夢と魔法の王国 第1話
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* * * <プロローグ> * * *

ワタシとアイツの仲は最悪だった。
双子はみんな仲が良いなんて、誰が言ったのか。
二卵性だから似てないんだと言っているのに、誰もが「そっくりだ」と笑う。
いったいどこが似ているんだろう。
アイツは何も考えていない体力バカで、ワタシは温和で器量よしの才女だ。
…いや、自信過剰じゃないぞ。
ともかく、成績も容姿も性格も運動神経も、なにからなにまで違う。
あんなヤツと一緒にされると吐き気がするんだが……。

双子には不思議なシンパシーがあるという。
一方が怪我すると、もう一方も同じ箇所を怪我するとか…。
もし本当だったら、いくらでも自分で自分を傷付けてやるんだけどな。
それでアイツが苦しむんなら、どんなに痛くったって本望だ。
まあ、既に試したことがあるから、「そんなもの信じてない」って胸張って言えるんだけどもさ。

でも。
今日、双子のシンパシーってやつを少し信じる気になって、同時に呪いたくなった。
つまるところ、非常に遺憾ながら、アイツがワタシと同じ人を好きになったってわけなんだが……。

* * * <1> * * *

本当に久しぶりに、拓がウチにやってきた。
あのバカがいない日をわざわざ選んだのだから、
今日はゆっくりゆったり、二人きりの時間を楽しむつもりだった。
「うーん、この屏風もなんか懐かしいなぁ」
玄関口を見て、溜息を漏らす拓。
純和風な佇まいのそこには、子供の頃から変わらず金色の唐屏風が置いてある。
「そう言われれば、拓がウチに来なくなって、もう十年くらいになるか。
 ……まあ、ワタシは学校で会ってるから、それほど実感が湧かないんだが」
とはいえ、やはり十年の隔たりは大きいだろう。
昔は拓の家とも家族ぐるみの付き合いをしていたのだが、
いまとなってはお父様もお母様も、拓のことを忘れているかもしれない。
……あのバカは確実に忘れてるだろうな。バカだから、アイツは。
ワタシは笑いを噛み殺しながら、拓を招き入れる。
「"彼女"の家に上がるのって、なんか緊張するね……と、おじゃましまーす」
「うむ、お邪魔しろ。いま、お茶でも持ってくる」
「先にミィちゃんの部屋に行っても……」
「かまわないよ。ああ、場所は昔から変わってないから」
「わかったよ」
板敷きの階段を軽快に上っていく足音を聞きながら、台所に向かう。
我が家はかなり広い建物で、その二階部分が全面的に子供部屋となっているのだ。
一方、階下には寝室がいくつかと居間、それにお風呂や台所などが備わっている。
その台所も、やはりそれなりに広い。
よその家の台所をあまり見たことがないからわからないが、たぶん一般家庭のものより遥かに広いのだろう。
正月ともなると、十数人のコックが走りまわる現場になるからな……。
その広い台所で、ワタシは宝探しのようにあちこち茶葉を探して回る。
紅茶を出そうと思っていた。
たしか良いモノがあったはずなのだ。
ワタシは紅茶にはそれほど造詣が深くないのだが、
先日、お母様が入れてくださった紅茶はとても美味しいと感じた。
あのバカが珍しくお代わりを要求したくらいなのだ、その味と香りは推して知るべし、だろう。
拓がそれを飲んで笑ってくれるだろうことを想って、ワタシはしのび笑う。
この気分のままで今日一日を過ごせたら嬉しい。
そして、その望みどおり拓の隣で笑って過ごせるのだと、ワタシは信じて疑わなかった。

まあ、そのときまでは、な。

* * * <2> * * *

なんとか紅茶を見つけて、なんとか紅茶を入れて、ワタシはゆっくりと階段を上っている。
盆の上に乗っかったティーカップは、ゆらゆらと揺れて危なかっしい。
このまま行くか、それとも拓の助けを呼ぼうか迷い、
――思考は、明るい笑い声に遮られた。
「?」
それはワタシの部屋の中から聞こえてきていた。
楽しげな拓の声と、可愛い子ぶった気色の悪い声。
まさか。
紅茶がこぼれるのも気にせずに、わたしは階段を駆け上がる。
盆を持ったまま、ワタシは無理な体勢で扉を開け放ち、
「あれ、お姉ちゃん? どうしたの?」
くりくりした目がこちらに向く。
制服のプリーツスカートを花のように広げて、そこには美樹が座っていた。
「……なんでオマエがいる、美樹」
「なんでって、ここがわたしの家だからじゃない?」
にっこりと笑うヤツの顔には、まるで邪気がないように見える。
でもワタシにはわかる。
こいつの腹の中は黒くて薄汚いものでいっぱいなのだ。
他人は騙しおおせても、他ならぬワタシを騙すことはできない。
……これも双子のシンパシー?
一方で、「美樹ちゃん、大きくなったよなぁ」なんて、拓は笑っている。
なに言ってるんだ、この男は、まったく。
「美樹、ちょっと来い。ああ、拓、すまないが美樹に話があるんだ。ちょっと待っててくれ」
「ああ、ミィちゃん。待って」
意外にも、拓に呼び止められる。
「なんだ?」
「……あのさ、言いにくいんだけど、ちょっと用事が出来ちゃったんだ」
いまだ立ったままのワタシに、携帯を掲げてみせて、
「母さんが倒れちゃったみたいでさ」
「え? ……あ、ああ。そうか」
拓の母親はとても体が弱い。
ワタシが幼い頃からずっとそうで、いつ亡くなるかわからないとも聞いていた。
そして、彼女は今でも病院のベッドの上にいる。
……しかし。しかしだ。
なにもこんなときに……。
「それを伝えたくてミィちゃんを待ってたんだ。ごめんね」
拓はそう言って、立ち上がる。
「あ、――」
紅茶を、と言おうとして、慌てて口をつぐむ。
彼の母親が危険だってときに、「お茶でもいかが?」なんて言う気か、ワタシは?
「ん? どうかした?」
「いや、えーと、お母様によろしく伝えてくれ」
「うん、わかった。本当にごめんね。また一緒に遊ぼう。美樹ちゃんもね」
すこし寂しそうに微笑んで、拓は部屋から出て行った。
取り残されて、ワタシはその場で仁王立ちしたままだった。
手にはお盆が残っている。
紅茶から湯気が立っている。
ああ、どうしてこうなるんだろう。
「振られちゃったね、お姉ちゃん!」
呆然としているワタシを見て、美樹が笑っていた。

* * * <エピローグ> * * *

「で、オマエはなんでここにいるんだ?」
「えぇーそんな怖い顔しないでよぉーお姉ちゃーん」
「その気色悪い口調をやめろ! 今日は用事があるから出かけるんじゃなかったのか?」
「だからぁ、……くくっ、だからさぁ、おまえの邪魔をするのも用事だろ?」
「き、気付いてたのか……」
「だっておまえ、昨日からずっとそわそわしてんだもん。モロバレ」
「開き直るな、バカ!」
「まあ、わたしが邪魔するまでもなく、相手にされなかったみたいだけどな」
「っ、それはっ! だからっ!」
「久しぶりに会ったけど、拓ちゃんかっこよくなってたよねぇ。わたしがいただいちゃおうかな?」
「人の話を聞け! っつか、渡すわけないだろ!?」
「てめーの彼氏じゃないだろ。わたしが好きになったんだから、どうしようがわたしの勝手じゃん」
「ワタシの彼氏だよ。知らなかったのか、うすらバカが」
「……マジで? うわ、ショック。こんな犬の糞のどこがいいんだろう? 拓ちゃんは」
「どこぞの牛の糞よりはマシだと思ったんだろうさ」
「……ともあれ、アタックするのは個人の自由だよね!
 ふふっ、それにしても、美衣の彼氏が拓ちゃんとは……運命感じちゃうね。
 双子で同じ人を好きになるなんて、これが双子のシンパシーってやつなのかな?」
「……拓にバラすぞ、"アレ"を。それが嫌なら自分の部屋に篭って壁に向かって喋ってろ」
「……ったく、卑怯だね、おまえは」
「卑怯で結構。ともかく、拓に手を出すんじゃない」
「ちっ、そうやって恋する乙女の邪魔をしてると、いつか馬に蹴られるぞ……」
「誰が乙女だ! オマエは"男"だろうがっ!!」


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