過保護 第7回
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「結局…来てしまった…」
黄道町の宝瓶水族館と言えばデートスポットしてそれなりに有名な場所だ。
仮にも恋人の居る僕がここに来る事は本来不自然な話ではないと思う。
でも…他の女性と一緒に来る場合は話は別となる。
「でも…断れないよなぁ…」
思わずぼやきが口に出る。
不覚にも最上の言葉に一理有ると思ってしまった。
僕は昔ほど黒崎先輩を好きじゃないのかもしれない。
そう、まるで…まるで…なんだろ?
あんまり漠然としすぎる考えで、今の僕には言い表せない。
けれどなんとなくわかる事もある。
黒崎先輩と僕は対等ではないという事だ。
そりゃあ向こうの方が年上だし、部活での先輩後輩の関係でもある。
けど…何と言うか…その格差が僕の想像を遥かに超えていたんだ。
いや、格差と言うのは適当じゃない。
言うなれば…黒崎先輩はまるで姉のような、母のような、そんな保護者の目で僕を見ているような気がする。
そう、つまり…
ああ、ようやくわかった。
さっきはわからなかった漠然とした考えがまとまった。
要は過保護すぎるんだ。
でも断れなかったのはそれだけじゃない。
もう一つの原因、それはもちろん最上だ。
小学校からの腐れ縁で、でも全然嫌だとは感じなくて、昔はまるで妹のように僕を慕ってくれて、
僕自身もなんだか放っておけなくて、そして今ではこんなにもしっかり者になった…
恋してる…と決め付けるのは早合点だろう。
でも、最上が昼食に誘ってくれた時に嬉しいと感じた。
最上には安心して愚痴を言えた。
最上が遊びに行こうと言った時に嬉しいと感じた。
そして、今も最上を待ち望んでいる。
僕は…壊れてしまったのだろうか?
僕には最上の誘いを断る事ができなかった。
本来ならば絶対にしてはならない…人道に反した行いを承諾してしまった。
だって最上が…自分が最上の世話を焼く事はあっても、自分が最上の世話を受ける事は無いと思っていた
最上が…
あんなにも僕の事を真剣に考えてくれたのだ。
僕にそれを止める事などできやしない。
だから受けよう、甘んじて受けよう。
たとえ人から後ろ指を指されようとも…
さて、難しい事を考えるのはここまでにしよう。
僕の待ち人が…最上可奈が…来たようだ。

「ごめん、待った?」
「ううん、今来た所だよ」
「本当にごめんね、待たせちゃって」
「良いよ、その代わりたくさん楽しませてね?」
「ううぅ…なんて良い子なんだろう…」
「そんな、大げさだよ」
「最上…いや、可奈。僕は実は君の事が…」
「くっ…倉田君!?そんな…まだ心の準備が…」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
「きゃっ…何なの!?」
「地震だっ!!」
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
「きゃあああぁぁぁ…」

 ゆっさゆっさゆっさ…
「可奈〜、いい加減に起〜き〜な〜さ〜い〜」
「…むにゃ?」
「おはよう、そこで寝られると掃除の邪魔なんだけど」
「………」
「………」
「夢えええぇぇぇっ!!!」
「元気ね、あなた…」
「今何時っ!」
「えっと…3時4分」
「いやあああぁぁぁっ!!!」
 ダァッシュッ!
「本当に元気ね…」

やばい、本当にやばい…
宝瓶水族館までの道のりを私は全力疾走していた。
昔からそうだ、重要な局面であればあるほど失敗が増える。
学校から水族館まで急ぎに急いで15分はかかるから、仮に倉田君が時間通りに来たとすれば
20分も待たせる事になる。
もちろん、倉田君が時間ピッタリに来るなんてありえない。
あの人は伊達に無遅刻無欠席を誇ってはいない。
どうか帰っていませんように…帰っていませんように…居た!
「ごめん、待った?」
「ううん、今来た所だよ…って、最上、どうしたのそんなに落ち込んで?」
「いや…なんか既視感が…」
しかも台詞が逆だし…
「倉田君、実際の所どのくらい待ったの?」
「大丈夫、たいした時間じゃないよ」
嘘だ…絶対に嘘だ…
倉田君の性格から言って、最低でも30分は待たせているような気がする。
「まぁ、そんな事はどうでも良いよ。行こう、今日は楽しまなくちゃね」
「ご…ごめん…」
「謝らない、謝らない」
はぁ…今日は倉田君を楽しませて、あわよくば好感を持たせようとする予定だったけど…
大丈夫かな…これで。

結果…駄目でした。
鮫の水槽の前で抱きついたら、姿勢を崩して倉田君の頭を水槽に強打するわ。
その場面を係員に目撃されて注意されるわ。
イルカのショーで水を被って、結果的に倉田君の制服を奪ってしまうわ。
アイスクリームを借り物の制服の上に落とすわ。
高校生にもなって迷子になるわ。
売店で売り物のマグカップを見事に割るわ。
財布を落とすわ。
そのおかげで壊したマグカップ代を倉田君に負担させるわ。
もう一つおまけに財布を捜すのを手伝わせるわ。
好かれる要素は一つも無い。
そしてわかった事が一つ…普段はともかく、緊張すると失敗が多くなる癖は全然治ってなかった。
私は楽しかった。
久しぶりに倉田君と遊びに行ったんだ、楽しくない訳が無い。
けど、今日の本来の目的は倉田君の息抜き…その点で言えば、駄目駄目だった。
「今日は本当にごめんね…」
「最上?」
「倉田君…楽しくなかったよね…」
「いや、そうでもないよ」
「気を遣わなくても良いよ…」
私の目には大粒の涙が溜まっていた…
悔しくて…悔しくて…
そんな時、視界に青い布が入ってきた。
「泣いてても良いよ、そしたら僕はハンカチを差し出すだけだから」
「倉田君…」
私はそのハンカチをひったくるように奪った…
私にはそれしかできなかった。
「ごめん…ごめんね…」
「実はさ、僕もけっこう楽しんでたんだ」
倉田君は誰に聞かせるでもなく、独り言のように言った。
「こうしてると、誰かに必要とされてるんだなって思えるし。こんな事を言うのも何だけど、
失敗する最上もけっこう可愛いし」
「倉田君…」
「それに嬉かった」
「嬉しかった…?」
「うん、だって自分の事を真剣に考えてくれる人が居るんだよ、こんなに嬉しい事は無いと思うよ」
「そんなの…」
私はそんなに偉い人じゃない。
私は倉田君が思っているほど純真じゃない。
私はすごくたくさんの下心でいっぱいなのに…
そんな事は言い出せなかった。
「だから…ありがとう」
「倉田君…」
私はこの日、倉田健斗に惚れ直したのだった。


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