ByeBye、Dear Woman 第1回
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「えと……本日よりこちらの所轄に配属されることになった、相原荘介です。」
「ふーん……22歳で警部補か……っつーこたぁキャリアさんか。」
「はい。」
警察大学校に入り、三か月。今日からこの南署で警官見習いとして配属されることになった。
そして今目の前にいるのが………
「ま、知ってるとは思うが、俺がここの署長やってる麻生健司だ。階級は警視正。
この年でこの階級だからな……いわゆるノンキャリ。叩き上げってやつだ。」
ガハハと大笑いしたかと思うと、その太い腕の袖をまくり、再び書類に目を通す。
俺のプロフィールが書いてあるものだろう。
「いいよなぁ、キャリアってのはよぉ。ここまで来たらなんの苦労なしに
ぽんぽん昇任しちまうんだから。」
その言い方に少しむっとする。苦労なしとはいうが、ここに至るまでは並々ならぬ苦労をしたんだ。
叩き上げだからってひがむのは止めてほしい。
「署長、そんないいかたは失礼ですよ。新人君を苛めたら……」
二人の間を割るように、女性がお茶を置く。
「おっ、緑ちゃん。ありがとさん。緑ちゃんの淹れるお茶はうまいんだよなぁ。」

そう言って熱そうなお茶を啜る。緑ちゃんと呼ばれたその女性は、
隣りで困ったような怒ったような顔をしている。
「署長……もう私、ちゃん付けで呼ばれるような年じゃ……」
「女の子はみんなちゃん付けでいいんだよ。ああ、まだ紹介してなかったな。この坊主が……」
「相原、荘介です。」
「……相原君が、今日から警官見習いとして配属された。」
「まぁ。前から聞いてはいたけど……あなたが…ふふ、よろしくね。」
「あ、は、はい。よろしく……」
握手を促され、素直に手を握る。その笑顔はとても整っており、綺麗な大人の女性だ。
恐らく学生の頃はもてたのだろう。
「えー……この娘が須藤緑ちゃん。お前と同じキャリア組だ。
一応ここの副所長ってことになってる。年は……」
「コホン!」
「まぁ、わかるだろ?」
勘弁してくれといった感じに片目をつむり、頭を下げる。キャリアで副所長ってことは警視。
年は……25、6辺りか……口に出しては言えないけど。
「あとの面子の紹介はと……緑ちゃん、頼む、」
「ふぅ、わかりました。じゃあ、相原君。こっちに。」
溜め息を付き、別のデスクへ案内される。当の署長はなにやら慌ててイヤホンをつけ、
何かを聞き始めた。
「あ、なにか事件でも?」
「え?…ああ、今日は日曜日でしょ?この時間帯なら、競馬じゃないかしら?」
「は?け、競馬?だって仕事は……」
「うーん、そういうことはみんなを紹介しながら追々説明するわ。」
「はあ……」
いったいどんな署長なんだ。いきなり競馬のラジオを聞き始めるなんて。
しかも緑さんも当たり前のように聞き流してるし。
「えーとぉ……」
互いにイスに座ると、部屋を見回し始める。
「あそこでパソコンに向かってる人、わかる?」
「ええ……ちょっと丸い感じの……」
「ふふふ…そう。彼が青沼仁巡査部長。ウチの知能犯係の主任。あだ名は熊ちゃん。見たままね。」
太ってるから熊。……熊に失礼な気が……
「それでぇ……あら、いないわね。その隣り、雑誌が積もってるデスクがあるでしょ?
あそこが強行犯係の、宇田洋巡査。」
「今は捜査に?」
「いえ、きっとパチンコか、バイクショップじゃないかしら?彼、相当のバイク好きだから。」

……いったい俺はどんな所轄に来てしまったのだろう。競馬にパチンコ。
まともに仕事している奴なんて一人もいないじゃないか。
いや、青沼巡査部長はちゃんと……
「おおい、青沼ぁ!まぁたエロサイト繋げて動画落としやがって……お前も好きだなぁ。」
「い、いいじゃないですか……ぼ、ぼ、僕の勝手で……」
ちゃんとしてなかった。
「いま熊ちゃんに声を掛けたのが森谷孝弘警部。暴力犯係の課長よ。」
「よろしくなぁ!新人!」
聞こえていたのか、そのガタイにあった大きな声を上げる。
なんとなく暴力犯になった理由がわかる。
「おい!静かにしねぇかモリ!!いいところなんだよ!」
「なぁにいってんですか署長!どうせ今日も外れでしょうが。」
……仲が良いのか悪いのか。「そ、れ、で。今度は君の番ね……えーと……」
そう言うと緑さんはパソコンをいじり始める。しばらくすると、画面には俺の顔が映り、
下にはずらずらと文章が書いてあった。
その文章……俺のプロフィール以外にも、なにやらたくさん書かれており、
緑さんが最初から読み始める。

 

「相原荘介君。22歳。……Kが丘小学校に入学。10歳にして三回も万引きで補導される……」
「え、え?」
「卒業後、I中学校に入学。万引きはしなくなったが、入学と同時に髪の毛が真っ茶色に。
咎められても一度も直さない。更に喧嘩に強く、たった数か月で周辺の学校を押さえる番長に……」
な、なんでそんなことまで……!
「高校は進学校のT高校へ。……問題児ではあったものの、成績優秀なため教師も注意せず、
素行や身だしなみの悪さは輪を掛けて酷くなる。……ふふ、ずいぶん頭の良い
悪ガキ君だったみたいね。」
「卒業後、K大学法学部に入学。それからはだいぶ落ち着き、なんの問題も無く首席で卒業。
警察大学校に入り、南署へ見習いとして配属………」
「あ、の……」
「ん?なぁに?」
「どうしてそんなこてまで……」
「あら?……なんで南署に来たのか、聞いてないの?」
「ええ……」
ただの研修のためじゃないのか?
「ウチはね、過去に問題を起こした事のある、有能な警官の来る署なの。
……あなたの履歴を見る限り、立派な問題児ねぇ。」
「うっ。」
「有能だから手放したくない。だけどそんな問題児を面に出したくない。
……本庁の考えはそんなとこね。」
「じゃあ、ここにいる皆さんも……」
「そう。署長は統率力があるけど過去に暴力沙汰をおこしてるし、熊ちゃんは……
さっき聞いたとおりね。頭の回転は凄いのだけど。
宇田君は元暴走族。運転技術はピカイチだから逃げられる犯人はいないわ。
森谷さんは度胸と腕っ節があるけど、キチガイなほどのガンマニア。
銃を撃ちたいから警官になったようなものね。」
「……ていうことは、キャリアの緑さんがここにいるって事は……」
「そ、考えてるとおり。」
「いったいどんな問題を…」
「高校の時に援助交際。」
「ブッ」
思わず吹いてしまった。
「ああ、あのオジサンを相手に……」
「いやねえ。私、オジサンとそんなことしないわよ。」
「え?じゃあ誰と?」
「中学生。だって私年下趣味だし……いわゆる世間でのショタコンってやつかな?
だってかわいい子って大好きだから。ふふふ……相原君なんて、ストライクゾーンよ?」
俺の人生……終わったかもしれないな……


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