―――朝―――
小鳥の囀り、新聞配達のバイクの音、学校の校庭での運動部の朝錬、
遠くの公園から聞こえるラジオ体操の音楽………
よく朝は静か、なんて言うけれど我が家の周りに限っていえばそうでもないだろう。
……いや、「周り」じゃなくて、「内」も喧しかったな。
まだ重い瞼を無理やり開けて時計を見た。
6時30分
「そろそろ始まるかも………」
すると一階の台所から女性の言い争う声が聞こえて来た。
「これで後30分は寝れるな。」
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「当番を勝手に変えないで!!今週は私が料理当番なんだから!!」
「や〜だ〜!!占いで言ってたもん!!「蠍座のあなたは料理をすれば異性運アップ!」って。
だから優那が料理する〜〜!!」
料理当番の三条千晴(さんじょうちはる)とそれを横取りしようとする氏本優那(うじもとゆうな)
が料理担当の証である「エプロン」を綱引きのように
引っ張り合っていた。
「は〜な〜せ〜!!」
「や〜だ〜!!」
渾身の力で引っ張りあうので、エプロンがいよいよ千切れるかという時
「お姉ちゃんたち!!何やってるの?喧嘩してる場合じゃないでしょう?
全く、朝から飽きもせず……」
部屋に入ってきた尼知友紀(あまちゆき)の一喝でエプロンの取り合いをしていた二人は
しゅんとなった。
「千晴お姉ちゃん、もう時間もそんなに無いし大至急朝食の用意をして。」
「わ、わかったわ。」
争奪戦に耐え抜いたエプロンを掴んで台所へ走っていった。
まだ諦めきれない優那は恨めしそうに千晴を睨んでいたが、友紀の眼光に気負い負けしていた。
「優那お姉ちゃん!」
「は、はい!!」
友紀はドスの効いた声で姉の我侭を嗜めた。
「ダメじゃない!!決められたルールを破っちゃ!!今週は千晴お姉ちゃんが料理当番で、
優那お姉ちゃんがお買い物と大智お兄ちゃんを起こす当番でしょ?
この当番制を破るつもり?」
「うう〜」
この家では留守にしがちな大智の両親に代わり、三人の「幼馴染」がこの家の生活を支えていた。
大智の家を向いて右隣が「クラスメイト」で「幼馴染」の三条千晴が住む家
左隣が「お姉ちゃん」で「幼馴染」の氏本優那が住む家
お向かいが「従妹」で「幼馴染」の尼知友紀が住む家
この三人、とにかく昔から大智を巡って死闘を繰り広げてきた。
おままごとをすればだれが奥さん役をするかでケンカになり
プールに行けば溺れたふりをして抱きつこうとしたら、嘘がばれてケンカになり
花火をしたら互いに打ち上げ花火をぶつけ合って、火傷し
クリスマスにはプレゼントに三人とも「私の初めてをア・ゲ・ル♪」と言って、
ケーキをぶつけ合う大喧嘩になったりもした。
しかし、大智の両親が留守にしがちになってきたことと、ある事件をきっかけにして
数年前に紳士協定を結んだのだった。
「いい?喧嘩ばかりしていた私たちが紳士協定を結んだ理由は知ってるでしょ?」
「う、うん。」
優那と友紀はその理由を思い出したのか、俯いてしまった。
「あの事件を教訓にして私たち三人は、たとえ表面上だけでも仲良くやってきたんだから。
ここで優那お姉ちゃんが協定を破ると言うのなら……」
友紀は掛けていた眼鏡を掛け直し
「大智お兄ちゃんの家を出入り禁止に……」
「やだやだやだ!!!それだけはやだー!!」
優那は友紀に掴みかかって泣き崩れた。泣きながら、ごめんなさいごめんなさいと
連呼しながら泣く姿はとても痛々しかった。
私たち三人にとって出入り禁止は「死」を意味しているからね……
友紀はビービー泣き叫ぶ優那を落ち着かせ
「分かってもらえればいいのよ。だからもう泣かないで。仮にも一番年上なんだから。
さ!そろそろ朝食も出来るから早く大智お兄ちゃんを起こしに行ってきて。」
「ぐすっ……すん……わかった……」
泣きはらした真っ赤な目と、鼻を啜りながら大智を起こすために二階へ上がっていった。
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くすん、なによ友紀ったら……。ちょっと頭が良いからって偉そうにしてさ!
あの時アメリカの……なんていったっけ……なんとか大学に留学すればよかったのよ!
それなのに「大智お兄ちゃんを置いてはいけません!!」なんていってさ!!
……優那はみんなのお姉ちゃんなんだからね!偉いんだぞ!!だけど千晴と友紀ったら
いっつも馬鹿にして……大智だけね。ちゃんとお姉ちゃん扱いしてくれるし、頼りにしてくれるし。
千晴と友紀!覚えてなさいよ!いつか必ず協定なんか破って、
二人を出し抜いて大智と結婚しちゃうんだから!!
今ここに狐と狸の騙し合いが始まろうとしていた。