うじひめっ! Vol.4
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 聞き覚えのない声が突然背後から――もちろん俺は驚いた。
「な……誰ですかあんた!?」
 振り向いた先、我が家に侵入してきた人物は、なぜか四つんばいで移動していた。
(アイヴァンホー!?)
 蛆王女まで驚きの声を出す。こいつの関係者らしいが、なんでそんなにびっくりしてるんだ。
「そちらか」
 位置を確認し、間にいる俺を肩で押しのけながら進む。
「ちょっ……お、おい、なに挨拶もなく勝手に上がりこんでるんですか!?」
 動揺し、目もくれずフォイレのところへ向かう謎の人物の肩を掴んで制止した。
 途端に。天地が逆転した。
 投げられた、と気づいたのは後頭部が床に叩きつけられてから。
「―――がッ!?」
 世界が揺れ、星がまたたいた。すぐには起き上がることもできず、ただうずくまった。
「すげー、まるで格ゲーの吸い込みみたいだ……っ!」
 おい、良治、友達が激痛で声も出せない状態でいるときになに感心してんだよ!
 俺も「ジェットコースターより……はやーい!」とかちょっと思ったけどさ。
(和彦さんっ! 大丈夫ですかっ!?)
 結局俺のことを純粋に心配してくれたのはフォイレだけだった。
 この瞬間、良治は俺にとって蛆虫以下の存在に決定した。
 図示すると「蛆虫(フォイレ)>>>>>良治」。
「ふん、だらしがない奴め」
 俺を投げ飛ばしといて偉そうにほざくニューカマーは、良治の三個下くらいにしくとか?
「――で。あんた誰なんですか」
 早くもたんこぶの出来かかっている後頭部を涙目で押さえながら、俺は最初の質問に戻った。

「名はアイヴァンホーだ」
 例によって姓はないとのこと。
(つまり、彼女も蛆界の住人なんです)
 とフォイレは説明した。
 「彼女」。そう、アイヴァンホーさんはその名に反し女性だった。
 起伏と丸みのある体からしても明らか。
 体格からすると十代後半から二十代後半ってところだろうか。顔が見えないからよく分からない。
 顔が見えない、というのはそのまんまの意味だ。彼女は青い仮面を被っていた。
 口から額まですっぽり隠れるような、屋台で売ってる奴に似た形状。
 目のところだけに穴が開き、表面は「未開の奥地に住む部族が成人の儀式で
 イニシエーションとして彫る刺青」っぽい模様が白で描き込まれている。
「なんでお面被ってるんですか?」
 と訊くと、「醜貌ゆえ……」と答えたきり、うんともすんとも言わない。
(人化したアイヴァンホーには、その……鼻がないんですよ)
 フォイレのフォローが入り、「で、でも、結構美人さんなんですの!」と
 フォローのフォローまで加わった。
「へえ、あれみたいだな……えっと……ほら、『センゴク』に出てきた武将で、誰だっけ?」
「俺『センゴク』読んでねえから知らない」

 良治のトークをすぱっと断ち切り、遅まきながら紹介されたアイヴァンホーさんへ目を向ける。
 蛆化したフォイレの横、少し距離を置いた地点で背筋を伸ばし、端然と正座している。
 フォイレをうっかり踏み潰したりしないように、という配慮なんだろう。
 ダイニングに入ってきたときに四つんばいだったのもきっと同じ理由だ。
 仮面ばかりに注意が行ってしまったので、他の部分も観察してみる。
 銀色の髪――フォイレのそれと似通っているが、やや短めに肩の上で切り揃えられていた。
 すっきりとしたボブカット。髪色とも重なって涼しげな風情を醸している。
 服装は……普通の夏服だ。上はショートスリーブの白シャツと淡い灰色のカーディガン、
 下は紺のジーンズ。地味で、特に得るべき感想もない。つくづく仮面だけが全体から浮いている。
 と、そうやってじろじろ眺めていたら、気に障ったのかギンッと睨み返された。
「――何か?」
 ぞくぞくっと脊椎まで架空の寒気が染み渡ってくる。
「え? い、いえ、なんでもありません……」
 怖ぇ。なんつー眼光だよ。こいつ間違いなく一人や二人は殺してるぞ。
「冷血獣」とかそんなあだ名で呼ばれたりしているんだ。
 たとえ子どもが対象だろうと眉一つ動かさずに始末できるんだ。やばすぎる。
 逃げたい。でもここで背を向けたらすっと忍び寄られて、
 悲鳴を挙げる暇もなく巻きつけらた腕で頚骨を折られて即死しそう。
 良治、頼みの綱はお前一人だけだ。早く隙をついて通報して来い……!
 隣をそっと窺うと、頼みの綱はだるそうに尻を掻いていた。
 て……てめえっ……! ふざけんな、無関係ぶるにもほどがあるだろうがっ……!
 あ、こっち見た――
 っておい、「あー早く無修正エロDVD見てえなー。和彦、先に部屋行ってていい?」みたいな
 アイコンタクトしてくんな! 空気読め! 察しろボケ!
(なんだか和彦さんが萎縮しているみたいですけど……アイヴァンホー、
 あまり怖がらせないでくださいね?)
「――はっ」
 眼光が熄む。全身を包むプレッシャーが消え、息詰まる緊張感が抜けていった。
(申し訳ありません、和彦さん。アイヴァンホーは、私のお目付け役なんです)
 いかにもそんな感じだな。
(ご無礼なことはなさいませんでしたか?)
「いや……なんにも……!」
 余計なことを言ったら殺す、という意志の篭もったオーラを肌で感じる以上、
 こう答えるしかない。
(本来は爺やが就いているのですが……先日のこともあって、
 外に出ていた彼女が呼び戻されまして。何があっても私の安全を確保しなければならないと
 意気込んで、ここずっとピリピリしているんですの)
 へー、そう。道理でさっきから殺意飛ばしてくんのか。
 ……けど、姫様を踏み潰そうとしたのは隣のアホだぞ?
 できればそっちに殺意向けてくれないか?
 それはともかくとして。
「質問、いいかな?」
(はい?)
「その、アイヴァンホーさんなんですけど……」
 チラッと窺い、不躾にならない程度に目を遣って。
「……手足が、あるような」
 半袖からすらりと伸びる綺麗の肌した腕。ジーンズを履きこなす細めの足。
 どちらもフォイレにないもの。
 それに目も見えているみたいだし。
 義肢? 義眼?
「ああ、それはだな、」
 と本人が直接説明してくれた。なにげない口ぶりで。

「わたしが蛆と人の間に生まれたハーフヒューマン――
 お前らの立場で言えばハーフマゴットって奴だからだ」


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