RedPepper 第7回
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家を出る前に、もう一度だけ顔を鏡に映す。

自慢の長い髪は、丁寧に梳かして滑らか艶やか。
お化粧は薄く柔らかく、清楚な感じを心がけた。
制服は清潔、胸元のリボンのズレに気づいて整える。

よし、完璧。

そわそわして、靴を履くのがもどかしい。会いたい。早く、ミツ君に。
もやもやを晴らすように扉を開けて、私は玄関から駆け出した。

 

駅前に着くと、いつものようにミツ君を待つ。時計ばかりに目が移る。
落ち着いて。ミツ君の来る時間は分かってる。もう一分も経たないうちに現れる………ほら。
「蔓さん、…おはよう。」
「おはよう、ミツ君。」

いつも通りの挨拶。でも、ミツ君の声には戸惑いが混じってる。
本当なら、そんなもの欠片も無いはずなのに。

…あの女のせいだわ

あの女が告白なんかするから
あの女がミツ君の心を掻き乱したから
あの女が私とミツ君の仲を引き裂こうとしたから

私が先にミツ君に出会ったのに。私が先にミツ君に恋をしたのに。私が先にミツ君を愛したのに!

「…蔓さん?」
っ、いけない!
このままじゃ、この気持ちをミツ君に気取られてしまう、それだけはダメ!
ここは攻めに転じて誤魔化さないと!
「…なんだか、ミツ君元気無いみたい」
「!えっ、そ、そんなこと、無いよ」
「ミツ君が元気ないと、なんだか私まで元気がなくなっちゃう…」
「大丈夫だよ、ほら。いつも通りだよ」
「…いつもの、通りなの…?」
「ぅ…いや…」
…ほっ、何とか誤魔化せたみたい。
でも…ふふ、ミツ君たらすっかり慌てちゃって。

 

…そう、それでいいの。ミツ君、私のことだけを考えて。

ぎゅうぎゅう詰めの電車の中なのに、今日はとても快適な空間に思える。
いつもは圧迫されて窮屈なだけなのに、たった二人で寄り添っているみたいな感じ。
私と接触する度に、頬を赤らめて必死に視線を外すミツ君が可愛くて可愛くて仕方無い。
…そう、私たちが初めて出会ったときみたいに。

改札口を出て、やっと人ごみから抜け出せた。
でも、ミツ君と離れてしまうのは残念。

…少しだけ大胆になってもいいよね。

すぐ横に、ミツ君の右手がある。男の子なのに、白くて、可愛い手。
そっと、自然に、手と手を絡め
「おはようございます、吉備さん。」
!!!ッ

 

「ぁっ…おはよう、佐藤さん…。」
ハッとして、ミツ君の視線の先を見る…あいつ…アノ女!

ナゼオマエガココニイル!

「…どうしたの、…わざわざ駅前に…」
「ええ、吉備さんの顔を早く見たいと思いまして。」
何をいけしゃあしゃあと!ミツ君を誑かしに来たんでしょ!この泥棒猫!

「ぇっ?…だって、いつも、朝練で顔をあわせるのに…」
「それはそうですけれど…でも、もっと一緒に居たくて…。」
何恥ずかしそうにしてるのよ!計算ずくのくせに!この腹黒女!

「それとも…迷惑でした…?」
「…そうじゃなくて…ちょっと、びっくりしただけ、かな…。」
迷惑よ迷惑に決まってるじゃないそんな顔したってミツ君は
あなたの事をお見通しさっさと消えてほしいと思っ

ミツ君 なんで迷惑だって言ってあげないの
ミツ君 なんで私とミツ君の時間を邪魔されて怒らないの
ミツ君 なんでその女の存在を受け入れるの
ミツ君 なんで なんで ミツ君 なんで なんで なんでナンデなんでナンデナノ!

ミ ツ ク ン ! ! ! !

 

「あら…どうされたんですか?お具合が悪そうですけれど」

クッ…!コノ女!!

慌てて顔を俯き加減にそむけた。
だめよダメダメこんな顔見られたらミツ君に嫌われちゃうそれだけは!
「なんでもない…なんでもないの、ミツ君。」
…なんとか顔は落ちつかせた。多少ぎこちないかもしれないけど。
「…本当に大丈夫?具合悪かったりしない?」
「大丈夫。本当になんでもないから…」
ミツ君に笑顔を向けると、その横からあの女の顔が見えた。
…笑ってる、こっちを見て、私を嘲ってる!

ヤッパリワザトカコノオンナ!

耐えるの!耐えるのよ蔓!!ここで耐えなきゃアイツの思う壺じゃない!!!
笑顔を必死に貼りつけて、何とか声を絞り出す。
「…ほら…早く行かないと…朝練に間に合わなくなっちゃうよ…」

 

それからは平常心を保つのに必死で、ミツ君とはほとんど話せなくて返事するのが精一杯。
挙句の果てに、ミツ君とあの女が一緒に朝連に出かけるのを見送る羽目になった。
許せない。あの女、私とミツ君を引き離しにかかってる。

…掌がズキズキする。爪が食い込んで、血が出ていた………あはは。


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