雪桜の舞う時に 第9回
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 キスされた日の夕食は珍しく瑠依が食べにやってきた。
 俺は二人分の料理を作り、食卓に並べた。
 相変わらず簡単な調理だが、瑠依は文句なく黙々と食べていた。
 会話もなく、静かな時間が流れてゆく。
 俺も雪桜さんにキスした事ばかり考えていたおかげで自分で作った料理の味が
 どんな味だったかは記憶にはない。
 どうして、雪桜さんがこんな俺相手にキスをしたのかという一点に尽きる。
 そんなことばかり考えていても、女の子の心や行動を、鈍い俺がわかるはずがなかった。
 目の前にいる、一応女の子をやっている瑠依以外は。

「なあ。瑠依。女の子からキスを誘ってくるってどういう意味なのか知っているか?」
「ゴホゴホっ」
 思わず食べている物を吹き出した瑠依は俺がコップに注いだ麦茶を慌てて飲んでから、
 一息を吐いてから言った。
「女の子とキスっっっっ!! 誰よ。私の剛君にキスしようとした不届き者はっっ!!
 成敗してくれるわっっ!!」
 発狂した虎は顔を紅潮させて、殺気を周囲に展開させる。瑠依が久々にマジギレしていた。
「キスされたのは俺じゃない。俺の友人だよ(思いきり仮定だが)」
「本当に本当に本当に本当に本当なの?」
「本当だから。頼むから落ち着いてくれ」

 これで雪桜さんにキスしましたと真実を語ったら、この台所にある全ての皿を投げ尽くすだろう。
 虎による器物損害後の後片付けをすることになる俺は事を穏便に済ませたかった。

「友人が付き合ってもいない女の子と密室の中に誘い込まれて、キスしろと強要されたんだ。
 その時の女の子の気持ちは一体どういう意図があったんだろうな」
「決まっているじゃない。その女の子はいつまでも告白してくれないヘタレ友人に
 自分の気持ちを伝えるためにキスを強要したんだわ。
 だって、好きでもない男の子とキスをしたがる女の子なんてこの世のなかのどこを探しても
 いるはずないもん」

 確かに虎の言う通りである。女の子にとってキスはとても大切なモノ
(一般的常識概念に基づいて)である。
 どうでもいい男にキスしようとする女の子はこの世のどこを探してもいるはずがないのだ。

「本当にそれだけなのか?」
「一応、女の子をやっている私の言葉を疑うつもり?」

 瑠伊は冷笑を浮かべながら、怒りのオーラを体中から発散させ始めていた。
 虎の威嚇に怯えてしまった俺は食べ終わっていた食器を片付けるために流し場に持っていく。
 数秒たりとも、あの場所にいれば俺自身の寿命が何年かぐらい縮んでしまうし。
「瑠依の前では当分の間はキスの件に触れない方がいいな」

 妙に機嫌が悪くなった虎がウチの炊飯器からご飯を器に入れ移している。
 これでもう何杯目なんだろうか? 
 瑠依がご機嫌ななめの時にヤケ喰いに走るのだ。後のことを考えずに自分の体重を増加させて、
 今度は人を巻き込んでダイエットするからなおタチが悪い。
 だが、反抗して虎の牙に噛まれるわけにもいかず、すでに長年の経験から何もせずに
 傍観していれば自分に危害を加えられることがないのを知っているので。
 とりあえず、俺は黙っておくことに決めた。

「剛君。おかわりっ!!」

 今夜も虎の雄叫びは豪勢に吠え続ける。

 

 剛君は嘘を吐いている。
 彼程、嘘を吐くのが下手な人間はいないだろう。
 今まで剛君に近付いてくる女の子は私が全て追い払ってきたのだ。
 私以外の女の子には免疫がない剛君が友人の話だとはいえ、私の前で、そ、そ、そ、そ、
 そのキスの話をするのだろうか? 
 嫌らしいエロ本も私が部屋を週末事に隅の隅々までチェックして、
 没収した本を焼却処分にしているのだ。
 私がその手の会話に弱いことは剛君なら知っているのに。
 楽しい夕食の時間にその話題を出すってことは、友人がというのはもちろん嘘で。
 剛君の身に起きた事だと推測できる。
 簡略すると泥棒猫が剛君を誘惑して無理矢理キスする状況に追い込んだ。
 剛君も年頃の男の子だもん。女の子に迫られたら、その場の勢いでキスしてしまうだろう。

 悪夢。

 これは悪夢なのだ。

 だって、私ですら剛君の唇を奪ったことがないんだよ。

 どこぞの馬の骨女が剛君にキスをしたっ?

 そんなことが許されていいはずがないんだよっっ!!

 勉強机に置いてある携帯に着メロの音が鳴った。
 どうやら、メールらしい。
 私は今届いたメールを開くと風紀委員から報告が詳細に書き込まれていた。
 もしものために剛君の放課後の行動を私の忠実な風紀委員たちに見張ってもらっている。
 これも剛君が頭のおかしい女どもから守るために仕方ないことだと思っている。
 風紀委員から毎日メールを送るように指示しているのですでに日常になってしまっていた。
 送られた内容は私の胸を締め付けられている、あの泥棒猫と剛君の一日の行動。
 私が剛君を解放してから、あの泥棒猫と剛君が放課後の時間を利用して
 遊びに行っている報告を受けた時は何とか我慢することが出来たけど。
 今回は違った。

「剛君があの女とランジェリーショップにっっっ!!」
 
 許さない。許さないよ。
 殺すわよっ!!

 私の我慢の限界はようやく限界点突破まで行ってしまった。
 ならば、あの泥棒猫を天国から地獄へと突き落とそう。
 それだけのカードは私は持っているのだ。

 ねえ。
 雪桜志穂。
 このカードが発動すれば、あなたは終わる。

 私が剛君を解放したフリをしたのも、あなたの存在を今まで容認していたのも。
 全てはあなたを絶望の底に突き落とすためだった。

 舞台は整った。
 あなたが足掻く姿を見物しながら、雪桜志穂の破滅を見届けよう。

 
「あっ。もしもし、雫。明日、お願いしたいことがあるんだけど」

 ふふふ。
 明日が楽しみだよ。


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