サクラ」
 その一言で、虎桜は変態行為を止めた。
 因みに僕が虎桜をサクラと呼ぶのは、虎の文字が入った少し変な名前を本人が嫌がって
 いるからである。姉さんは逆に気に入っているらしい。
 では何故姉妹揃って、正確には一族皆が名前に虎の字を入れているかと言えば、微妙に長い話になる。

 時は戦国時代、貧乏武家だった僕らの先祖に、一人の忌み子が産まれた。嫡男と
 その妹の間に産まれた子供はとても強くて戦では活躍したが、誰にも認めてもらえず、
 名前すら与えてもらえなかった。しかし、そんな哀れな子にも千載一偶の機会が来た。
 その軍の大将が余興で三匹の虎と戦わせ、勝ったら名前をやると言ってきたのだ。
 当然、その子は話に飛び付き、見事小刀一本で虎を倒して名前や家族を貰った、という話だ。
 それから、殺虎の名前を貰ったその人の遺言に沿い、一族は皆、名前に虎を入れている。
 曰く、
『虎のように。殺されることを覚悟しながらも、しかし己は曲げずに行け』
 正にその通り。殺虎さん、あなたの意思は確かに受け継がれています。
「そんなに言うなら、サクラちゃんも一緒に寝れば良いのよう。追い出すけど」
「馬鹿ですか、姉さん。好きな人の目の前で、しかも名前を呼びながらオナニーしたら
 嫌われるじゃないですか」
 この娘は。
 本当に、もう。
「へへん、お姉ちゃんはしたもんね。やったぁ、あたしの勝ち。だから虎徹ちゃんもあたしのぉ」
「私のです」
 本当に、もう!!!!
 殺虎さん、あなたの子孫は変態です。
 因みに僕の名前にも虎の文字は入っているけれど、それはただの偶然です。
 きっと僕は養子なのです、あの人たちとは血が繋がっていないのです。
 そうご先祖様に言ってから、取り敢えず喧嘩を止める。
「おはよう、今日も元気ね」
「あ、母さん。おはよう」
 朝食が出来たらしいので、母が呼びに来た。ということは、随分と長い間喧嘩をしていたことになる。

 僕と母さんは、向かい合って溜息を一つ。
「兄さん、食べに行きましょう」
「朝御飯だね、虎徹ちゃん」
 朝のコントまがいは、まだ終らない。
 居間に着くと同時に左右の引き戸が勢い良く動き、一瞬で並びが逆になった。
 仕組みは単純で、
 先に入りたい。
 一緒の戸から入りたくない。
 相手の妨害をしたい。
 負けたくない。
 それらの気持ちがお互いにあり、結果並びが逆になった引き戸が完成するのだ。
 僕は後ろに立つ母さんを見て微笑み、
「あなたの娘さんたちって、面白いですねえ」
「ほんと、虎徹の姉や妹って面白い」
 自分は無関係だという表現をするのは、悪いことではないと思います。
 でも、最終的には、
「家族だしね」
 どんなに変態でも、喧嘩ばかりしていてもその繋がりは変わらない。
「早くしてください、兄さん」
「ごはんごはん」
 僕はいつもの指定席、姉妹の間に腰を下ろした。
 本当に困った姉と妹で、問題しか起こさないし、喧嘩ばかりだし、もしかしたら
 良いとこ無しの駄目人間じゃないかと思うときもあるけれど。
 僕に依存しっぱなしの姉も、
 言動がおかしな妹も、
 どちらも大切な家族。
 これからも、兄弟なのに三角関係という変な状態はしばらく続くと思うし、どちらも選べないけれど、
 この関係を大切にしたい。
 まずは両手を合わせて、
「「「いただきます」」」


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