雪桜の舞う時に 第5回
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 ○月○日
 今日から新学期です。
 新しい春の季節と訪れと共に桜が舞うこの道を歩くだけで生きているという充実を感じられます。
 たとえ、進級した新しいクラスでどんな苛めが待っていても、私は必死に耐えないといけません。
 お母さんが頑張って働いて学校に行かせてもらっているだもん。
 この学園を精一杯頑張って卒業しよう。辛いことがたくさん待っているかもしれないけど、
 そんなことに負けないように絶対に泣かないでおこう。

 ○月○日
 今朝、学校に行ってみると私の席だけがなくなっていた。
 昨日まであった席の場所には大量のゴミを置かれていた。
 さすがに清々しい朝からこんな嫌がらせをするとさすがの私も落ち込みます。
 適当に箒でゴミを掃いて、机と椅子を担任の先生に頼んで、新たに用意してもらいました。
 一人でせっせと運んでいると後ろから蹴られ体勢を崩して転倒しましたが、
 なんとか私はバカみたいに微笑んで何事もなかったように教室まで運びました。
 にははは。
 笑ってないと、本当に泣いちゃうよ。

 ○月○日
 このクラスにおける私の位置付けは格好のいじめのターゲットとして認識されているようだ。
 それはそうであろう。
 私は薄汚れている血を引いている。それだけで苛められる理由としては立派なものだ。
 去年、私を苛めていたリーダ格といじめグループの数人が同じクラスにいるので、
 私がどういう風に苛められていたのかすでにこのクラスに知れ渡っているだろう。
 主犯格がこのクラスの中心的人物としてなりおおせてしまった。人を惹きつける
 カリスマみたいなものがあります。
 そのおかげで私はクラス中から苛められつつあります。私に関わろうとする人はいなくなり、
 話し掛けようとしても無視されます。
 あーあー。
 学校に行くのは嫌になってきたよ。

 ○月○日
 まるでドラマのような出来事がありました。
 こんな薄汚れた者の血を引いている私を助けてくれるような正義の味方が颯爽に現われたのです。
 その人の名前は、桧山剛さん。
 男子生徒たちから暴行されている私を助けようとしてくれた人。
 私の存在を無視せずに優しく慰めてくれる人。誰かに優しくしてもらったのは、
 本当に久しぶりで桧山さんの前で嬉しくて泣いてしまいました。だって、本当に嬉しかったもん。
 その後、桧山さんが何かをごちそうするとコンビニまで一緒に行って、
 特製のあんまんをご馳走になりました。
 大きめなあんこの粒と口の中を広がる甘さは頬がとろけるぐらいに美味しかった。
 おかげで、人前、いえ、桧山さんの前でとんだ失態を見せてしまいました。

 これ、おいしいにゃーーーーー!! にゃにゃーー!!

 って叫んじゃったよ。今を思い出すと顔を真っ赤にして、穴に入りたいですよ。
 でも、桧山さんは私の事について何も知らないから、ああやって普通の女の子と同様に
 接してくれるんですよね? 
 もし、私の家の境遇、私が薄汚れている理由を知ってしまえば、他の人と同じように
 離れていきますよ。きっと。

 ○月○日
 夢のような一日から覚めて、絶望だけの一日が始まろうとしていた。
 桧山さんと一緒にいたいという気持ちが強くなってしまっているのに、
 私は桧山さんに拒絶されるのがとても恐かった。
 だから、昨日の出来事は私にとっては夢。神様がほんの一時だけ見せた、楽しい夢だから。
 私は桧山さんの事を忘れなければならなかった。
 苛めグループからの仕返しがあると予測していたというのに、今日はまだ何もありません。
 そのまま、ずるずると昼休みの時間になってゆく。私は昼食を摂らずにただ一人ぽつんと
 自分の席に座っていました。
 だって、昼食を食べるお金がないもん。
 そんな風にお腹が空いているのに何事もなく平静を保っている私に
 待ち望んでいた来訪者が現われます。
 当然、私の桧山さんです。
 桧山さんが一緒にお昼を食べようと誘ってくれた時は涙が出そうになる程に嬉しかった。
 それに胸の鼓動が熱くなっていくのがわかります。
 お弁当を持ってきたのと聞かれた時はほんの少し焦りました。
 わたしが貧乏な子でお昼にお弁当を作れる経済的な余裕がない事。
 そんな恥かしい事を知られたくなかったけど、桧山さんに怪しまれるのも嫌だったので、
 正直に告白しました。
 私の家が貧乏で、お母さんが朝から晩まで働いてなんとか生活をしていること。
 お昼を食べるお金もないから、いつもお腹を空かしたままでいること。
 これ以上、貧乏な私いても、桧山さんには何の利点もないこと。普通の人なら、
 私が貧乏というだけで去ってゆきます。
 でも、桧山さんは違いました。
 私がどのような境遇や貧乏でも関係ない。私とただ一緒にお話をしたかった。
 普通の人にとっては何でもないことでも、私にとっては本当にかけがえない物だった。
 たった一人でいることはどれだけ寂しいことなのか充分に理解している。
 当たり前の事を望んでくれている桧山さんに抱き付きたい焦燥にかられますが。
 私といると不幸になるのはすでにわかりきったことです。
 薄汚れている血を引いている私が傍にいれば、大多数の人間から迫害を受けることになります。
 桧山さんえをこっちの世界に引き連れちゃダメなんです。
 黙って立ち去ろうとすると、私の豪勢な腹の音を聞かせてしまいました。
 ううっ。今日も桧山さんに恥かしいところをみせちゃいました。
 心配した桧山さんが食堂までコッペパンを買ってきてくれた。
 私はコッペパンを恐る恐る頂くとあまりのおいしさに再び大声で騒いでしまう。
 これで桧山さんに恥かしいところを見せるのは何回目だろうか? 
 でも、コッペパンありがとう桧山さん。

 放課後に一緒に遊ぶ約束をしたので、私はずっと教室で待っていました。
 ようやく、桧山さんが訪れると今日の約束はなかったことにして欲しいと頼まれました。
 風紀委員のお仕事じゃあ、仕方ありませんね。でも、問題は私たちの間に入ってきた女。
 私の桧山さんに馴々しく『剛君』と名前で呼んでいました。
 視線が合うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。女にしかわからない挑戦的な眼差しで
 見下していました。
 更に私に見せ付けるように桧山さんの腕を組んで、必要以上に体を引き付けている。
 
 桧山さんにとって、あの女は友達、恋人、どっちなんですか? 
 そこには愛があるんですか?
 優しい桧山さんがお情けでそういうフリをしているんですよね。

 桧山さんは私にとって何なの?

 日記をようやく書き上げると幸福感に包まれると同時に不安になった。
 今日一日の出来事を日記に書いている時ですら、あの女の存在が頭を霞む。
 あの女の瞳は桧山さんに恋をしている目だ。
 その端正なる顔立ちから予想できない程に異常な独占欲を持っている。
 桧山さんに寄ってくる女の子たちを徹底的に追い払う女の執念。
 これ以上に私と桧山さんが親しくならないように、あの女はあらゆる手段で二人を引き離すはず。
 ならば、わたしはどうすればいいのだろう?
 苛められている私に強敵に抗う手段は皆無だ。
 恋する少女の果てしない想いに打ち勝つ事は私には無理。
 私にとって、桧山さんはただのお友達でもなくて、ただ私を同情を寄せてくれる人に過ぎない。
 それは彼にもよくわかっているはずだ。薄汚れている私に好意を寄せてくれている人間は
 この世にいるはずがないのだ。

 でも、一人でいるのは寂しいんだよ。

 人間が一人きりで生きることはできっこない。

 裏切られるとわかっていても、心はあなたを求めてしまう。

 桧山さん。

 あなたの事を好きになってもいいですか?

 私の想いが桧山さんを苦しめることになっても、私はあなたの事を想い続けてしまいますよ。
 だから、あの女に桧山さんを絶対に渡さない。

 離れない。

 ずっと、一緒にいるよ。

 あの人は私のものだから。


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