合鍵 第18回
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朝。
元也は穏やかに寝息を立てている。
いつもの藍子が起こす時間まで、あと三十分ある。
うーん、と寝返りを打つ元也。

そんな元也の様子を、ベットの横に立ち、見ている人がいる。
藍子だ。
すでに、そこに来て、二時間は経っている。
さらに、数分過ぎる。

突然、電話の子機が鳴った。
驚いて、藍子はディスプレイを見た。
そこに表示されていた人名を見て、藍子の顔が豹変する。
『サキ先輩』と、そこに表示されていた。

元也の家の電話に、あの女の名前がインプットされている。
その事に、言いようの無い程の憎悪が胸に湧き上がる。

電話が三回鳴ったところで、電話を切った。
こんな朝から電話をかけてくるなんて、モーニングコールのつもりか。
あの女、私の役目を奪うつもりか。
しんでください。

サキが電話を三回鳴らしたとこで、出る事も無く、電話を切られた。
藍子ちゃんか。
元也君から聞いた、藍子ちゃんが起こしに来る時間の十分前にモーニングコール
したのだが、起こす時間の前から、元也君の部屋にいるのか、あの娘。
元也君の寝顔を見ながら、何してるのかしら?
あんな、子供みたいな顔しといて、いやらしいこと。
そこから、消えたら?

もう一度、サキは元也の家に電話をかけた。
今度は、ちゃんと、出た。ただし、元也ではなく、藍子だった。

藍子『何か、御用ですか?』
サキ『アラ?誰、あなた?私、元也君のおうちに電話したんだけど?』
藍子『間違ってませんよ。ただ、もとくんはまだ起きる時間じゃないので、
   起こしちゃうと、かわいそうだと思って、私が出ただけです』
サキ『そう、でも、人のおうちの電話に勝手に出るの、かなり失礼じゃあない?』
藍子『いいえ。当然、他の誰かがこんなことすれば、ダメかも知れないけど、私なら良いんです』
サキ『あら、羨ましい話だこと。でも、もう元也君、起きる時間でしょう?変わって頂戴』
藍子『嫌です。まだ、寝てます』
サキ『じゃあ、丁度良いわ。私の声で起こしてあげたいわ。受話器、元也君の耳に当てて頂戴』
藍子『いま、丁度起きました。切りますね』
サキ『じゃあ、かわって。おはようを言いたいわ』
藍子『そんな暇、ありません。切りますね』
サキ『おはようを言う位よ』
藍子『切ります』
ガチャリ。

いい根性してるわ、藍子ちゃん。
朝から最悪な気分になった。
やっぱり、あんな娘に遠慮する事、無いわね。

ベットサイドにおいてある、写真立てを見る。元也とサキ、二人で写っているものだ。
今日、勇気を出して、元也君に告げよう。
それで、彼が応えてくれたら、このベットで。
そう思うと、体が火照る。このままでは学校にも行けない。
体をしずめる為、と、自分で触ろうとした。
だが、止めた。このまま、昂ぶらせたままの方が、勢いに乗っていける気がした。
今日は、このまま、夜までいよう。それまで、我慢。
この火照り、元也君に触って貰って、おさめてもらおう。
その決意で、更に体が熱く疼いた。

ほんとなら、もっとゆっくり、二人の距離を縮めたかった。
だが、藍子ちゃんがいるから、早急に、ことを進めなければ。
元也君。お願い。私の想い、うけとめて。

なんて遠慮知らずな人なの、サキさん。
朝から最悪な気分になった。
やっぱり、あんな人、この世にいらない。

藍子が握り締めている子機が、ミシミシと音を立てる。
元也をみる。寝ている。起こさなくてはならない。

だが、起こせば、起こして、学校に行けば、また、あの女がいる。
嫌だ。あの女に、元也を見せたくなかった。元也に、あの女を見せたくなかった。

いっそ、このまま起きないもとくんを、永遠に、二人だけの世界で、眺められたら、どんなにか素敵だろう。
そんな世界を夢想し、陶然とする。

寝ている元也を見る。起きる気配は無い。
元也の唇を指で撫でた。何か、食べるものと勘違いしたのか、元也は藍子の指を舐めた。
指先から、くすぐったい快感が、体中に走る。
慌てて、指を離す。指先で元也の唾液が光っていた。
恐る恐る、その指を舐める。今度は、自分の唾液がつく。
その指を、再び元也の口元に持っていく。また、指先を舐める元也。
それを見ると、藍子は、いつかの様に、下半身がはしたなく熱くなる。

このまま、二人きりでいたい。
だが、起こさなくては。私の我がままで、もとくんに迷惑をかける訳にはいかない。
藍子「…起きて、もとくん。…朝、だよ……」


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