分裂少女 承
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「承」

私が生まれて60日が経とうとしていた。
正確には60回寝たので、60日ぐらいは経っただろう。
「生まれた」というのも表現がおかしいが、それ以前の記憶が無いのだからまあ妥当だろう。

はっきりいってこの60日間は退屈な日々だった。
何の変化も無く、精々一日三回の食事やたまにくる看護師の定期検診ぐらいだろう。
それでも無いよりはましだが……

生まれて10日ぐらいまでは体が思うように動かず、痛みに顔を歪ませていたが、
20日目ぐらいから痛みは無くなっていき、今は歩けるぐらいには回復した。

そのかわり考える時間は腐るほどあったので、あれから色々考えたが……

「なーーーんにも思い出せないや。」

そう、結局昔のことを思い出そうとしてもここで目覚めた所までは思い出せるが、
れ以前となると真っ白だった。そうなると……

「やはり、ここから脱出するしかないか」

ドアには当然鍵が掛かってて、食事はドアの下から出てくるので全くスキがなかった。
チャンスがあるとすれば

「あの定期検診の時にあの無愛想な看護師をぶっとばして……」

そういえばあの看護師、私がいくら聞いても何も答えてはくれなかったわね。
まあ看護師には悪いけど、恨まないでね。

しかし不安もあった。記憶のことは当然だが、このドアを出てた先はどうなってるんだろう。
もしかしたらこの建物から出るまでに何枚ものドアを突破しなければいけないかもしれないし、
途中で警備の人に見つかったらまたここに逆戻りになるだろう。
でも何もしないよりは当たって砕けろだ。覚悟を決めた

「よし!次看護師が着たら死なない程度にボコボコにして、あのドアから脱出だ!」



チャンスは意外に早く来た。
覚悟を決めてから二回寝たら看護師がやって来た。ただしいつもとちょっと違った。
いつもの薬などの他にちょっと大きいリュックサックを持ってきたのだ。
「女」はなぜかぶっ飛ばすことを忘れて看護師の挙動を見ていた。いつもと同じように薬を渡され、
それを飲む所まではおなじだ。だが、その先は違っていた。
突然看護師が、持ってきたリュックサックを「女」に投げつけてきた。そして

「……開けろ」

初めて聞いた看護師の言葉だったが、その驚きよりリュックサックの方に興味がいっていた。
そのリュックサックを触った瞬間、「女」の頭に鮮明な映像が浮かんできた。

「これ……私のだ」

この肌さわり、この匂い……間違い無い!私のだ!
逸る気持ちを押さえて、ゆっくりとリュックサックを開けた。中には

「……服?」

可愛い絵柄がプリントされたTシャツにジーパンが入っていた。ただ、所々破れている上に
何か染みが夥しく付いていた。「女」その染みが何なのかすぐ分かった。……血だった。
何かが思い出せそうなそんな気がして考えていたら

「それを持って逃げろ。チャンスは今日だけだ。」
「え?」

何この看護師、今までどんなに話し掛けても口を開かなかったくせに「逃げろ」だあ?
何たくらんでんのよ。でもチャンスでもあるのよね。
……罠、というのも可能性はあるけど……ええい!ままよ!!

「あと10分後、この建物は停電になる。その間セキュリティーは解除になるから
ドアも普通に開く。……もう会うこともないだろう。」

それだけ言って看護師はドアから出ていった。
とりあえず、あと10分後が脱出のチャンスということだ。

「罠だろうが何だろうが、やるっきゃないか…」

「女」はリュックサックに入っていた服を着てみた。サイズはピッタリだが、よく考えてみると
服は血糊が付いてて、腕と顔の右半分は包帯で巻かれてるこの姿はおそらく目立つだろう。

「でもスッポンポンよりましか」

暫くジーパンを眺めていたら、突然足がガクガクと震え出してきた。顔からは汗が溢れ、
自分で自分を支えていないと分裂しそうな感覚に息も荒くなってきた。この服には何かがあった。
直感的にそう感じていた。だが

「逆に考えてみれば、この服は私の記憶を取り戻す手がかりでもあるわ!」

そう自分に言い聞かせていた時、フッと蛍光灯が消えた。「女」はドアを押してみた。すると

「……開いた」

何の抵抗も無くドアは静かに開いた。「女」はまるで
自分の頭の中のような真っ暗な廊下を無我夢中で走っていった。


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