雪桜の舞う時に 第4回
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 二人で仲良く昼食をとっている和やかな光景を盗み見をしている私の胸は混沌の空のように
 深い奈落の底に墜ちていた。
 私というものがありながら、剛君は他の女とた、楽しく過ごしているという現実を
 全く受け入れることはできなかった。
 だって、引っ越してきてからいつも一緒じゃなかったけど、クラスメイトの女子よりも
 ずっと近い場所にいる私が昼食を食べようと誘っているのに。
 どうして? どうしてなの? あんなコッペパンが美味しいとかほざいている
 天然ボケ娘と食べているの?
 先客がいるから、断られた。
 私よりも、あんな小娘の方がいいんだ。
 剛君、剛君。
 ダメだよ。
 私以外の女の子に手を付けるなんて。
 絶対にそんな事は許さない。
 私から剛君を奪おうとする、雪桜というクズ女の情報をまず先に入手せねば。
 それに、放課後は二人を引き離す策が発動するんだし。この恋の勝負は私の方が断然に有利だ。
 奥底から溢れだす笑いを抑えながら、さっさと放課後になるように私は祈った。

 長々と続く授業の終了を報せるチャイムの音が学校中に響き渡ると俺はノ−トと教科書を
 机の中にしまいこんで、安堵の息を吐いた。
 これで今日一日何事もなく学校は終わってゆくはずだった。
 授業終了直後に瑠依がやってくるまでは。
「剛君にお願いがあるんだけど……」
 恋する乙女のようにもじもじと掌と掌を合わせて、瑠依は言った。
「今から文化祭のためにいろいろと動かないといけないの。一応、風紀委員も生徒会の雑用として、
 校内の見回りの強化と変なモノを作っているのかクラス毎にチェックしないといけないの。
 他の部や内山田君の様子まで探らないといけないから、剛君の猫の手でも借りたいの?」
「俺、かなり無関係じゃん……」
「そんな態度でいいのかな……。先月の担任のお見合い騒動で賭博していたことをバラすよ。
 大締めでたくさん儲けたことも徹底的にバラすから」
「なんだってっっ!!」
「更に校長先生や教頭先生のカツラ疑惑を新聞部に無理矢理記事にしようとしたこととか。
 保健の先生が男子生徒を誘惑して、童貞を奪い捲っている噂を流した張本人だったこともね」
 う、うみゅ。
 餓えた虎め。カップラーメンの恨みはそこまで根を持っていたのか。
「わかった。その、風紀委員の猫として、俺は新たなフロンティアとして羽撃くことにするから。
 お願いだから、バラさないで」
「わかればよろしい」
 恐ろしい虎はその返事で満足したのか、残酷な笑みを浮かべていた。
 勝利の余韻に触れているところ悪いのだが、俺は雪桜さんのお約束がある。
 放課後にお話をする機会をせっかくに作ったのにね。
「ちょっとだけ時間をくれ。放課後、友人と遊ぶ約束をしていたんだ。瑠依の風紀委員の活動は、
 友人に断ってからでもいいだろ」
「ゆ、ゆ、友人ねぇ。剛君って、誰と遊ぼうとしていたのかな」
 冷たい殺気を解き放ち、怒気を篭もらせた声で瑠依は俺をジト目で見る。昨日の瑠依よりも
 数倍以上の戦闘能力を感じてしまう。さすがは鬼の風紀委員たちを統べる女。
「別に誰だっていいだろ」
「よくないよ。変な人に誑かせたら、おじさんやおばさんになんて言えばいいのよ」
「いや、まともな人だから」
「まさか、女の子と逢引きしているんじゃあ? そんな事になったら、その女の子を精神科と
 カウンセラーに通わせて、あなたに傷つけられた心の痛みを癒さないと」
「俺はそんな鬼畜じゃありません」
 こいつは一体俺の事をどういう風に思っているんだ? 瑠依と付き合いは充分に長いが
 いつも扱いが非道いように思う。
「まあ。その女の子には当分行けないってちゃんと言った方がいいよ。
 私は遠いとこから見ててあげるから」
「へいへい」
 適当に相槌を打っていると担任が急いで教室に入ってきた。
 これから、始まる帰りのホームルームは当然、担任の見合い報告記者会見へと変貌してゆくのだ。

 2ーE組に向かってみるとすでに帰りのホームルームは終わっていた。
 うちのホームルームは担任の記者会見を終わった直後に、緊急株主総会もどきが始まったおかげで
 少し遅くなってしまった。
 何か担任の黒岩先生が初めて見合い相手の二回目の待ち合わせ日が決まったことで、
 クラスの連中が大騒ぎしていた。
 これで黒岩先生が結婚してしまうと、株が暴落するので、あれこれと妨害工作を練っていた。
(本人の目の前で)
 ともあれ、俺はクラスの中から一人ぼっちで待っている雪桜さんに
 お断わりの話をしないといかない。
 後ろには恐ろしい虎が狂暴な牙を出して、見張っているので、もう後には引けない。
「あっ。桧山君」
「待ったか?」
「ううん、待ってないよ。今日もどこかに連れていってくれるの?」
 天使のような微笑みに俺の良心が酷く傷んだ。
 この笑顔を裏切る事を言う俺をどうかお許しください。
「ごめんなさい。ちょっと急用が入った。当分の間、風紀委員の手伝いをやるはめになった」
「そうなんだ」
「その代わり、昼休みは一緒に食おうぜ。明日はちゃんとお弁当を作ってきてあげるから」
「はぅ。いいんですか?」
「当然だろ」
 オドオドした子犬のように雪桜さんは上目遣いで俺を見て。また微笑んだ。
 この人の笑顔はいつも俺の落ち込んだ心の闇を癒してくれる。
「剛君。もういいでしょう。早くしないと風紀委員の集会に遅れるよ」
「わかってるって」
 せっかくいいムードだったのに背後の虎が邪魔するように吠えてきた。
 雪桜さんと瑠依の視線が一瞬合ったように思えたが、
 何事もなく雪桜さんの存在がなかったように瑠依はせっせと俺の腕を自分の腕に組ませる。
 あの、胸に当たっているんですけど?
 柔らかな感触に感動を覚えつつ、俺たちは2−E組を後にした。
 ただ、退出しようとした時の雪桜さんが寂しそうな表情を浮かべていたように思えるけど。
 気のせいかな?

 風紀委員の活動は極に単純な任務であった。
 校則違反をしている奴がいれば、この竹刀で成敗しろと。
 この虎が統べる風紀委員の猛者どもは人外を超えた気迫で忠実に校則の最初から最後まで
 読み上げる姿は某本店の研修活動に似ている。
「今回の目的は文化祭における破壊工作及びテロ活動を企んでいる内山田派を今度こそ
 一網打尽にして、退学に追い込みましょう。正義は我にアリ。
 白き風紀委員たちよ。黒き素行の悪い生徒たちの明日を狩れ。
 委員会は以上で終了します」
 瑠依の歴史に残るかもしれない名演説に風紀委員一同で教室は拍手で包まれた。
 臨時の風紀委員も大袈裟に盛り上げるために微力ながらも協力してやろう。
「ブラボーブラボーーーー!! お前ら最高だっっ!! 特に竹刀を持っている姿は
 正直に痛いぜーーー!!」
 拍手が一同に鳴り止んで、風紀委員たちは俺の睨むような視線が集まってくる。
 うん。見事に地雷を踏んだね。パパ。
「じ、じ、じゃあ解散しますっっっつ!!」
 虎の一言で委員会は終了。ありがとう、虎。命の恩人だ。
 こうして、初めての風紀委員会は臨時委員として全員に顔と名前を知られることになりました。
 めでたしめでたし。

 委員会終了後、一緒に帰っていると俺は瑠依に当然のごとく叱咤されていた。
 あの場を盛り上げるために男として売れない芸人さんの魂を受け継ぐ者として
 懸命に頑張っていたというのに。
 瑠依はムスっと不機嫌モードになって、俺は気を遣ってつまらないジョークを連発していたが。
「剛君が風紀委員の皆の暴言について怒っているわけじゃないよ。あっ。でも。忠告しておくと、
 竹刀の件については命が欲しかったら今後一切何も言わない方がいいよ」
「肝にめんじておきます」
 権力を持っている虎の子分たちに喧嘩を売る勇気は俺にはありません。
 キングオブヘタレと言われようが、命よりも大切な物はない。
「そういえば、あの2−E組の女の子は剛君の何?」
「何って言われてもな……」
 雪桜さんと知り合ったのは昨日であって、友達や親友とかそんな親しい関係に発展していると
 俺は思えなかったので曖昧に答えるしかなかろう。
 だが、瑠依は顔を赤面させて速口言葉を連発してきた。
「友達、恋人、婚約、親友、愛人、二人の間には愛はあるの? すでに出来上がっているの?
 付き合っているの?」
「黙秘権を行使します」
「ええっっ!! やっぱり、嫌らしい関係なんだ」
 もう、人の話を聞く気はないだろオマエ。
 いろいろと雪桜さんと俺の間について、詮索してくる瑠依を欝陶しく思いながら。
 今日の晩飯の献立を考えていた。
「もしかして、私が想像していた以上に二人の仲が進んでるのかな。やばいよ。
 剛君は超がつくほど奥手なのに……。うわっっ」
「うん? 何か言った」
「なんでもないからね。気にしないで」
 更に頬を上気している瑠依は風邪でもひいたんじゃないのかってぐらいに赤くなっていた。
 隣人に住んでいて、いろいろと世話を焼いてくれている女の子の体の調子を悪くなると
 さすがは気になってしまう。
「本当に大丈夫か?」
 優しく額に俺の手を当てる。熱はないと思うんだけど、体温は更に上がっているように思える。
 顔はぷっくらの赤く染まっている。
「つ、つ、つ、剛君。お、お、女の子に無断で体を触るとせ、セクハラだよっ!」
「これは必要な処置だし、セクハラじゃないでしょ」
「う、う、うみゅっ……」
 まともな正論に瑠依は言い返すこともできずに顔を真っ赤にしたまま、
 帰り道を一人で先に歩こうとする。俺はその後を黙ってついてゆく。
 怒らせた瑠依の処置は簡単だ。帰ったら、おいしい料理をご馳走してやろう。
 今まで機嫌が悪い時はこれで餓えた虎を飼い馴らしていたんだから。
 今日も上手くゆくだろう。
 ついでにスーパーに寄って、雪桜さんのためにお弁当のおかずも買ってやろう。
 雪桜さんの好みは全然知らないけど、その辺は今日は適当にして、
 明日から雪桜さんの舌に合う料理を作らねばならない。
 放課後には風紀委員の活動もあることだし、これからはいろいろと忙しくなるぞ。

 それにしても、四月から九月に行なわれる文化祭のための見回りの強化を行なうって
 少しおかしいような気もするが。
 まあ、うちの学校は変人が多いし。今から取り締まりを強化しないといけないのかな。

 と、この時は瑠依が仕掛けた策だと俺は全く気付いていなかった。


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