白き牙 第1話
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 私の男運の無さは生来のものらしい。 何せ私の父親に当たるヒトは私が生まれる前に女を作って、
 私を身ごもった母を捨てて逃げたらしいのだから。
 そんな私でも中学の頃には初恋を覚えた。 その人は私の告白を受け入れ付き合ってくれた。
 だが彼は私が暴漢に襲われた時助けてはくれず、あろう事か私を見捨てて逃げてしまった。
 その時助けてくれた女性のお陰でかろうじて純潔は失わずにすんだものの、私の男嫌いを
 決定付けるには十分だった。
 勿論助けてくれた事には感謝してるが、その時助けてくれたのが男の人だったのなら未だ男嫌いに
 ならずにすんだのかもしれない。
 背が高くて綺麗でカッコいいその女性は武術の達人だった。
 私はそれを機にそのヒトを師と仰ぎ武術を習い始めた。 男なんかに頼らず自分の力だけで
 身を護っていけるように。 お陰で空手と剣道の段位を習得するまでに到った。

 そんな私だけど全く男に興味が無くなったかと言うと少し違った。 正確には現実の男に対しては
 相変らず幻滅したままだったけど、代わりに小説やフィクションの世界の中の男性に心惹かれるように
 なっていった。
 そしてそれは特に中世のヨーロッパを舞台にした幻想小説に惹かれるようになる。
 やがて私はある骨董品屋さんの常連になった。 常連って言ってもいち高校生のお小遣いなんて
 たかが知れてる。 いつも眺めさせてもらってるだけ。
 でも店主のおばあさんは嫌な顔一つせず私を迎えてくれ、私を孫のように可愛がってくれる。
 私にとっても実のおばあちゃんみたいに親しみが持てた。
 おばあちゃんの人柄もあるのだが私がこのお店に惹かれるようになったもう一つの理由。
 それはそこで取り扱われてるものの中には小説に出てくるような中世ヨーロッパの頃の
 アンティークや、果ては武器や甲冑までが沢山あったのだから。
 多くはガラクタ同然の美術的な価値のそれほど無いものばかりではあったが、
 私を夢の世界へ誘ってくれるには十分だった。
 だけどまさか本当に異世界へ連れて行かれる事になるなんて誰が想像できて?

 ある日の午後、いつものように骨董屋によると奇妙な武器を見つけた。 シルエットだけ見れば
 それはインドの武器カタールに似ていたが、デザインが微妙に異なっており刻まれた文様などは
 中世ヨーロッパのそれっぽかった。
 何故か心惹かれた私は店主のおばあさんに手にとって良いか訊いてみる。
 おばあさんはいつもの笑顔で良いよ、と応えてくれた。 ただし錆付いてるのか鞘は抜けないよとも
 付け加えられ。
 手に握ってみると驚くほどシックリと手に馴染んだ。 まるで私の手のサイズに合わせて
 創られたかのように思えたほどだ。
 そっと鞘に触れてみると動いた。 え?錆付いてるんじゃ無かったの?
 そして鞘の中から現れた刀身はまるで新雪と見紛うばかりの輝きを放っていた。
 それはこんな薄暗い店の中でありえないほどのまばゆい光を放ち、其の光に包まれ私の視界は
 白一色に塗りつぶされていった。

 私の目が光から開放された時、其の目に広がっていたのは今まで居たはずの骨董屋ではなく、
 ところどころ岩肌の露出した荒地であった。 そしてその時大気を震わすような凄まじい咆哮が聞こえた。
 見た瞬間私は唖然とした。 そこに居たのは全身を鱗で覆われ、ナイフのような牙と爪、
 そして象をも超こえるほどの巨体の生物だったのだから。 そう、一言で言えばそれは
 小説やマンガやゲームの中でしか存在しないはずのドラゴンの姿そのものであった。
 一体何の冗談? 夢? 白昼夢でも見てると言うの?
 だが再び私の耳に届いた大気を震わせるような咆哮に我に返る。 鼓膜が破れるかと思うほどのそれは
 とても夢とは思えない。 どうやらコレを夢だと思い込むことのほうがよっぽど現実逃避なようである。
 私は混乱する頭で現状を整理する。 隠れられるような場所は見当たらない。
 逃げた場合、あの巨体ならそれほど速くは追ってこないかもしれないが、ゴツゴツとしたその足場は
 私の機動力をも殺ぐものであるのは容易に想像できた。
 逃げる事も隠れる事も出来ない。 ならばどうする? 立ち向かう?
 いや、一番現実的ではない選択だろうそれは。
 確かに私の手には骨董屋で手にとった武器がはめられたままだった。
 白く輝く刀身は鋭い切れ味を期待させてくれる。 コレまで習得した武術と相まって
 高い攻撃力を発揮してくれるかもしれない。
 しかしそれはあくまでも希望的、楽観的観測。 目の前の化け物相手に実際にはいかほどの威力を
 発揮してくれるのだろう。
 でも……だからと言って黙ってみすみす化け物の餌になるつもりは無い。
 敵わないまでもせめて一太刀食らわせてやる。 そう思い武器を構えた。

 唸りを上げて迫ってくるドラゴン。 そして其の牙が眼前に迫ったその時私は全身全霊を込め勢いよく
 武器を振り下ろした。
 手ごたえは無い。 そして視界が赤一色に染まる。 ああ、やっぱり駄目だったんだ。
 こんな武器やっぱりあんな化け物相手には何の役にも立たなかったか。 正に蟷螂の斧と言うヤツね。
 だが実際にはそうではなかった。 私は生きていた。 先ほど私の視界を染めた赤は自分の血ではなく
 ドラゴンの鮮血。
 後ろを振り向けばそこにはドラゴンの巨体が横たわっていた。 下顎部から喉、胸、腹に掛けて
 一直線に切り裂かれ、鮮血と臓物をぶちまけ其の屍を晒している。
 私は呆然としていた。 コレを私がやったって言うの? 幾ら日々の鍛錬を欠かしてなかったからと
 言って人間の力でこのような芸当が可能なの? 何より斬った手ごたえがまるで無かったはず。
 手の武器を見れば刃こぼれ一つ無く相変わらず新雪の如き輝きを湛えている。
 つまりはこの武器がそれだけの威力を秘めていたと言うの?
 いや、そもそもこの状況は? この武器は何? 思えばこの武器を手にした瞬間からこの異変は起こった。

 その時また咆哮が聞こえた。 声のした方、上空を見上げればそこには巨大な蝙蝠のような、
 だが明らかに蝙蝠とは違う生き物が飛んでいた。 何故なら其の生き物には蛇のような長い首と尾と
 猛禽のような鋭い爪を備え、そして何よりも蝙蝠はあんなに巨大じゃない。
 ドラゴンの次はワイバーン? 一体全体どうなっているのよ。
 そしてその生き物は口を大きく開いた。 大きく開かれた其の口から巨大な火の玉が放たれた。
 しまった! 避けられない! そう観念した瞬間目の前に板状の氷の塊、いや氷の盾が現れ火の玉から
 私を護ってくれた。
 そして次の瞬間視界の外から飛来した氷の矢が、いや氷の槍がワイバーンを貫いた。
 そしてワイバーンはそのまま氷付けになり地面へと落下した。
 氷の槍が飛んできたほうを見ればローブに身を包んだ男の子が居た。
 其の姿は正に小説の挿絵やマンガやゲームに描かれている魔導師を髣髴とさせるものだった。
 って事はさっきの氷の盾と槍は魔法? あの子が助けてくれたの?
 その子はゆっくりと私のほうに近づいてきた。 ローブで身を包んだその魔導師(?)は
 私とそう齢が変わらないように見えた。 顔立ちは中性的でオマケに金髪碧眼、
 浮世離れした美しさを感じさせる。
 
 私が口を開こうとするとそれよりも先にその子が口を開く。
「あのドラゴンを一刀の元に斬り伏せるとはお見事です。 お陰で助かりました」
 そう言って頭を下げた。 成る程、見ればローブの端々がところどころ破れ切り裂かれ敗れている。
 あのドラゴン、私の前にこの子を襲ってたわけか。
 さらに向こうの岩陰をよーく見るとドラゴンの犠牲になったと思しき戦士団の屍が見えるような気が……。
「い、いえ私のほうこそ危ない所をありがとうございました……」
 ってチョット待って。 ドコとも分からない世界。 オマケに目の前の子は明らかに日本人じゃない。
 って言うか人間? 若しかしたら妖精か精霊の類って可能性もある。
 そんな相手に何で言葉が通じるわけ?
「大丈夫ですか? どこか怪我でもされましたか?」
 やっぱり言葉が分かる。 けどその聞こえ方が少し変なのに気付いた。
 何て言うか直接頭に響いてきたような。 そして其の頭に響いてきた声とは別に同時に聞こえてきた
 声があった。 そっちの声は男の子の口から直接聞こえてきた感じだ。
 何て言うか二ヶ国語放送? 頭に同時通訳が響いてくるようなそんな感じ?
「あ、あの大丈夫ですか?」
 尚も心配そうに訊いてくる男の子。
「あ、はい大丈夫です」
「そうですか。良かった」
 私が答えると男の子は安堵の表情を見せる。 どうやらコッチの言葉も通じているようだ。
 とりあえず便利で助かるけど一体この二ヶ国語放送、或いは同時通訳の正体は
 一体……若しかしてこれ?
 私は手にはめられた武器を見た。

 試しに武器を手から外しそして左手の鞘と共に地面に置いてみる。 そしてもう一度話し掛けてみる。
「あの、私の言葉分かりますか?」
 瞬間男の子は驚いた表情を見せる。
「$>&√Д”#%∀&^?!」
 頭の中から同時通訳が消えた。
 拾い上げると
「あ、あの今なんて仰ったのですか? よく聞き取れなかったのですが」
 成る程、どうやら間違い無いようね。
「あ、いえ何でも有りません」
「そ、そうですか……突然妙な言葉を発せられましたから驚きました」
 再び安堵の表情。 そして其のくるくる変わる表情に私は可愛いなと思ってしまった。
 って可愛い? 今私はこの子に対して可愛いって思ったの? 男の子に対して?
 あの日以来男の子に対して良い感情など抱いた事の無い私が?

「それにしても先ほどの斬撃実に見事でした。 私も長い事旅をしていますが、あのような凄まじい
 斬撃初めて目の当たりに……?! そ、その武器は?!」
 男の子は私の手にはめられた武器を目にし驚愕の声を上げる。
「す、すいません突然大きな声を出してしまって。 若しよろしければ見せていただけますか?」
 私は男の子の求めに応じ、手から武器を外して渡した。
「この輝くばかりの純白の刀身! 他に類を見ない独特の形状! そしてドラゴンを一刀で斬り伏せる
 程の攻撃力! 間違い無い! 昔お師匠様の書庫で見た書物に記された
 伝説の武器アルヴィオンファング!!」
 武器を手にした男の子は驚愕の声を上げる。 へぇ、伝説の武器だったんだ。
 どおりで色々便利な機能が付いていた訳ね。 あと、アルヴィオンファングって言う名前だったんだ。
 ん? 伝説の武器? まさかこの後私を指して伝説の勇者なんていうんじゃないでしょうね。
「探しておりました。 貴方こそこの混沌とした暗闇を打ち払う伝説の勇者さまです」
 私は思わず吹き出しそうになった。 何このべタな展開?! 今時そこら辺に転がってる
 三流ファンタジーノベルだってやらないわよ?!
 私は可笑しいやら呆れるやらで、笑いを堪えていると男の子は両手で私の手を握り、
 真剣な眼差しで見つめてきた。
 其の眼差しに私は思わずドキリとする。
「勇者さま! お願いです。 どうか其のお力を我等にお貸しください。 そしてこの世界を救う
 救世主になって下さい!」
 とりあえず頭で整理してみる。
 先ず元の世界に戻る方法はあるのか? 皆目見当もつかない。 って言うより戻る必要ある?
 そもそも私は現実世界の男の子に幻滅していた。 そう言う意味ではそんな世界に大して未練など無い。
 対してこの世界はと言うと、来たばかりで分からない事だらけだけど、でも今私の目の前にいる
 男の子。 端整な顔立ち、綺麗な金色の髪、アクアマリンのような済んだ瞳。
 そして何よりも其の真剣な眼差しに、さっき私はドキリとさせられた。 それは紛れも無い事実。
 この世界の事は分からないけど、でもこの男の子一人だけを取ってみてもあのくだらない日常より
 はるかに魅力的かも。
 何の因果でこの世界に召喚させられたのか、どうして私なんかが勇者に選ばれたのか。
 とりあえずそうした疑問は置いといて頑張ってみようかしら。
 そして私は口を開く。
「コチラこそヨロシクね」
 そして私は手を差し出した。

「あ、そう言えばお互い名前未だ言ってなかったわね。 私は白澤 雪薙。 セツナって呼んで」
「ボクの名前はリオ。 ヨロシクお願いします。 セツナ」
 そう言って私の手も優しく握り返すリオ。
 そして私とリオの冒険は始まった。


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