うじひめっ! Vol.6
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「御意」
 重々しい頷き。え? なにこれ。なんか、急にまずいことになってきた?
「では和彦殿……存分に果てられたし」
 正座から膝立ちの姿勢、膝立ちから四つんばいの姿勢に移行した仮面の女性がにじりよってくる。
 いわゆる「女豹のポーズ」に近い姿勢となり、悩殺されそうになる……仮面さえなかったらな。
 顔面を覆う青い仮面によってすべての色気は打ち砕かれていた。俺は迷わず逃げた。
 手と膝をついてよちよち這ってくるのだから速度は当然鈍い。追いつかれるはずはない。
 余裕で離脱。
(あっ、なんで逃げるんですの!?)
 部屋の奥で蛆が非難する。バカ野郎、非難したいのは俺の方だ。
「話の展開が早すぎるぞ! お前、有無を言わせず既成事実つくろうとしてないか!?」
(バレましたか)
 悪びれたふうでもなく、しれっと認める。
(半人のアイヴァンホーで慣れたら、私にも抵抗がなくなるかと思ったんですが……)
 ちょっとちょっと! なにげに考えることがあざといなぁ、あんた!
 さっき散々あれだけ「蛆虫の正当なる扱いについて」という題で一席ぶっていたくせに、
自分の配下は何の気兼ねもなく道具扱いかよ。王政だから基本的蛆権とかないのか、蛆界。
 使われる側としても本意ではないらしく、ぎしっと歯を噛み締める音が仮面越しに届いた。
「くっ……このようなところで我が純潔を……しかし……武士の命は主君に捧ぐもの、だ……!」
 咆哮と同時に、だんっと四つんばいのまま跳躍。獲物に飛びかかる獅子の如き挙動。
 不意を突かれて、そのまま押し倒された。ごっ、と衝撃が背に来て噎せる。
「げほ、ごほ……! ってか、えっ!? アイヴァンホーさん、名前の割にサムライなんですか!?」
 動転して違うところに驚いてしまった。
(蛆界は少数のサディストと無数のマゾヒストで構成されていますからー)
 む、無茶苦茶な世界だなぁ! 確かに蛆虫ってなんかMっぽいが!
「どうかお覚悟を……っ! わたしは既に肚を据えたから……っ!
 この身を健やかに産み育ててくれた
 母上と父上には『ごめんなさい、今度帰ったら孝行しますんで許してください』と
 今謝ったから……っ!」
「心の中で両親に謝る暇があったらまず俺に謝れよ!」
「すまぬ。……これでよいか?」
 とても淡白に流して俺のシャツをビリビリィと力任せに引き裂く。ああっ、そんな無体な!
「いやあ! やめてえ!」
「くくっ……お主もウブな生娘ではあるまいに。下も、口ほどには嫌がっておらぬと見えるがな」
 ヤケクソなのかなんなのか、怪しい笑いを漏らしながら俺の下腹部をさする。
 確かにちょっと勃ってた。
 そりゃ、仮面はともかくサラサラした銀髪のお姉さんに押し倒されて馬乗りになられたらキますよ。
 でも、このまましちゃってもいいかな、と思えるほどエロゲー脳に侵されてない。
 良治もカルピス啜りながらワクテカして見ていることだしな。いやお前少しは助けろよ。
「や、やめてくれませんかっ」
 マウントポジションを取られ絶体絶命ながら、腕を振り回してあがく。
 その指先が仮面の淵に引っ掛かり、すぱーんと跳ね除けてしまった。
「あっ……」

 妙に可愛らしい悲鳴を上げ、仮面を剥ぎ取られた婦女が両手で顔を覆う。
 指の隙間から、人化したフォイレに負けず劣らずの肌白な容貌が覗いた。
 ――聞いていた通り、鼻がない。突起のみならず、
 鼻孔そのものが存在していなくて顔の中央が平坦になっている。
 のっぺらぼうを目撃してしまったような、意識に引っ掛かる違和感はあった。
 知らずに見ていたらぎょっとしていたかもしれない。が、あらかじめ知った上で見ると。
 それほどの醜貌とは思えず、却って拍子抜けした。
 鼻の欠如を除けば、顔全体の輪郭も綺麗で、造作は整っている。引き締まった顎が凛々しい。
 形の良い耳や、横に細く切れた目も彼女のイメージに添う具合で、なるほど「美人さん」だ。
 何より、指と指の狭間に見えるその瞳が。
「鮮やかな水色……」
 ターコイズブルーって奴だ。暖色より寒色を好みとする俺には、惹き込まれる魅力を感じた。
 寒色――とはいえ、意外に冷たい印象がない。
 夏の海で、汚れや濁りがなく異常に透き通った場所にある淡い碧。
 空を映すのではなく海底の砂を覗かせる素朴さが、暑さに喘いでいるさなかにも関らず、
 心が浮き立ってしまって「あそこに飛び込んだら涼しさよりも温かみを得るのではないか」とワクワクさせる配色。
 それが、二つの眼球、虹彩の中に淵いっぱいまで湛えられている。
 見惚れて、ついつい不躾にとっくり覗き込んでしまった。
「――綺麗な目をしていますね」
 当たり前の感想。すると、アイヴァンホーさんは顔を覆ったまま目を泳がせて、
「……そうか?」
 と半信半疑の様子で訊ねる。
「もっと見せてくれませんか」
 要求すると、しばしためらう様子を見せたがやがておずおずと指を外して素顔を晒してくれた。
 ――ああ、これは本当に。
「綺麗、ですね」
 心からの賞賛がするりとこぼれ出た。
「仮面なんて――付けない方が絶対にいいと思います」
 すると彼女は困ったように目を逸らした。
「誉めてくれるのはありがたいが、なんというか、もう付け慣れているのでな」
 外すと裸になった心地がする、と呟き、俯いた。
 真っ赤にはならないが、頬のあたりにほんのり薄紅色がのぼっている。
 清楚なボブカットとシンプルな
 色合いのカーディガンが恥らう姿によく映えていた。
 この人、なにげに結構なお嬢様なんじゃないか――とふと思った。
「強姦される寸前に口説くとは、お前もなかなか器用なやっちゃなー」
(むうう……ちょっと! 私の侍従にコナかけないでくださいませ!)
 観客からの野次。って待てよフォイレ、自分で命令して襲わせといてナニぷんすかしてんだよ。
(もういいですの、やっぱやめですの。アイヴァンホー、和彦さんから離れなさい)
「……御意」
 銀髪のノーズレス令嬢が心なしか残念そうな表情を浮かべたのは錯覚だろうか?
 ともあれ俺から腰を上げようとして。
「やほー、かずくんひっさしっぶりー!」
 そこに何の伏線もなくやってきた従妹(二ヶ月遅生まれ)が、ずかずかと部屋に踏み込んできた!


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