幕間B
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…さて、俺達は鳳翼駅まで戻ってきた。
今日は色々とあったが、時計は正午を示していた。
そう毎回毎回起床シーンで始まると思ったら大間違いだ。
それはそうとして、今からどうしようか?
急げば午後の授業に間に合うだろう、だがその前に腹が減ったな。
なにせ今日は朝食を抜いて出てきたからな、腹が減るのも仕方が無いだろう。
「天野、どっかで飯でも食わねえか?」
「そうですね、私さっきからお腹が空いてて…」
「なんだ、天野も腹が減ってたか?」
「はい、お腹の音が聞こえやしないかとヒヤヒヤしてました」
そういって天野が少し照れる。
可愛いじゃねえかコンチクショウ…
「何処が良い?『Phantom Evil Spirits』以外なら何処でも良いぞ」
あそこは勘弁。知り合いは多いし、混んでるし…
「はぁ、そうですね…」
「………」
「うう〜…ん…」
「………」
「えっと…」
「………」
やっぱり俺が決めた方が良かったかな…
「天野」
「はい?」
「とりあえず適当に歩きながら決めるか」
幸いにしてここは駅前だ、飲食店はたくさんある。
「そうですね、そうしましょうか」
「決まりだな」
まあなんだ、今日は天気が良いからな、散歩も悪く無いだろう。

 

天野と一緒に駅前を歩く…のどかな雰囲気だ。
「麺類も良いですよね」
「空腹に不味い物無し、てか」
「ち…違いますよっ!」
うむ、からかいがいのある奴だ。
「最近は暑いからな、冷やし中華ってのも良いな」
「そうですね」
「暑い日に食べる物と言えば他には…」
「あえて激辛マーボーとか」
「良いんだな?」
「えっと…」
「ほんっ…と〜っに、良いんだな?」
「ごめんなさい」
「うむ、正直でよろしい」
こう言っては何だが、今日のように暑い日に激辛の名を冠する物を食べる人間の気が知れない。
ジャンパー着てなくて本当に良かったと思う。
「そういや、俺のジャンパーはどうした?」
「ああ、あの時は助かりました」
そう言って天野は頭を深く下げる。
「いや、別に大した事じゃない」
「ちゃんと汚さずにとって置いてありますよ」
ちょっとホッとした。
なんだかんだ言って愛着があるからな。
「そっか、なら返せる時に返してくれ」
「なら、明日の学校に持って行きましょうか?」
「そうだな、そうしてくれ」
…しかし、そろそろ俺の腹も限界に近いな。
ちょうど視界に中華料理屋が入った所だ、いい加減に何か食べなくては体がもたん。
「天野、さっき話題にのぼった事だし、今日の昼は中華にしないか?」
「良いですね、ちょうどマーボーもあるみたいですよ」
「…食えよ」
「ごめんなさい」
まったく…確かに看板にはマーボーの文字があるが、激辛なんて何処にも書いてないぞ。
まあ、たまにはマーボーも良いか…普通の辛さなら。

辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い…
「不撓さん、ちょっとした冒険ですね」
天野の冷やし中華が輝いて見える。
油断した…まさかここまで辛いとは思いもしなかった。
やはり初めて入る場所で警戒を怠ったのが拙かったか…
周りを見渡すと、天野以外の全ての客は全身から尋常じゃない汗を流している。
しかも俺のように苦悶の表情をしている奴は一人も居ない。
もしかしてここは、そうゆう店なのか?
「天野…知ってたのか?」
「割と有名ですよ…辛さで」
しれっと言われるが、俺は初耳だ。
つまり何だ…この店ではこれが普通の辛さで、だから激辛の文字が書いてなかったのか。
うんうん、納得…
「…て、何で天野だけ涼しい顔してんだよ」
「一応普通のメニューもありますから」
頼むからもう少し早く言ってくれ…
そんなこんなで天野は冷やし中華を食べ終わったようだ。
俺のは…あと半分以上残っている。
もう金輪際この店には来ない…
「ところで、不撓さん」
「な…何だ?」
天野が急に真面目な顔になる。
俺は今過去最大の敵と戦っているのだが…
「不撓さんの目的は何なんですか?」
「俺の?」
「目的と言うか…望みと言うか…」
「…良くわからんな」
「とにかく、不撓さんが一番手に入れたい物を聞きたいんだす」
「そうだな…」
なんとなくだが、質問の内容はわかった。
確かに今の状況が悪いとわかっていても、具体的にどう改善すれば良いのかがわからなくては
手の打ちようが無いだろう。
しかし、最終的にどうしたいのかと言われてもな…
そりゃあ英知がおとなしく手を引いて、大槻がもう少しおしとやかになれば嬉しいが…
最終的な目標は…強いて言うなら、天野とこうしている時間かな。
…いや、流石に今の思考をそのまま口に出すのは拙いだろう。
「…平穏な日常だな」
結局そんな答えに落ち着いた。
まあなんだ、天野との時間は平穏な学園生活を象徴するような物だし、嘘はついてないだろう。
「わかりました、私も微力ですけど手伝います」
「そいつは心強いな」
うん、きっと天野が居れば百人力だ。

「それと、もう一つ聞いても良いですか?」
「うん?」
辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い…
不味い、このマーボーは食いきれないかも知れない…
「不撓さんはあの二人の事をどう思っているんですか?」
「あの二人?」
「大槻さんと英知さんですよ」
大槻と英知か…
さて、どう答えるべきか…
まあ、俺の性格上そのままズバリ答えるのだろうが。
「英知は…まだ未知数だな」
「未知数…ですか」
「まあな、あいつとは出会ってからまだ何日も経ってねえからな」
「そうですか…」
「で、陽子の方は…」
どうだろうな、正直に言って大槻に対する感情なぞ考えた事も無い。
「守りたい…かな」
「はあ…」
あれ?そう言えばこれと似たような状況が前にも在ったような…
「あ、兄上っ!探しましたよっ!」
噂をすれば…か。
間の前にワンピース姿の英知が居た。
「英知、いつから居た?」
「たった今兄上を見つけた所です」
とりあえず未知数発言は聞かれてないようだな。
「てかお前、学校サボってるだろ」
今の時間帯は昼休みの筈だ、英知が私服でいるのはおかしい。
「兄上の危機に呑気に学校など行ってはいられません」
「危機って…」
兄として喜んで良いのやら、嘆いて良いのやら…

「とにかく兄上、あまりを心配させないでください」
拙いな、だんだん英知に怒気が宿ってきた…
ただでさえ激辛マーボーという強敵が居るのに、この上に英知の相手まではしてられない。
そこで俺は、手にしたレンゲでマーボーをすくい…
「あーん…」
英知に差し出す。
「あっ兄上!?こんな所で…」
英知が真っ赤な顔で抗議らしき声を出す。
「あーん…」
問答無用…逃がさん。
「あ…あーん…」
観念したのか、英知が口を大きく開ける。
…心なしか、少し嬉しそうだ。
 パクッ
「………」
「………」
「…っ!!!」
苦笑する天野、にやける俺、そして悶える英知。
当然、水は前もって英知の手の届かない場所に配置してある。
「くぁwせdrftgyふじこlp…」
理解不能な言語が飛び出す。
『英知は混乱している』て感じだ。
「どうだ俺の力を思い知ったか…」
「不撓さん…恐ろしい子」
ちなみに五分後、英知の怒気は倍加したと追記しておく。

その後俺達は天野と別れ、『Phantom Evil Spirits』まで戻って来た。
別れ際に英知が天野に何やら話しかけていたようだが、内容は教えてくれなかった。
「おお、懐かしの我が家よ…」
「まだ一日も経っておりませんが」
何故か英知は不機嫌そうだ…
今の時間なら昼休みは終わっている、ピークはもう過ぎた筈だ…
 カランッ カランッ
「いらっしゃいませ…」
出迎えてくれた人は、目が死んでいた。
「鈴木さん、疲れてますね…」
「流石に二日連続はキツイよ…」
良く見ると、他の店員さんも似たり寄ったりだ。
二日連続で働いているのは親父と鈴木さんだけだが、店内で一番タフだった鈴木さんがこうなるとは…
てかこの店大槻に頼りすぎだろ…
「陽子はどうしたんです?」
「あの方ならまだ兄上を探している筈です…」
英知が遠い眼で彼方を見つめる。
まさか大槻までサボっていたとは…
「連絡しろよ…」
「無理です、方法がありません」
はぁ…なんか頭痛くなってきた…
俺はおもむろに携帯を取り出す…
 ピッ…
 トルルルル…トルルルル…
「もしもし?」
「陽子か?俺だ」
「勇気君!?今何処なの?」
「『Phantom Evil Spirits』だ」
「ええっ!本当に?」
「とにかく一旦帰って来い」
「わかった。勇気君、そこ動いちゃ駄目だからね!」
 …ピッ
とりあえずはこれで良し。
戻って来たら一度お灸を据えてやらねばな…

「勇気か…」
「親父…」
厨房には、親父が居た。
それも一目でわかる程に怒ってる親父が。
 パンッ!
まずは無言で平手打ち。
親父は滅多に手を上げたりしないが、必要な時は躊躇しない。
今回に関しては俺が悪い。だから避けない、弁明もしない、眼を逸らさずに受ける。
そして…次の瞬間には抱きとめられていた。
「お前の事だ、きっと大切な理由があるのだろう」
「………」
「だがな勇気、お前は私の家族なんだ…勝手に居なくなって、勝手にくたばるなんて事は
決して許さない…」
「…親父、泣いてるのか?」
「私はお父さんなんだ、我が子の心配だってするさ」
「そっか…」
「だからな、『いってきます』と『ただいま』位はちゃんと言ってくれ」
「ごめんな…」
 パンッ!
もう一度叩かれた。
「勇気、お前はこうなる事を覚悟して出たのだろう?」
「ああ」
これは即答できる。
「ならば安易に謝るな、そして次も己の信念に従って行動しろ」
「ああ」
「なら許す。先ほどバイトが一人倒れた、手伝ってくれ」
「ああ」
なんだかんだ言っても、親父は親父だった。
「親父、もう少し陽子に頼らない編成を考えた方が良いぞ」
「…考えておく」

「英知、そろそろ閉店の札を掛けてきてくれ」
「はい、父上」
ようやく閉店時間となった。
店内にはもう客はおらず、フロアーに居るのは大槻と英知だけだ。
…よくよく考えると少なすぎる気がするよな。
「勇気君」
大槻に呼ばれる、いつものアレだ。
「おう、そろそろ行こうか」
「兄上、どちらへ?」
「ああ、陽子を家まで送ってく、暗い夜道を女の子だけで歩かせられんだろ」
かれこれ三年近く続いている、これはいつも俺の役目だ。
「その方が変質者ごときに後れを取るとは思えませんが」
「お前な…だからって放っておく訳にはいかんだろ」
「兄上はお休みになってください、付き添いなら私が参ります」
「駄目だ」
「兄上…」
「それだと行きはともかく、帰りは英知一人になるだろ。絶対に駄目だ」
まあ、英知に勝てる変質者なんて滅多に居ないだろうがな。
「………」
英知が黙り込む。まだ納得はしてないようだが、説得は帰ってからにしよう。
「陽子、準備はできたのか?」
「うん、もう終わってるよ」
「じゃあ親父、行ってくるぞ」
「紫電さん、また明日」
「気をつけて行ってこい」
「………」
 カランッ カランッ

「ねえ、勇気君」
夜の帰り道で、大槻が口を開いた。
「なんだ?」
「今日は何処に行ってたの?」
まあ、当然の疑問だとは思う。
「兄貴に会ってきた」
「兄貴…不屈さんに!?」
「まあな、元気そうだったぞ」
大槻は動揺を隠せていない。
感情の起伏が激しいのは大槻の長所だが、同時に短所でもある。
昨日戦闘中に動揺したのが良い例だ。
「それで、何をしてきたの?」
「悪いが、そっから先は黙秘する」
流石に不撓家の裏事情を独断で話す訳にはいかないだろう。
それに『いざとなったら、お前等を取り押さえられるように鎧を…』などと言ったら何が起こるか…
「そう…」
珍しく大槻はあっさりと引き下がった。
普段ならもう少し食い下がるのだが…
「ねえ、勇気君」
「今度は何だ?」
「天野さんとは、どんな関係なの?」
それはむしろ俺が知りたい…
「たぶん…ただの友達だと思うぞ」
「本当に?」
「たぶんな…」
確証は持てんが…そう心の中で付け加えておく。
「………」
「………」
沈黙が場を支配した。
三年間も一緒に居ると、表情も読めるようになってくる。
特に大槻は他の人間よりも表情の変化が激しいからな…
大槻もまた、何らかの悩みを抱えているのだろう。

 

「陽子、悩みがあるなら聞くぞ」
「………」
「………」
「ねえ、勇気君」
「どうした?」
「私さ…勇気君の事が、大好きだよ」
「なっ…!?」
完全に不意をつかれた、俺もまだまだ修行が…などと言ってる場合か。
「勇気君は私の事好き?」
拙い、こんなの想定外だ。
心臓がバクバク鳴ってる…
そりゃあ俺だって考えなかった訳じゃないが、まさか現実に大槻から…
いかん、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け…
「勇気君?」
どうする不撓勇気?このまま付き合うのか?
確かにお買い得かもしれん。美形だし、料理は旨いし、成績も悪くないし、それに何より…
「………」
「………」
…いや、やはり俺に損得勘定は似合わん。
何より大槻は…守りたい人だから。
「俺は大槻の事を愛している…」
「本当に!?」
大槻の顔が一気に明るくなる。
ごめんな大槻…俺は今からその笑顔を壊すよ…
「だがな、それはきっとお前の持つ感情とは大きく違う」
「えっ…?」
「俺は大槻を…英知以上に妹として見てる」
「そんな…」
もうすぐ大槻が泣き出す、俺は直感に近い物で察知していた。
今からでも嘘だと言えばどんなに楽だろうか。
だが駄目だ、俺は大槻を泣かせたくないが…それ以上に今の大槻に嘘を言いたくない。
だから止まらない、俺の信念が決して止まる事を許さない。
「それが…たぶん俺の本心だ」
「ぐすっ…うえぇぇ…」
大粒の涙がアスファルトを湿らせていた。
大槻の涙を見たのは随分と久しぶりだと思う。
俺は無意識の内に、大槻を抱きとめ頭を撫でていた。
それはまるで…兄が妹をあやすかのように…

「…落ち着いたか?」
「うん…」
大槻の眼は既に真っ赤になっていた。
「本当に大槻は泣き虫だな」
「そっ…そんな事ないよっ!」
うん、どうやら落ち着いたようだ。
「ねえ、勇気君」
「おう」
「私さ…まだ勇気君の家に行っても良いのかな?」
「馬鹿野郎、当然じゃねえか」
「良いの…?」
「当たり前だろ、お前は俺にとっては…」
その瞬間、特大の違和感が襲ってきた。
「………」
「………」
「勇気君?」
妹として…
俺の中でパズルの断片が重なっていく。
それはたぶん、兄貴の診療所を出た時に感じた違和感…
いや…それとは少し違う感覚だ。
だがしかし…
「わかった…」
「な…何が?」
「何故英知が本気で俺を手に入れようとしているのかが…わかった」
「ええっ!?」
そうだ…この仮説なら、英知と俺が出会っている必要は無い。
「どうゆう事なのっ!?」
「すまん、軽々しく話せる内容じゃ無いんだ」
気がつけば大槻の家はすぐそこであった。
「大槻、ここまでで良いか?」
「えっ…うん、良いけど…」
「じゃあまた明日な」
「えっ、ちょっと…」
俺は居ても立ってもいられず、駆け出していた。
今の仮説を武器に、英知から全てを聞き出すだめに…

夜の街を走る…
 たったったったったっ…
迂闊だったな…俺とした事が、尾行者に気がつかないなんて…
いつから居るのかはわからんが、俺の後ろには確かに尾行者が居た。
とにかくこのまま真っ直ぐに帰るのは危険だな。
そう判断した俺は道を曲がり、公園へと移動した。
相変わらず人気の無い場所だ。
尾行者の気配は…まだある。
立ち止まり、気配を探る。
敵はおそらく一人、どうする…片付けるか?
いや…まだ英知って可能性もある、下手な先制攻撃は危険だな。
「さっきからそこに居る奴、出て来い…」
気配は…動かない。
ハッタリだと思っているのか、それとも何か策があるのか…
 ガバッ!
「なっ…!?」
突如俺の体は拘束され、口には布らしき物が押し当てられる。
馬鹿な、気配は移動していないってのに…まさかもう一人居たのか!?
それにこの匂いは…睡眠薬か!?
咄嗟に息を止めたが、急激に視界が霞んでいく…
拙い、このままじゃ…とにかく距離を開けねば。
俺はカカトで背後に居ると思われる相手の足を…
 ガッ!
…無いっ!?
俺の足はただ地面を蹴るばかりで、相手の足は見つからない。
今度は体を拘束している物を振りほどこうと…
「これは!?」
俺を拘束していたのは茨であった。
これでようやく合点がいった…やはり英知だったか。
だが、俺の思考はそこまでであった…
 ドサァッ…

「………」
「兄上、目が覚めましたか?」
英知の声が聞こえた。
頭に霧がかかったような気分だが、とにかく俺は起き上がり…
 ガシャンッ
「…ん?」
ふと上を見あがると…そこには手錠と、それに繋がれた俺の両手…
「何ぃ!?」
…一瞬で意識が覚醒した。
そして俺が意識を失う直前の光景も思い出す。
すぐに自分の置かれている状況を確認する。
どうやら俺はベットに仰向けに寝かされていて…そのベットの金具をまたぐように手錠が伸びている。
そして手錠に繋がれた俺の両手。
部屋はやや古びた六畳一間っぽい部屋、とりあえず兄貴の診療所ではなさそうだ。
そして俺のすぐ横に、ネグリジェ姿の英知が座っていた。
「英知…何の冗談だ?」
一応聞いてみる、たぶん冗談じゃ無いと思うのだが。
「冗談ではございません」
…やっぱりか。
「何が目的だ?」
「兄上に、愛していただきたいのです」
うん、俺の貞操大ピンチ。
まあなんだ、いくらカッコつけても所詮俺は童貞だ。
むしろこんな美少女に相手をしてもらえるのなら喜ぶべきだ…
などと考えられればどんなに楽か。
イマイチ実感は湧かないが英知は妹だ、こんな事は間違っている。
だが…そんな俺の思惑とは無関係に、英知は既に全裸になっていた。

「兄上、力を抜いてください」
「無茶を言うなっ!」
幸いにして足は拘束されていない。
俺はそれを利用して時間を稼ぎつつ、何とか手錠を外す手段を考える…
だがしかし…脱出は少し難しそうだ。
「生命の息吹よ…」
英知が呪文を詠唱すると、辺りに奇妙な匂いが撒かれた。
「なっ…にぃ…!?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
だがその匂いは俺の全身の筋肉を弛緩させ、逆にただでさえ興奮していた俺の男性器は
痛い程に怒張し始めた。
「英知、何をした?」
「媚薬の一種です。私もほら…こんなに」
それは、まるでこの間の再現であるかのようであった。
ただしその時と違って俺は動けない。
「兄上…身も心も、私を愛してください…」
英知が俺の上にまたがる。
やばい、流石にこの光景は興奮する…
…こうなれば唯一自由になる舌で、この場をなんとかするしかない。
「何故…ここまでする?」
それはきっと、最後のピース。
これがわかれば、この事件の全容が見える。
そうすれば…あるいは。
「ここまで…?」
「兄貴から聞いた、陰陽師の事をな」
「そうですか…」
英知の顔に動揺は無い、まだ想定の範囲内なのだろう。
「だが、本当に代々続いた義務が理由なら、英知がここまで本気になる理由としては弱い…」
「………」
「英知、お前は…」
これが俺に残された最後の切り札…
外れれば終わり、当たってもこの状況をひっくり返せるかどうか…
だがそれでも、俺にはこれしか残ってはいなかった。
「お前は俺と兄貴を重ねているんじゃないのか?」

「…っ!!!」
当たった…どうやら当たったようだ…
ならばここは…畳み掛けるっ!
「不撓の家の性質上、後継者は兄に肉親と思われては拙い筈だ。
ならば本来、英知が俺の事を『兄上』と呼ぶのはおかしい…」
「そんな…」
わかる…明らかに英知が動揺しているのがわかる。
「そして『兄上』という呼び方では、俺と兄貴の区別がつかない。
そんな呼び方をわざわざ使う理由は何故か…」
「………」
振り向くな…躊躇うな…
多少強引でもかまわない、根拠が無くても良い、立ち止まるなっ!
「聞けば兄貴と英知は11年前に出会っているらしいな…その時に英知は兄貴に惚れた。
だが不撓家の事情により、英知は兄貴と一緒になる事は許されない。ならばどうする…」
「………」
「全てに辻褄が合う答えは一つ…英知、お前は俺に兄貴の面影を求めているんだっ!」
「………」
「………」
長い…沈黙であった…
「…不屈の兄上から聞いたのですか?」
「半分はな、残りの半分は単なる当て推量だ」
しかし12歳に惚れる4歳ってのも強引すぎるよな…まあいいや、兄貴だし。
「確かに私は、不屈の兄上に憧れていました」
英知は、観念したかのように話し始めた…
「強くて、物知りで、私には無い物をたくさん見せてくれました…」
「英知…」
「ですが勘違いをしないでください、それと同時に私は勇気の兄上にも憧れていました」
「俺に…?」
「はい、不屈の兄上はいつも『自分には良くできた弟が居る』と言っていました」
今明かされた衝撃の新事実!信じられねぇ…
兄貴が俺を褒めた事なんて一度も無いぞ。
「今から一月程前から、私は不屈の兄上の所に滞在し、兄上の事を調べていました」
そういえば兄貴もそんな事を言っていた気がする。
「驚きましたよ…私のイメージがそのまま飛び出したような方が居たのですから」
「そんなに俺はいい男か?」
イマイチ実感が湧かないのだが…
「はい、兄上なら私を幸せにしてくれる。そう思いました」
「俺を買い被りすぎだぞ…」
「不屈の兄上は言っていました、『お前はもう、幸せになっても良い』と」
「兄貴が…」
「いくら言葉を並べても、結局私はただ幸せになりたいだけなのかもしれません…」
「英知、それは…」
次の言葉を言うよりも早く、英知の唇が俺の口を塞いでいた。

「英知っ!?何を…」
 ジイィィィ…
ズボンのジッパーが降ろされ、俺のモノが天に向かって屹立する。
「兄上、愛してます…」
再び俺達は唇を合わせる。
媚薬のせいか、それとも俺の本性からなのかはわからない。
だが悔しい事に、頭ではともかく体は英知の肉体を欲していた。
そして思考も鈍化してゆく…
 くちゅ…
英知の入り口に触れた…だが今の俺にこれ以上の抵抗はできなかった。
「私の事を愛してください…」
「英知…」
 ずずず…
俺のモノは…ゆっくりと英知の中へと割り込んでいった。
それは想像以上の強さで俺を締め付け、快感を生み出す…
「つぅ…」
「英知?」
英知の顔は苦痛で歪んでいた。
「媚薬で誤魔化そうとしましたが…甘かったですかね」
「おい、これ以上は…」
「大丈夫です、続けますよ…」
 ずず…
俺のモノに何かが当たったような気がした。
「兄上…」
『…と…さん…』
その時、一瞬何かが俺の頭を掠めた…
だがそれは、英知の苦しそうな声にかき消された。
「くぅ…」
「おい、大丈夫か!?」
「はい…」
全然大丈夫そうには見えなかった。
だが…今の俺にはどうする事もできない。
「動きます…よ…」
 ぐちゅ…ぐちゅ…
英知がゆっくりと上下する…
今まで知識の上でしか知りえなかったSEXと言う物だが、それは想像の遥か上を行く物であった。
自慰とは比べ物にならない圧倒的な快感だ…
気がつけば俺は、英知と共にうめき声を漏らしていた。
 ぐちゅ…ぐちゅ…
だがそれも長くは続かない、俺は自分の精が込み上げてくるのがわかった。
「英知…離れろ…」
かろうじてそれだけは言う事ができた。
だが英知は離れない…
「構いません、私の中に…」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になった…
何かが…英知の姿と重なった…
 びゅく、びゅく、びゅく…

 ぐちゅ…ぐちゅ…
「あぁ…あぁん…」
媚薬の効果故か、だんだんと英知の口からうめき声以外の物が出てきた。
対する俺は、既に三度も精を放ち、だんだんと冷静な思考が戻ってきた。
 ぐちゅ…ぐちゅ…
いや、冷静になっても打開策は見つからないのだが…
「やぁ…だめぇぇ…」
英知の表情は恍惚とした物へと変わっている。
もしかして…感じているのか?
 ぐちゅ…ぐちゅ…
だが、英知が純潔であった証拠がベットを紅く染めている。
そんな事がありうるのだろうか?
「いっちゃう…よぉ…」
…素人だからわかりません。
「あっあん…あぁぁ…」
拙い、そろそろ俺も限界に近い。
今なら、これから抜け出せなくなる者が居るのも納得できる。これには正常な男は抵抗できない。
「ああぁぁぁっ…」
その瞬間、英知の膣がぎゅうぅぅっと俺を締め上げた。
今の俺にはそれに対抗する術は無かった…
その時…天野の顔が浮かんだ…
 びゅく、びゅく…
達した…のか?…俺は達したが。
英知は一頻り体を反らせた後、ぐったりとして俺の体に寄りかかってきた。
「英知、大丈夫か?」
「兄…上…」
どうも英知の意識はハッキリしてないらしい。
「よっ…と…」
 ぬちゃ…
俺は自由になった下半身を動かし、英知からアレを引き抜いた。
気が付けば、あの妙な匂いも消えていた。
「英知…」
「………」
英知は眠っている、まるで15歳の少女のように…いや、15歳の少女なんだけどな。
…俺はSEXの最中に、確かに天野と英知を重ねていた。
目の前に居るのは確かに英知、こんな俺を愛していると言った少女だ。
だが…どうやら俺は本物のアホゥのようだ。
こんなに大切な事を、こんな状況にならないと気が付かないなんてな。
どんなに切羽詰まった時でも、俺の意識の片隅に天野は居た。
どんなに苦しい時でも、天野にだけは笑っていてほしいと願っていた。
俺がここまで天野を気にするのは何故か…アホゥにもわかる。

「英知、悪いが起きてくれ」
「うっ…んん…」
悪いとは思ったが、英知を起こす。
これは何としても言わなきゃいけない…例え英知に殺される事になっても。
「兄上…?」
「悪いが、俺には英知の想いには答えられない…」
「兄上!?」
こんな事になってから言うのは卑怯なんだろうな…
だけど…ここまできたら避けられない。
「俺は天野が…好きだから」
 ガバァッ
英知が飛び起きる。
「今…何とおっしゃいましたか?」
英知の声は震えている。
だが…ここで折れる訳にはいかない。
「俺は、天野が好きだ」
「………」
「………」
…重苦しい沈黙が辺りを支配する。
英知の体は…震えていた。
「また…天野友美ですか…」
「英知?」
妙だ、英知の様子がおかしい。
「天野友美さえ…居なければ…」
「おい、英知!?」
「ふふふ…そうですよ…そうですとも…」
「どうしたんだ!?おいっ!」
「殺してやる…」
「えっ…?」
 ダッ…
「英知!?」
英知が走り出す。
俺は慌てて英知を止め…
 ガシャッ…
…手錠によって阻まれた。

 ガチャンッ
ドアが閉まった音がした。
まさか英知の奴…天野を殺す気か!?
拙い、非常に拙い…
天野は一般人だ、英知ならその気になれば易々と殺せるだろう。
だが止めようにも俺には手錠が繋がっているのだ。
なんとか脱出するしかない…
俺は渾身の力を込めて手錠を引っ張る…
…が、その程度で壊れる訳が無かった。
ならベットの方を破壊するしかない。
俺は後転の要領で両足をベットに叩きつける…
 ガァンッ…
「秘技…逆半月蹴り」
…意外と頑丈だな、このベット。
何度か試すが…手錠もベットも破壊は不可能だった。
拙いな…完全に手詰まりだ。
俺にはこれ以外に脱出の方法は思い浮かばない。
手錠を破壊するか。
ベットを破壊するか。
…を破壊するか。
思いついた…たった一つだけ脱出の方法が…
正直あんまり使いたくは無かったが、他の方法を考えてる時間は無い…
それに天野の命には代えられない…
「即席秘技…手錠殺し」


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