うじひめっ! Vol.5
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「「な、なんだってー!?」」
 尋常ならざる驚愕がもたらされ、隣で他人面していた良治まで声をハモらせて絶叫。
 大いに狼狽える。
 う、蛆虫が人間形態を取れるというだけで充分寝耳に水だというのに、
 蛆と人とで子どもがつくれるだと!?
 青天の霹靂もいいところだ! 理解の範囲を易々と突破!
 ありえない、限度枠超過してるだろそれ!?
「ま、そうした反応は慣れているが――」
 動揺する俺らから奇異の視線を受けても、アイヴァンホーさんは怒りも悲しみもしなかった。
 代わりに、気遣う目で斜め下を見る。
 そこに位置するものは――あ。
(う、蛆が――)
 ぷるぷると小刻みに蠕動するフォイレ。
 テレパシーとして脳に入ってくる声は噴火寸前のご様子。
(蛆が人間と愛し合って子どもをつくることがそんなにお嫌なんですのッッッ!?)
 鼓膜が痺れる――そんな錯覚を味わった。
「げぇっ!?」
 思わず両手で耳を塞ぐ。無駄だった。そんなもので憤怒に焦げつくフォイレの責め苦を
 遮断することなど叶わない。
(なんですの!? 人間そんなに偉いんですの!? 蛆ってそんなに穢らわしいですの!?
 ふ、ふざけてますわ!
 いくらなんでも怒りますわよ私!? 愛に貴賎などありませんわ!
 これだけは断固主張させていただきます!)
 今にも湯気が立ちそうな、白い蛆の肌をしたフォイレが真っ赤に染まりそうな、
 激甚たる叱責の波動に我々は為す術もなく身を縮こまらせた。
 その後もフォイレの説教は長々と続き、「そろそろ両親が帰ってくると思うんで、
 続きは俺の部屋で……」と
 場所変更しても終わる気配がなく、昼飯の時間になるまでたっぷりと聞かされた。

 ぐったりしながら午後が始まった。窓から差し込む灼熱の日差しは殺したいほど憎かった。
 扇風機を回し、なけなしの涼風を良治と奪い合う。このクソ暑さにアイヴァンホーさんは
 汗一つかかず平然と佇んでいて、フォイレは本棚と本棚の間の陰所に身を収めて
 怒りの熱をクールダウンさせていた。
(ふう……まだ言い足りない気分ですの)
 恐ろしいことをおっしゃる。
「しかし、姫様が『助けてもらった人間にお礼がしたい』とおっしゃるので、
 言われるままダンボールに貼るための
 小包ラベルを記入して差し上げましたが……まさかあの中にご自身をお入れになるとは
 予想しておりませんで」
 首を振り、さらさらのボブカットヘアーを揺らしながら述懐するアイヴァンホーさん。
 口ぶりから苦労が忍ばれた。つまり、フォイレは仲間にも黙って俺ん家に来てたのか。
 人間化して箱に入ってたのは、蛆のままだと気味悪がられて外に捨てられたり
 トイレに流されたりといったはめに陥りそうだったからだろうが――もし両親が受け取って、
 ふたりの見ている前で開封していたら、それはもうエラいことになっていただろうな。
 想像だけでも頭痛がしてきた。さっきの激怒テレパシーの余韻もあるが。
 冷蔵庫からかっぱらってきたカルピスを飲み飲み、アイヴァンホーさんに声を掛ける。
「じゃあ、無事に見つかったってことで。連れ戻して行かれるんですよね?」
 ドタバタしていろいろ驚かされたり投げ飛ばされたりしたけど、
 これでやっと蛆の世界とは無関係な日常に戻れるんだ、と安心しきっていた俺に、
 仮面の侍従は告げた。
「――それはならん」
 苦りきった口調。本心ではない。それゆえに、覆すことができぬと重く響いてくる言葉。
 ちりーん、と。窓の外で室内の茹だる暑さを無視した風鈴が涼しく鳴った。

「畏くも蛆界の王女にあらせられる姫様が、命を救われた相手に何の恩も返さず済ませるなど、
 下々に示しがつかぬ」
 苦渋に満ちた唸り。なにやらひどく時代錯誤なことを言われてる気がするのは、
 俺の気のせいだろうか?
(その通りです。だから何でもバンバンおっしゃってください)
 勝手に抜け出してきたお姫様は、本来引き止めるべきお目付け役を味方に回せた安堵からか、
 自信に溢れていた。
「王族の恩とは重いものだ。たとえ国を傾けてでも返さねば誉れとされない。
 蛆界の掟ゆえ半人半蛆のわたしは尚更これを遵守しなくてはならん。
 可能ならば今すぐにでも姫様を摘んで帰途に就きたいところなんだが……」
 無念そうに日陰で寛ぐフォイレを眺めやっていた。
 よく分からんが、アイヴァンホーさんもアイヴァンホーさんで微妙な立場らしい。
 それを把握したところで、事態はさして進展する道理もなかったが。
(私だけではうまくご恩をお返しできそうにありませんし、
 アイヴァンホーにも手伝っていただきますね)
「無論のことです。正直に申しましても、難事を早く終わらせたいものですから助力は拒みません」
 あれよあれよという間に俺の意向を無視して協力戦線が着々と築かれていった。
 所在なく、シャツをぱたぱたさせて腹に風を送り込んだ。
 良治はせっかくの無修正エロDVDが、フォイレとアイヴァンホーさんの存在が
 気に咎めて見れないでいるのを密かに悔しがっている。しきりに顎をしごくのは、
 こいつがエロスの養分を欲しているときの癖だ。
「それで、何をやったら満足してあんた方は帰ってくれると言うんですかね」
 疲れて遠回しな言い方をするのも面倒になってきた俺は直球で訊ねる。
(一番手っ取り早いのは、体で――)
「却下」
「なりません」
 俺と仮面侍従が口を揃えて押し留める。心なしか蛆はしょぼーんとした様子になった。
(私みたいな幼い体つきはお嫌ですか……?)
 そういう問題ではないんだが、本音を言うとさっきみたいに荒れそうだからやめとこう。
 テキトーに話を合わせておくことにした。真剣な顔つきで頷いてみせる。
「うん、俺、おっぱいスキーだから」
「うわっ! 婦女子の前で性癖を自己暴露する和彦ってばだいたーん! つか大胆すぎてキモッ!」
「混ぜっ返すなてめえは」
 手近なビームサーベル(丸めたポスター)で「モッ」と発音した瞬間の顔面を叩く。
 もともと歪んでいる顔が更に歪んで悲惨なことになったが俺は気にしない。
(では、参考にアイヴァンホーはどうです?)
 訊かれて反射的に観察の目を伸ばす。
 顔――は仮面があるせいで分からん。髪がさらさらして美人っぽいが、俺の脳みそは髪に惹かれて
 騙されたエロビデオの記憶が氾濫している。安易には信用できない。
 スタイルは全体的にほっそりした感じで手足が長い。半分だけとはいえ蛆とは思えなかった。
 くびれた腰つきにはちょっとドキドキ。尻もエロそうで、却って直視しがたい。

 童貞の心理は複雑だ。

 胸は、巨乳というほどではないにしても明確に膨らんでいる。
 C? いや、着痩せ補正を加えてDか?
「け、結構なお手前で……」
 面と向かって誉めるのが気恥ずかしくて変な表現が口を突いて出た。
「―――」
 アイヴァンホーさんは何もいわず、静かに蔑むような、冷ややかな視線で応えた。
 身の置き所がないプレッシャーを覚えるが、妙に心地良くもあって、
 少し間違えるとMに目覚めそう。
 そうやってもじもじしている俺に。
(ならアイヴァンホーで構わない、ということで――なさいませ)
 蛆虫の姫様はとんでもないことを仰せつかった。


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