Cross Fire(仮) 第4話
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 あの目障りな女がいなくなって、やっとすっきりした。やっぱりあの女は敵だ。
 今までシュンに色目を使ってくる女は、近くに私がいる事で追い払ってきたけど、
 あいつは全然怯む様子がない。
 ……なんでなの、あの女は地位にも、人にも恵まれてるはず。王宮騎士だもの。それなのに、
 どうして……どうしてシュンを、私の大切な人を盗ろうとするの! 私にはシュンしかいないの!
  シュンは私の世界、私のすべて、私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の……
 私のものなの!! 

「……イラ……アイラ!」
「ぇ! あ……ごめんなさい、少し考え事をしてて。どうしました?」

 いけない、あの女のことを考えてたら嫉妬心に押さえが利かなくなってしまいました。
 顔に出てなかったでしょうか。

「いや、手元が危ないとおも……」
「痛ッ!」
「アイラ!!」
 ああ、指を少し切ってしまいました。そういえば、キャベツを切ってる最中でした。それなのに、
 余計な事を考えてたから、見ると切り方はめちゃくちゃになってますし、指も切ってしまいました。
「ああ、言わんこっちゃないよ。ほら、見せて」
「いえ、このくらい大丈夫です……あ、あの? シュン?」
 彼は私の左手をとり、自分の顔に近づけていきました。そして
「ん……」
「!!!!」
 私の切った人差し指を、口に含んで、傷口を舐めてくれました。
 あ、あぁ……感じ……ちゃいます。
「……はっ! ご、ごめん! 嫌だった?」
 い、嫌なはずないです。ふ、不意打ちなんてずるいですよ!
「嫌じゃないです……ありがとう、シュン」
「昔、自分で指を少し切ったりしてた時は舐めてたから……あ、薬と包帯とって来るよ!」
 そう言って慌てて、シュンは台所を出て行きました。

 ……シュンの舐めた人差し指。私は、恐る恐る口に含みました。
「ん……」
 ああ、これがシュンの唾液の味。そう思うと、どんどん脈が速くなって行くのを感じます。
 シュンと間接キスしてるんですね、私……このままシュンを想って自分で慰めたい。
 本当はシュンに慰めてもらいたいけど。右手が自然と股間に伸びていく。
「アイラ、持ってきたよ」
「ひゃっ!!」
「ど、どうしたの!?」
「な、なんでもないです。」
 びっくりして、変な声を上げてしまいました。うう、お預けですか……。
「それじゃ、手を出して。見たところ浅いから、あとは消毒して包帯をしよう。
 よっぽどの重症でない限り、回復魔法は使わない方が体には良いって言うし」
 でも、シュンが私の心配をして手当をしてくれる。それで心が満たされていきました。

「うん、やっぱりご飯を食べてる時か寝ている時が、幸せを感じるわ」
「叔母さん、それはどうかと思うよ……」
 この上ないくらい、幸せそうな顔をする叔母さんを見て、僕は苦笑する。それに合わせて
 隣のアイラも笑う……のが普通の食卓の風景なのだが、アイラは笑ってない。
 向かい側に座ってご飯を食べてる、レイナさんが原因なんだろうな。若干睨んでるような気がするし。
 仲良くして欲しいんだけど……まぁ、しょうがないか。
 アイラが人見知りが激しいのは分かっているし、レイナさんも気にするなと言ってた。
 うん、気にしないで僕も食べるとしよう。

「シュン、このスープはおいしいな」
「そ、そうですか。気に入っていただいて光栄です」
「うん、毎日来て食べたいぐらいおいしいぞ」
 料理を出して一番嬉しい時は、食べてもらった人においしいといってもらう事だ。
 僕はその言葉を嬉しく思った。
「アイラと一緒に、この野菜スープを作ったんですよ。ね、アイラ」
 少しでも打ち解けてもらおうと、アイラに話を振る。
「……はい」  
 一言だけしゃべってそのまま食事を続ける。やっぱり駄目か……。
 そろそろ、僕と叔母さん以外にも打ち解けられる人が、アイラにできればいいと思っているんだけど。

「ところで、ちょっといいか? シュン」
「なんですか?」
 一通り、食事が終わったところでレイナさんが話しかけてきた。隣から少し殺気を感じたのは
 気のせいだと思う。
「騎士団の件だが……」
 それか……。そのあとレイナさんは、騎士団に入ってからの具体的な事を話し始めた。
 普通なら、見習い騎士からのスタートの所を、要望があれば推薦で王宮騎士の試験を受ける事が
 できる事。落ちたとしても、正規の騎士の称号を得る事ができる事。などなど。

「悪くない条件だと思うが……君のような実力を持った人材が、今の騎士団には必要なんだ。
 どうだ? やってみないか」
 そこまで言われると心が少し揺らぐ。けど……
「駄目です!」
 急に今まで黙ってたアイラが立ち上がって叫んだ。
「シュンは私の大切なパートナーです! 勝手に騎士なんかにされるなんて、さっきから
 我慢してましたが、図々しすぎますよ!」
「ア、アイラ!?」
 今まで黙ってたのが嘘の様に声を荒げるアイラをみて、相当怒ってるのがわかる。
 こうなると、僕か叔母さんしか止める事ができない。
「別に強制してるつもりはないが? それに、リーリア殿もシュンの決断に任せると言ってる。
 図々しいのはむしろそちらでは?」
「なにを!」
 ああ、レイナさんも火に油を注ぐような事を……。とにかく止めなきゃ、と思ってると救いの手が現れた。
「まぁまぁ、こればっかりはわたし達がどうこう言う問題じゃないわ。本人の意思が大事よ。
 ね、わたしはどっちでもいいよ、シュンちゃんの好きにしなさい」
 叔母さんに諌められて、アイラは席に着く。そして、縋るような目で僕を見てきた。
「シュン……」
 大丈夫だよ、心配しなくても。確かに魅力的な誘いだけど、今の生活に不満はないし、
 ギルドの人たちの事も好きだから……僕がレンジャーを辞めることはないよ。
「すいません、申し出はありがたいんですけど……断らせていただきます。この事が、
 名誉な事は分かってます。けど、レンジャーの仕事をしてる今の生活が、自分には合ってる
 と思いますから」
「そうですよ、今まで通り私たちで、一緒にお仕事をやっていけばいいんです」
 僕が断りの言葉を言った途端、アイラはこの上ない笑顔になり、レイナさんは表情にはあまり
 出てないが、少しがっかりしてる様子が見れた。

「わかった。しかたないな、君がそう言うのなら。だが、気が変わったらいつでも言ってくれ。
 それと……また会いに来ていいか?」
「はい?」
 驚いて、少し間抜けな声を上げてしまった。何でまた、会いに来ていいかなんて聞くんだろう?
 別に駄目な理由はないけど。
「いいですよ、でもどうしてなんでしょうか?」
「いや、今日君と戦って負けてしまったからな。また修練を積んでから再戦したい。それに、なんだ、
 その……君と友人になりたいと思ってな。どうだ?」
 少し顔を伏せ気味に、レイナさんは言った。なんだ、そんなことだったら別に断る理由はない。
 それに、レイナさんみたいな強い人とまた手合わせできるなんて、願ってもない事だ。
 僕は承諾の返事をしようとすると
「だ、駄目ですよ、シュン! その人はそんなことを言って、またしつこく騎士団に誘って
 くるつもりなんです!」
「ふぅ、随分と嫌われたものだな。わたしも」
「ふん、本当はそう思ってるんですよね!」
「ちょっと、アイラ! 失礼じゃないか!」
「私はシュンのことを思って!」
「はいはい、そこまで。二人とも、落ち着きなさい」

 結局、僕はレイナさんと再戦と再会の約束をした。アイラは終始不満そうだったけど。
「それじゃあ、また来る。今日はいろいろすまなかったな」
「いえ、そんなことないです。それではまた」
 僕は家から出て、レイナさんを見送った。
 さっきからアイラが突っかかってきた事も、レイナさんは許してくれた。それにしてもアイラ、
 いつもなら気に入らない人がいると、不機嫌オーラを発するだけなのに、今日は嫌に突っかかってたな。
 でもここまで感情を出すんなら、逆に仲良くすることもできるかもしれない。
 うん、前向きに考えよう。そう思い直し、僕は家の中へと戻った。

         ―――――――――――――――――

 夢を見た。私がシュンを傷つけた日の夢を。
 王都の東部のはずれの森。そこに私は立っていた。視線の先には、小さい頃ののシュンが苦しそうに
 息をして、その傍で小さい頃の私が泣き叫んでる。シュンの右の胸部に、ひどい火傷ができてる。
 原因は、私の魔法のせい。私のせい。私の……私のせいで!!

 ”そう、あなたが彼を傷つけたんです”
 
 もう一人の私が現れ、頭の中に響くような声で話しかけてくる。
 わかってる!! だから……だから私は死に物狂いで努力して、自分の力を制御できるようにした!
  そして、シュンの役に立てるように、あのあとも今までと変わらず、優しく接してくれた
 シュンのために!

 ”本当に彼のためだけなのですか。自分のためじゃないんですか?”

 ……違う、違う!! 

 ”卑しい。彼のためにと言って結局は自分が一番。そんな卑しい雌犬は彼に相応しくないです”

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!

 ”あなたなんかより相応しい人がいますよ。そう、例えば……わたしの様な”

 そう言うと、目の前の私はあの女に変わった。
 図々しいあの女、レイナに。

 ”そう言う訳だ。雌犬は引っ込んでくれないかな? 結局の所、シュンに依存しているだけの
 雌犬には、彼を苦しめる事はできても幸せにはできない。彼のためを思うなら……目の前から
 消えるべきだと思わないか。 メ ス い ぬ さん?”
 
 何で……あなたに……急にでてきたあんたなんかにっ!!!!! 
 
 私と!! シュンの!! 関係を!!

 どうこう言われなくちゃいけないのよ!! 消えなさいよ!! 泥棒猫!!

 私は印を切り、魔法を発動させる。あの女の周りの空気が爆発し、高熱が巻き上がる。

 ”あははははは!!図星なんだな、雌犬!”

 忌々しい雌猫はバラバラになっていく。でも、首だけになっても、狂ったように笑いながら
 勝ち誇った様子で見てくる。

 嫌! 嫌! もう嫌! 助けて……助けて! シュン!

”アイラ! アイラ!!”

 薄れていく意識の中、シュンの声が聞こえたような気がした……。

         ―――――――――――――――――
 
 ……嫌な夢を見た。
 あの日の夢を見たことはこの一回だけではない。その度に、自分に対する嫌悪感と、
 シュンに対する依存と愛情が深まっていくのを感じる。

 それにしても、今度はあの女になったのか……。前は……誰だったか。思い出したくもない。

 私には、自信がない。シュンはとても魅力的だ。小さい頃も、周りにはいっぱい仲間の子がいた。
 私なんかが近くにいてはいけないのかも知れない。そんな思いが、何回も私に似たような
 夢を見させる。シュンを独占したい。けど、自分に自信が持てない。
 だめだだめだ、こんな事を考えては。
 もっと、もっとシュンの役に立てるようにならなきゃ。胸を張って彼の隣にいれる様に。

 起き上がり、カーテンと窓を開ける。まだ少し、空は暗い。ふと下を見ると家の前に彼がいた。
 訓練用の刀で、素振りをしている。こうやって、日々の鍛錬を惜しまないのが彼の強さを
 作ってる一つだ。……私もやらなきゃ。

 シュンに気付かれないように窓を閉め、私はローブに着替えて瞑想の準備をした。


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