姉妹日記 『もう一つの姉妹の形』 第11話C
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「チャ〜ン、チャン、チャ、チャ〜ン、チャン、チャ、チャ、チャ〜ン」
 結婚式の定番の音を一人、口ずさむ
 虚しく響く声が静かな空間に溶け込み、闇を深めた
 楽園だった、昨日までのこの場所は・・・・
 けれどその楽園は一日と経たずして崩壊し、私は奈落に落ちた
 ――――涼さんが誘拐された
 迂闊だった、あの女共がこんなにもはやく帰ってくるなんて思いもしなかった
 あの時だ、涼さんを誘き出すために涼さんの部屋と電話との間を空けておいた時だ
 少し目を離した隙に涼さんがどこかに電話を掛けてしまった
 推測だけど、涼さんはあの女共二人のどちらかに電話したんだ
 そして、電話を受けた内のどちらかが不審に思い帰ってきた
 すぐ切ったつもりだったので明確なことはわからないはずなのに
 ――――仮にも女だ、男の人よりかは勘は良いだろう
 殊、涼さんのことになるとその察知能力は研ぎ澄まされるようだ
 どれも推測の域を出ない、けれども・・・・一つだけ揺ぎ無い事実がある
 嫌がる涼さんを無理やりにあの女共が連れ去ったということだ
 可哀想に、涼さんは私との絆を表す証であった腕輪を無理やりに剥ぎ取られ、
 悪女共に連れ攫われてしまった
 けど、あの悪女共にも誤算がある
 私を甘く見過ぎているという点が悪女共の最大の誤算だ
 あの悪女共は私よりも頭が悪い、成績もそうだけど、もっと後々のことも考えるべきだ
 第一、私が帰ってくるまでの時間は極僅か、その間だけで荷物をまとめ出ていくことなどできない
 近く必ずこの家に姿を現さねばならない、まぁ近場の店かなんかで買えば良いものもある
 なのでここに戻ってくる可能性は極めて低くなる
 そして・・・・第二―――――

「ふぅ〜、ここまでくれば安心だね〜」
 涼ちゃんは心底安心したのかその表情から笑みが読み取れた
 帰った私たちがまず目にしたのは陵辱しつくされた涼ちゃんだった
 目は虚ろ、残ったのは恐怖と深い傷痕だけ
 平静を装っていたけど、内から溢れ出ようとするあの女への殺意を抑えるのに必死だった
 ここ数ヶ月すっかり安心していた、涼ちゃんは嘘が大嫌いだ
 小さい頃からずっと一緒だった私は良く知っている
 涼ちゃんは小さい頃にお母さんに捨てられた
『必ず帰ってくるから待っててね』
 偽りの言葉、自分も連れて行ってくれと泣きじゃくる子供を黙らせる魔法の言葉
 まだ幼い涼ちゃんはその言葉を一途に信じ母と別れた場所でその人を待ち続けた
 魔法は何時か解けてしまう、涼ちゃんが小学生になった頃ようやく事実に気づいた
 心の拠り所を失った涼ちゃんは次第にやつれていった
 私と、なぜか同い年なのに涼ちゃんを『お兄ちゃん』と呼び始めた冬香は必死で
 涼ちゃんを元気付けようとした
 結果少しずつではあるけど涼ちゃんは生を取り戻した、そして今の心優しい涼ちゃんになった
 けれども『嘘』『偽り』その二つの事柄すべてに拒絶反応を示し問答無用で嫌悪し拒絶の意を表した
 だから、涼ちゃんにとって『嘘』『偽り』の二つの絶対不可侵条約を犯した南条秋乃を
 涼ちゃんが受け入れる訳がない
 その私の安易な発想がこの事態を招いてしまった
 ごめんね、涼ちゃん・・・・
 懺悔の念で胸をいっぱいにしながら、鍵穴をいじると案外もろかった手錠を外し、
 冬香は脚と口を縛る縄を解いた
 そのあと涼ちゃんの乱れた服を整え支度も早々に家を後にした
 家を出てしばらくしてから私は親戚の人に電話してしばらくの間、その家のご厄介になることにした
 その親戚は近場にいるので一時間ほどで目的地に着き私たちはホッと肩をなでおろした
「・・・・・顔色、悪いね」
 冬香が顔色の悪い涼ちゃんの額に手を伸ばした時だった
「――――ひぃ!!!」
 拒絶反応を示し涼ちゃんは後ろに引いた
「お、お兄ちゃん・・・・?」
 唖然とする冬香を涼ちゃんは恐怖心いっぱいで見つめている
「冬香・・・・」
 私が冬香の肩に手を置くと冬香はゆっくりとうなずいた
 それを合図に二人で涼ちゃんを抱きしめる
「・・・・・っ!」
 尚も恐れの念を崩さない涼ちゃんに二人で優しく呼びかける
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「お姉ちゃんが守ってあげるからね」
「私もお兄ちゃんを守ってあげるんだから」
 のどかな田舎の村、静かな空間、あるのはすぐ横を流れる川のせせらぎと風になびく枝と葉が
 織り成す心地良い音のみ
 私たちは穏やかで暖かな抱擁をいつまでも交わしていた

 ―――――第二、ここに戻って来ないとなると親戚の家を頼るしかない
 それが誤算なのか?当然私にその親戚の家を探る手段は皆無だと思われているはず
 けれども私には涼さんのケータイがある、親戚の欄を用心深く見ていく
 履歴の中で頻繁に連絡を取った親戚を調べる
 いくら休みとはいえ親しい親戚でなくては泊めてくれなんて頼めない
 そしてそれはあの女共寄りのはず
 あの女共の旧姓の苗字で尚且つ一番頻繁に電話を掛けている所が逃走場所だ
 あった、ついでに自宅の履歴も見てみる、やはり同じ家に頻繁に電話を掛けている
 私は涼さんのケータイからその家に電話を掛けてみた
「もしもし、堺ですけど?」
「あ、私・・・・涼さんのクラスメイトなのですが、彼・・・・
 私の家に来たときケータイを忘れてしまったらしくて、自宅にかけたのですがいないようなんですよ
 なので履歴の一番上に電話した訳なんですけど」
「ああ、涼くんたちなら今、家に来ているんですよ」
 独特のなまりがある、田舎の人だ
「あの、私・・・・届けに行きたいのですけど、住所を教えていただけませんか?」
 疑うことを知らない田舎の人を騙し、私は住所を聞きだした
 もちろん、突然行って驚かせたいからこのことは黙っていてくれと付け加えておいた
 
 涼さん・・・・今から私は勇者になって魔王に攫われてしまった
 あなたを命を賭けて助けに行きます、もちろん途中で魔王を討伐してです
 魔王を倒して平和になったら二人だけのお城で幸せに暮らしましょう
 ―――――だから、もう少し待っててくださいね


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