うじひめっ! Vol.12A
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「俺が好きなのは遥香――お前なんだからさ」
 あれ? うっかり告白してしまったぞ?
「うそ……そんなの、どうせお得意の嘘に決まってる!」
 うんうん、ここで「実は嘘でしたー」ってバラした方が傷は浅くて済むぞ俺。
 しかし。遥香の語尾が震えているのを聞き取って――考えるよりも先に喋り出していた。
「嘘なんかじゃない! 俺、ずっと前から遥香のこと、好きだったんだ」
 ……そうだったっけ? 出任せに言ってるつもりなんだが、
 なんか口にしてるうちに自分でも本気に思えてきた。
「か、かずくん……」
 遥香の困り眉がふにゃっと歪んだ。
「あたしも! あたしもだ! あたしもかずくんのこと、ずーっと前から好きで、大好きで!」
 手を伸ばし、肘を握ってきた。
「中学の頃は女子トイレの個室に引きずり込んで休憩時間中に無理矢理犯してやりたいとか
 四六時中思ってたよっ!」
 喚き散らす彼女は、ぐっと俺の肘を掴んで離さない。やべえ。
 俺、踏んだらダメなものを踏みつつある……?
 けど、まーいーかなー、と頭の隅で思ってもいる。別に遥香のことは嫌いじゃないしな。
 既に筆下ろしも済んで、なんというか、童貞特有の強迫観念とか劣等感もなくなって
 リラックスできちゃったし。
「俺なんか、教室でみんなが見ている前でお前の黒スト破いてバックからハメたいとか
 妄想していたっ!」
「あたしも! 卒業式のとき、お父さんが邪魔しなければあのままみんなの前で
 かずくんをレイプしたかったよっ!」
 なにこの告白?
 こんなノリで口説き合っていいのか?
 もう一度人生の意味を問い直した方が良くないか?
 理性が疑問を投げかける中、俺たちはひしっと見詰め合い。
 徐々に顔を寄せ。
 ――最初はそっと。次第に荒々しくがっと。終いにはぐおおおおっと唇と唾と舌を輪舞させた。

 びっちゃらびっちゃら、頭上からけたたましい水音ともに霧状となった唾液がしぶいて
 生温かい雨に変わり、蛆の身となったフォイレに降り注ぐ。ディープキスに忙しい
 脳死級バカップルは、足元に横たわっている気絶中のアイヴァンホーと、
 屈辱に体をぷるぷると震わせる蛆姫のことをすっかり忘却している様子だった。
(よ、要するになんですか……私はこの変態どもがくっつくための
 当て馬にされたんですか……っ!?)
 仮にも一国の姫ともあろうものが、話の後半になって突然テコ入れの如く登場してきた
 ヒロイン(しかも取って付けたような幼馴染み)と主人公を結び合わせるための
 どーでもいい接着剤にされてしまったものだから、怒りは収まらない。
 人を呪い殺せる蛆魔法でもあれば迷わず使っているところだが、
 あいにくとそんな便利スキルはなかった。
(まあ……いいですの。一応ここには恩返しという名目で来たことですし、
 和彦さんと遥香さんを娶わせたことでそれは充分に果たされたとも言えます。
 王族としての義務は終了。後はこのまま帰るだけですわ……)
 「帰る」、と考えただけで。
 胸のあたりが(蛆のどこが胸に当たるかは不明だが)ズキリと痛んだ。
 涙が出そうになる。もちろん、蛆虫は泣かない。
 もし可能だったならば大声で泣き叫びたかっただけで。
 多少話が強引とはいえ――なんだかんだでフォイレにとって今回は初恋であり、
 初体験であり、失恋であった。
 降りかかってくる靴の裏の風圧で死を覚悟し、何もかも諦めかけたときに
 自分のことを守ってくれた手――
 蛆ゆえ見ることは叶わなかったが、あのてのひらから伝わってくる微かな熱はいまだ忘れえない。
 恋に落ちたのだ。愛に目覚めたのだ。心が盲目になったのだ。
 なのに――和彦さんは遥香さんを選ぶという。
 蛆虫がそんなにお嫌ですの……? 問いたかったが、ふたりはもはや聞き耳持たぬ様子。
 込み上げてくる感情を押し殺し、分と立場をわきまえてぐっと堪えるしかなかった。
 蛆界には王女としての責務が山積している。
 断腸の思いであろうと、速やかな帰投を決意するのが最善だ。
 転進――勇気ある撤退を選択する。
 が。もちろん、このまま踏み台扱いにされて黙って引き下がるほど、
 腹の白くないフォイレであった。
(私の純情を踏みにじってくれた代償……とくと支払ってもらいますのっ!)
 数十分後。
 上の方では少し前までベッドをギシギシ言わせて運動に励んでいた和彦が、
 今やぐったりして「もう、やめ……」
 と呻き、対する遥香が「誰がパンツ履いていいっつったよ、かずくん」と
 責め苛むようになっており。
 更に十数分して和彦の悲鳴が途絶え、ツヤツヤした遥香の嬌声もなくなり、
 ただ寝息が響くばかりとなった頃。

 物陰に潜んでいたフォイレが、もぞり――と動き出した。

 蛆虫たちは去って行った。
 あれからもう三日が経つ。

「和彦さんへ  恩返しは終わりましたので、もう帰ります。お世話になりました。
 あと、プレゼントがあります。
 どうか受け取ってくださいませ。私なりの、ささやかな愛情にございます。
 ――あなたの可愛い蛆虫  フォイレ」

 という、恐らくアイヴァンホーが代筆しただろう書き置きだけを残してふたり(二匹?)
 の姿はなくなっていた。
 しかし、「プレゼント」だの「愛情」だのは何だろう? はて?
 見渡しても机の上にはこの紙切れしかなかった。
 そんなことを疑問に感じたりしつつ、俺は遥香と肉欲の日々を送っていた。
 来たときに彼女が宣言した通り、ヤリまくりだった。俺は従妹のしなやかな体に溺れていた。
 今は事後。着衣状態で立ったままイチャイチャしている。
「もー、かずくんってば中出しばっかり。そろそろコンドーム買いに行こうぜい」
「そうだな。この歳で遥香を孕ませるのもアレだからなー」
 当たり前だが父親になる覚悟なんて毛頭なかった。
「フフー、でも既に手遅れだったりして。あたしのおなかの中にはもうかずくんの赤ちゃんが……」
 と、引き締まった腹部をさすりながらクスクス笑う。
「そういや最近すっぱいものを欲しがるようになったな」
「んー? そーねー、ちょっと前までダメだったのに、ここのところなんだかねー」
「おいおい、ひょっとして、ひょっとするのか?」
「アハハ、んなまっさかー……うッ!?」
 突如笑いを引っ込め、蒼白な顔になって口元を押さえた。
 一瞬さっきの続きで冗談かと思ったが、それにしては尋常じゃない表情だった。
「大丈夫か? つらいようなら無理せずに吐けよ」
 ゴミ箱を掴んで引き寄せ、背中をさすってやる。
「ち……ちがう……おなか……」
「おなか?」
 引き締まった腹部――さっきまでは。
 ほんの数秒、目を離している間に、そこは目を疑うほど膨張していた。
 まるで風船。
 ぼこぼこぉっ、と内側から無造作に叩くような音がして、下腹部の肉に凹凸が刻まれる。
「ああああああああああッッッ!!?」
 名状しがたい悲鳴を発し、ズボンとパンツを一気にずり下げて脱ぐ遥香。
 ひと際大きな排泄音が響く。脱糞? いや――違う。
 膣口を押し広げ、何か白い塊がずるりと遥香の体内からこぼれ落ちた。
 反射的にキャッチする。温かい。それは羊膜のような、柔らかい卵の殻のような、なんとも表現しにくいものを体に
こびりつかせた――赤ん坊だった。
 抜けるような白い肌と、輝く銀髪――フォイレとそっくりの顔立ち。しかし、鼻がなかった。
 ハーフマゴット。アイヴァンホーの口にした言葉が不意に甦ってくる。
 蝿は、卵を産みつける。ならば、その幼虫である蛆もまた……?
 プレゼント――愛情――
 俺は、フォイレの処女を奪ったときに膣内射精していたことを思い出した。
 もしかして!? 遥香も同じ答えに達したらしく、呻いた。
「い、いわゆるこれって――代理母って奴?」
 困り眉を、今ばかりは心底困ったように引きつらせていた。

 やがて、「友達と旅行にいく」が娘の捏造したアリバイであることに気づいた父親が、
 こめかみに青筋を立てながら俺の部屋のドアを乱暴に叩き開けて踏み込んできた。
「遥香! お前の友達は口を割ったぞ! まったく、こんなところに来ていたなんてな!
 さあ、帰……あ?」
「ああああああああああああああああッッッッッ!!!」
 彼女はちょうど、ふたり目(二匹目?)を出産している最中で。

 それはそれはもうすっげーことになりました。

 ギャフン


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