恋と盲目 第2回
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「………………」
「………………」
救急車に乗って、病院へとやってきた。
呼んだのはお母さん。
幸いな事に私の泣き叫ぶ声を聞いて駆けつけてくれた。
救急車に詰め込まれるまで、誰も何も喋る事はなかった。
病院に着くまで、誰も何も喋る事はなかった。
手術室に運び込まれるまで、誰も何も喋る事はなかった。
赤い手術中のランプが消えるまで、誰も何も喋る事はなかった。
真夜中になるまで、誰も何も喋る事はなかった。
東の空が明るくなるまで、誰も何も喋る事はなかった。
意識が戻るまで、誰も何も喋る事はなかった。
意識が戻ったら、私は大声で泣き叫び始めた。
何度も何度も謝り続けた。
そして男の子が最初に言葉を発したら、今度こそ誰も何も喋る事ができなくなった。

「検査では何の異常も発見できませんでした」
また……あの時の夢か。
妙に冷たい眼で白衣の女を見つめる私を、私は妙に冷めた眼で見つめていた。
オチのわかっているギャグマンガ、トリックを知っている推理小説。
そんな程度では説明がつかない、とにかくそう……冷めた眼だ。
「しかし宮間京司(みまや きょうじ)さんは……」
この先の台詞なら一字一句たりとも忘れた事はないし、忘れるつもりもない。
忘れてはいけないとは思うけど、思い出したくもない。
もう何百回と見続けてきた光景だけど、もう二度と見たくない。
「……失明してしまっています」
私……どちらの私なのかはわからないけれど……私の眼に涙が溜まっていたような気がした。
「治る見込みは……無いんですか?」
お母さんの顔は真っ青になっていた。
断じてこの薄暗い照明のせいじゃない。
異母兄弟とは言え、自分の弟が一生光を感じずに生きねばならない事。
自分のたった一人の娘が一生その罪を感じながら生きねばならない事。
お母さんはその事について予知に近い確信をもっていた。
「正直に言いまして……とても難しいです。二度精密検査をしましたが、
どこにも異常は見当たりませんでした。
精神的なものなのか、それとも検査に引っかからない程に小さな傷が付いているのか……
原因がわからなければ対処のしようがありません」
女医がそう答えた。
ぶん殴ってやりたいと思う……完全な八つ当たりだ。
小学校低学年の私にも、15年経った今の私にもそれはわかっている。
この人は悪くない……悪いのは私だ。

 ジリリリリリリリ……
 ……ガチャッ
「タダイマ、6ガツ6ニチ6ジ00フン、デス」
間の抜けた電子音声が聞こえる。
止めたのは私じゃない、私のすぐ隣から長い腕が伸びていた。
「……緑、起きてるかい?」
吐き気がする……今日も最悪の目覚めだ。
二日連続で嫌な夢を見た、でもそれは珍しい事じゃない。
あの時の夢はいつもいつも何日か連続して見る事が多い。
一度でも見てしまうと、それから何日かは最悪の目覚めをし続ける事になる。
のそ……とした動きで布団が動く。
きっと私を起こさないように気を使ってるんだと思う。
そんなちょっとした気遣いが素直に嬉しい。
手を伸ばす……掴まえた。
「……おはよう、緑」
「……おはよう、京司」
そのそこまでも暖かい微笑を見て、吐き気が収まった。
「起きているのなら返事をしなさい」
「悪かったわ、ちょっと頭が痛かったの」
嘘は言ってない、吐き気は収まったけど頭痛は収まってくれそうもなかった。
「体調が悪いのかい?」
京司が心配そうに眉をしかめる。
本当にやさしい……けど、京司に心配をかける訳にはいかない。
「大丈夫、いつもの事よ」
そう良いながら無理矢理笑顔を作る。
どうせ京司には見えないが、それでも雰囲気は伝わるらしい。
「なら良いけど……今日はどこかの雑誌の記者さんが取材しに来るらしいけど、
無理そうなら断っておくよ」
「大丈夫よ。今ご飯を作るわ」
ふらつく足を畳につけ、立ち上がる。
立ちくらみがした……気力で抑える。
今日は大事な日、この位で休んではいられない。
そして6月6日7時6分。
言い換えれば……6月6日6時66分。
 ……ピーンポ−ン
呼び鈴が鳴った。


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