過保護 第6回
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「倉田君っ!!」
「なっ…何、いきなり!?」
「今こそ飛躍の時、我が志は千里に在り!」
「いや、だからさ…」
…倉田君が引いている。
いけないいけない、どうやら地の文が言葉になっていたらしい。
「まあ、冗談はさておき」
「冗談ですか…そーですか…」
良し、とりあえず誤魔化せた…と、いう事にしておこう。
「倉田君の祈りが天に通じたんだよっ!」
「祈り…?」
…駄目だ、わかってないこの人は。
「黒崎先輩、入院」
「へっ?」
「大怪我、意識不明」
「ええええぇぇぇぇっ!?」
…どうやら知らなかったらしい。
「最上、一応聞くけど本気なの?」
「えっと…私も他人から聞いただけなんだけど…」
「そういえば、昨日は珍しく先輩から何の音沙汰も無かったな…」
「珍しいんだ、それって…」
「そうだ、一応こっちからでも連絡は…」
そう言いながら倉田君は携帯電話を取り出して…
 ピッ、ピッ、ピッ…
「………」
「………」
「どう…?」
「電源が切れているか、電波の届かない場所にうんぬんかんぬん…」
「決まり…かな?」
「たぶんね…」
どうやら噂は本当だったらしい。
後はこの状況をいかに利用するかだ。
「まあ、あの人はああ見えて生傷が絶えない人だからね…」
「倉田君、遊びに行こうっ!」
「ええええぇぇぇぇっ!?」

「いやさ、流石にこの場はお見舞いに行くべきだと思うんだけど」
倉田君は正論を言う。
セオリー通りなら正論には勢いで対抗すべし。
とは言え倉田君はそう簡単には考えを曲げたりはしない、それが正論ならなおさらだ。
だがしかし…私には倉田君が揺れているのが見える。
そして私は今、上り坂に居る。
倉田君に考える時間を与えない事…とにかく即効で勝負をかけるしかないだろう。
「今行ってもまだ寝てると思うよ」
「いや…まあ…それはそうだけど…」
「良い?倉田君、ストレスを溜め込んでほっとくと後でとんでもない事になるんだよ」
「それは…まぁ…」
「だったら遊びに行こう、このままじゃ倉田君にとって良くないよ」
「えっと…」
「黒崎先輩と別れるにしてもこのまま付き合うにしても、ちゃんと息継ぎくらいはしておかないと
溺れちゃうよ」
もっとも、後で是が非でも別れさせるけどね…
「………」
「遊びに行こう、息継ぎしよう、発散させよう」
「でも…先輩に悪いし…」
「仮にも恋人にストレスを感じさせる人の方が絶対に悪いっ!」
「………」
「………」
「良いの…かな?」
折れた…
倉田君の良い所は人の話はちゃんと聞く事、聞いて理解した後でちゃんと考える事。
普段の倉田君が相手ならともかく、迷いを持つ倉田君が相手なら言い包める手はあるのだ。
「明日の…いいえ、今日の放課後に…宝瓶水族館で良い?」
「用事は…無いけど」
まだ迷ってる。
もう一押しが必要らしい。
「倉田君、黒崎先輩が怪我をしたのは誰のせいなの?」
「えっ…と…」
倉田君は本気で考え込む…
私個人としては天が私に味方したせいだと思うけど…
まぁ、そんな事はともかく。
「断言しても良い、倉田君のせいじゃないよ」
「最上…」
「そんな暗い気分のままじゃお見舞いに行っても先輩は喜ばないし、それどころか倉田君にも良い事ないよ」
「かもね…」
倉田君はまだ納得していなさそうだ。
まぁ…ある程度は仕方ないか。
「午後3時、宝瓶水族館で待ってるから」
とりあえず言いたい事はだいたい言った、ならば倉田君にゆっくりと考える時間を与えてあげるべきだろう。
私は倉田君の教室を後に…
「ありがと…」
「…えっ!?」
振り向いた時には、倉田君はもう自分の席に向かっていた。


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