華ノ歌ヲ 第1回
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・・・むく・・・「PIPIP」、バチン。
目覚まし時計が催促の連絡をする前に、その動きは既に止まっていた。
習慣といえば習慣なのだが、いかんせん爺くさいなあと我ながら思う。
時間は朝6時、どちらかといえば街の大半はまだ活動をしておらず
その静けさがなんとも心地よい気もする・・・。

カチャ・・・
少し控えめに部屋のドアがあいた。
「・・・・・メイくん、おはようございます」
更に控えめな声で挨拶が聞こえてきた。
「はい、おはよう」
そう言ってのほほんと挨拶を返す。ある程度この家では決まった朝の風景だ。
「・・・朝ごはん、できてますから・・・」
そして挨拶よりもまた更に控えめに茉莉(まつり)はドアを閉めた。
パタパタと茉莉特有の足音が遠ざかっていく。

「よっこいしょっと」
そういって光命(こうめい)は体を起こした。まだ学校に行くまでには時間がある。
のんびり新聞でも読みながらお茶でもすすろう・・・と考えながら茉莉に呼ばれた
リビングへと向かっていった。

 

《華ノ歌ヲ》

「ずず・・・」
リビングにお茶をすする音が響く。光命はぼーっと縁側の花壇を見ていた。
ああ、今日もいい天気だなあ・・・。と爺まるだしの思考経路は相変わらずのようだ。
「・・・メイくん、ご飯・・・」
ずっと食べるのを待っていたのだろうか?茉莉はじーっと光命を見つめていた。
「あ、うん。でもまだ茜(あかね)が起きてきてないでしょ??少し待とう・・・」
「私と二人は嫌・・・?」
「あ、いや、そういうわけではなくt」
「嫌なの・・・?」
「そうではなくてだね、せっかくなんだしね」
「・・・・私はメイくんと二人でも良い・・・ずっと」
茉莉がさらりとバクダン発言をした瞬間。トタタタタとこれまた独特の足音が響いた。
「おはよ、お兄ちゃん・・・と茉莉」
そういって寝ぼけ眼を擦りながら降りてきたのは光命の妹、茜だ。

彼、六波羅(ろくはら)光命には2人の妹がいる。
一人目は茜。肩まで伸ばした髪、深い黒色の瞳、まさに大和撫子を思わせるような
凛とした美しさのある少女だ。性格は兄の影響かややのんびりする帰来があるが
行動はテキパキと効率よく行うタイプだ。普段はものすごく喋る方ではないが、
キレた時と兄が絡んでくるとものすごく喋る。光命の「本当」の妹

二人目は茉莉。腰まで伸ばした髪にゆったりとウェーブがかかっており、目はやや蒼い。
どこか儚さを思わせる可憐で美しい少女だ。しかし胸は可憐とは程遠くダイナミックに育っていたが。
性格は寡黙で内気、引っ込み思案なタイプだが考えていることは結構派手らしい。
茜とは対照的にキレルと眼が据わって無言のプレッシャーをかけてくる。怖い。
こちらは光命と茜の父親が再婚したとき義理の母がつれていた娘。光命の「義理」の妹。

そんな2人と暮らしているのが彼女らの兄、光命となるのである。ついでに、彼等の父と母は
仕事の関係で海外に移り住んでいるため滅多のことではかえってこない。

「・・・なあ茜。お前朝に弱いんだから無理して起きてこなくても良いんだぞ?
いっつも眠そうだし・・・」
たくあんを齧りながら光命がつぶやく。
「いやだ、絶対起きる。起きなきゃ大変なの。色々大変なの。だから嫌なの。嫌なのです。」
まだ半分寝ぼけているのか、途切れ途切れの言葉が返ってきた。よく判らないが大変なのは判る。
「なあ茉莉、俺起こしに来るならなんで茜も起こしてあげないの??」
寝ぼけてる妹は置いといて、恐らく寝ぼけてないであろう妹に聞いてみた
「・・・メイくんとの時間が減っちゃう・・・それは取り決めで許されないことなの・・・」
こちらも「寝ぼけてるのかな?」と思いたくなるような解答が返ってきた。
しかしこんなやり取りがほぼ毎朝行われている。
これが普通、これが六波羅家の一日の始まりなのだ。

朝食も終わり、それぞれが学校に向かう準備を始めていた。
準備といっても妹二人は既に玄関で待機して、兄が来るのを待っているだけなのだが。
最初は二人して部屋の前で待っていたのだが、さすがに勘弁してとの兄からの要望(懇願?)
でしぶしぶ玄関での待機と相成った。
「お待たせしました・・・っていうか先に行ってても良いのに。」
確かに学校に行くには少し早い時間だが、毎回待機(待ち伏せ)してくれている2人に
申し訳ないと思ってしまう。
「「いいの、お兄ちゃん(メイくん)といたいの」」
そういってがっちりと両側をホールドする。
「じゃあ、行こう?」
「・・・行きましょう」
「・・・ねえ、恥ずかしいから5分だけにしてね」
そういって学校に向かう。これも六波羅家のよくある登校風景なのだった。

茜と茉莉なのだが2人とも光命を呼ぶ時の呼び方が異なっている。
昔、茉莉は六波羅家に来たときに光命を「お兄ちゃん」と呼んでいたことがあった。
生まれる前に父親を亡くした茉莉にとって光命は初めてできた異性の家族であった。
暮らし始めた頃はひどく警戒心をあらわにしていたが、光命ののほほんとした性格と、
穏やかな優しさに次第に心を開いていった。
気付けば茉莉はいつも光命の傍にいるようになったのである。
茉莉にとって光命は父親であり、兄であり、愛する人になっていたのであった。

しかし、その仲が深まってゆくたびに反比例して不機嫌になっていったのがもう一人の妹、茜だった。
光命の傍は生まれた時、いや生まれる前から自分の場所だと思っている茜にとって、その場所を
脅かす茉莉の存在は邪魔でしかなかった。茜は兄の傍を守るように立ち回り、行動し続けた。
時には兄の布団に潜り込み、時には風呂に乱入し、時には自分と兄を縛りつけようともした。
兄は自分のものである。兄は自分だけのものである。それを脅かすものは許さない許さない・・・。
その信念、いや執念で行動し続けたのだった。
しかし、ついにその執念が「兄の傍を守る」事から「兄の傍を脅かすものを排除する」事へと
ベクトルが変化する事件がおきてしまったのだ。

 

それは茉莉が初めて「お兄ちゃん」と光命を呼んだ日の事だった。

「・・・・おにいちゃん・・・」
今まで一度もその名で光命を呼んだ事がなかった茉莉が躊躇いながら、
しかしちょっと嬉しそうにその名を呼んだ。
「・・・・・!!」
光命は驚きと共にこれまた嬉しそうな顔でその名に答えた。
「何?茉莉。」
「・・・・・ううん、何でもないの・・・」
照れ隠しなのだろう。茉莉はそう言ってパタパタと急ぎ足で部屋に戻っていった。
光命はのほほんとしながらも嬉しそうに湯のみに残ったお茶を啜り始めた。

そんな雰囲気とは裏腹に、修羅のごとき表情でそれを見ている人物がいた。

茜だ。

「あの子おにいちゃんって言った私のお兄ちゃんにおにいちゃんって言った
その名で呼んで良いのは私だけなのにその名で呼んだこの世でその名は私だけのものなのに
私だけわたしだけにゆるされたことなのにわたしのばしょにはいってきたわたしのばしょに
わたしのばしょにワタシノバショワタシノバショ・・・・ゆるさないゆるさないゆるさない
ゆるさないユルサナイユルサナイ・・・・」
目は紅く充血し、強く握った拳と硬く閉じた唇からはうっすらと血が流れていた。
その姿は嫉妬に狂った「女」であり、純粋な想いゆえその姿もひどく官能的であった。

 

そして次の日、事件は起きた。
普段から早起きが信条の光命は普段聞きなれない激しい喧騒で目が覚めた。
まだ朝は早い、テレビも昨日は消して寝たはず。ではこの喧騒は・・・?
耳を澄ますと音の出所は隣の部屋。つまり茉莉の部屋からであった。
若干の胸騒ぎを感じた光命がその部屋に踏み込んだ時、あまりの惨状に自分の目を疑った。

既に原型を留めていない人形達、割れた花瓶、千切られたカーテン。
そして何より部屋の中央で対峙する2人の少女の有り様だった。
茜は手に包丁を携え、鋭い眼差しと表情にうっすら美しい笑みを貼り付けたまま佇んでいた。
「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイワタシノバショワタシダケノバショ二ハイッテキタ
ドウシテドウシテドウシテイヤダイヤダイヤダオニイチャントヨブノハワタシダケソノナヲ
コノヨデヨンデイイノハワタシダケユルサナイユルサナイユルサナイ・・・・」
一体いつ呼吸をしているのだろう?そう思うくらいに言葉を紡ぎ、茜は茉莉を見据えていた。

一方茉莉も部屋の中央で割れて尖った花瓶を両手に携え佇んでいた。
表情は茜とは違い無表情。まるで感情が見られないほど冷徹で落ち着き払っており
しかし目は紅く充血し、普段の蒼い眼と相まってうっすらと紫の眼になっていた。
「・・・おにいちゃん・・・おにいちゃん・・・。」
ゆっくりとかみ締めるかのように茉莉がその言葉を口にした。

「ソノナデ・・・ソノナデオニイチャンヲヨバナイデーーーー!!!!!!!!!!!!!」

咆哮のような怒号で光命は我に返った。あまりの惨状に意識が遠のいていたが、それ処ではない。
このままでは大事な家族が傷ついてしまう、死んでしまうかもしれない。
「やめろよ!!何やってるんだよ二人とも!!どうしたんだよ!!!なあ!!」
原因が自分にあることなど予想がつかない光命は、どうすれば良いのかわからず
おろおろと2人の名を叫ぶだけだった。
「茜!!茉莉!!やめろ!!やめてくれ!!!」
そういいながらも部屋の中央では人間の反射速度を凌駕するほどの攻防が繰り広げられている。
息もつかせぬ連撃で茉莉に迫る茜と、その連撃を冷静に受け流し一撃必殺を目論む茉莉。
2人の眼には自分を脅かすモノしか眼に入っていないようだった。

「やめろよ・・・・やめてくれよ・・・・」
力なく光命は呟いた。普段幸せそうな笑顔を見せる彼の顔からは
予想できないほど憔悴した顔だった。
しかしうつむき、うな垂れた彼の顔はいつしか憔悴した表情さえも消え、
次第に眼が据わってきていた。

頭の奥がじりじりする。目の前の喧騒がだんだん遠ざかっていく気がする。
先程まで持て余していた動揺が嘘のように身体から引いてゆくのがわかる。
光命はゆっくりとうな垂れていた顔をあげた。
そして

「いい加減にしやがれえええええええ!!!!!!
てめえらああああああああああ!!!!!!!!!!」

まさに激昂。普段のほほんとしている光命からは全く想像もできない怒号が響いた。
これには渦中の二人も動きを止め、眼をパチクリさせ彼を見た。
「「ひっ・・・・!!」」
期せずして2人の声がハモッた。
怖い。いや、そんな生半可なものではない。身体の芯が震えあがる程の恐怖がそこにはあった。

そこからのことを光命は殆ど覚えていない。ただ、意識がはっきりした時に眼にしたのは
涙を流しながら震えて、正座をしている少女2人の姿だった。
その後、光命、茜、茉莉の3名は寝込んでしまい、その日の学校は欠席する羽目になった。
ただ光命だけは何故か7日間寝込んだのだが・・・・。

それから茉莉は光命を「メイくん」と呼ぶようになった。
どうやら茜となんらかの取り決めごとをしたらしく
「お兄ちゃん」と呼ぶのは茜だけとして、茉莉はほかの名前で呼ぶ事になったそうだ。
しかし、「お兄ちゃん」という妹にのみ許される唯一の呼び名を奪われ、
新しい名を模索するのは時間がかかった。
当初は「ご主人様」と呼ぼうとしたが、兄、茜が頑なに拒否。
「こうくん」は在り来たりすぎると茉莉が拒否。
結局今まで誰も呼んだことがなかった「メイくん(光命のめい)」を
自分唯一の呼び名とすることに収まった。

それからは目立った喧嘩も無く、むしろ茜、茉莉両名で一緒に行動をするようになった。
食事、睡眠、買い物・・・。一緒に行動し、共に光命の傍にいた。
取り決め事は名前の呼び名だけでなく、細部にわたって執行されているようだった。
ただ、その日から2人の部屋の壁には「16歳まで」という意味不明な書置きが残されるのだが・・・。
それはまた、別の話。


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