雪桜の舞う時に 第3回
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 朝がやってきた。
 眩しい朝日がカーテンの隙間から光が入ってくる。
 ついでに時計がうるさく鳴っているので、乱暴に止めた。
 
 気持ちいい布団から抜け出して、居間へと向かう。
 慣れた手付きで学園指定の制服を着て、寝呆けながら買い溜めしていた食パンを一枚を口に啣える。
 一人暮らしをしているせいか、大抵の家事はめんどくさいので朝は何もせずに
 学校から帰ってきてから、家事を健気にこなそう。
 少し余裕を持って、家を出てきたので少しのんびりとしていても、
 学校に遅刻することはないだろう。
 いつもの桜通りの通学路の散ってゆく桜を眺めながら、昨日の出来事について考えてみた。

 苛められていた女の子、雪桜志穂。

 彼女と知り合う機会になったのは、俺が苛めっ子グループからさんざん蹴られている
 彼女の姿を見ていたら、
 傍観をして関わりになりたくないと思っていた俺が恥かしい存在に思えた。
 助けた後も必死に俺との距離を測ろうとしていたが、強引に俺がおごってやると誘って、
 コンビニであんまんをご馳走した。

 幸せそうにあんまんを食べる雪桜さんの蔓延なる笑顔を見てしまうと、
 誰もが恋に落ちてしまうだろう。
 俺の場合は、雪桜さんの微笑みに癒された。隣に住んでいる瑠依とは全く違う。
 あっちは、がさつで騒動しくて暴力的だ。
 瑠依も雪桜さんの半分以上の垢を飲ませてやりたいよ。

 その雪桜さんとは残念ながら、クラスが違うのでどういう風に接点を持てばいいのか、
 正直わからない。
 クラスが一緒だったら、短い休み時間にいろいろとお喋りできるのに。
 残念ながら、昼休みと放課後ぐらいしか雪桜さんに会いに行ける時間はなさそうだ。
 
 それに彼女の事は全く知らないので、会っても何を話せばいいのやら? 
 昨日も俺一人だけが無駄に喋っていたような気がする。気を悪くしてなければいいのだが。
 ならば、俺にできることは一つ。
 友人の内山田に泣きながら頼ろうっと。

 学校に着くと俺は教室に直行していた。廊下を走るなと言われんばかりについ走っていた。
 朝から無駄に体力を消費していると後から疲労がたっぷりとやってくるが。そんな事はどうでもいい。
 勢いよく2−B組のプレートが置かれている教室のドアを開く。
 その勢いで教室にいるクラスメイトの視線が俺に集まってくるが、どうでもいい。内山田の姿を探す。
 いた。
 窓際の席で友達と喋っている。なんて、ラッキーなんだ俺。
「内山田」
「つよちゃんだぁーー!!」
 俺の声に敏感に反応して嬉しそうにこっちに駆け寄ってくる。
 友達とお喋りを中断してまでやってくるなよと口に出しそうになったが、この展開には都合がいい。
「うふふふふ。つよちゃんつよちゃんつよちゃん」
「そう人の名前を連呼するな。ってか、もう少し離れてくれ。女子に誤解させるだろ」
「むっ。ボクの事を嫌いになったの?」
 麗しい瞳をうるうるさせて、上目遣いで内山田は俺を見る。

 ちなみに、彼は男である。

 ただし、その表面は立派な女の子の姿をしている。
 男のくせに女の子のような白くてスベスベな肌。女の子よりも可愛らしい容姿をして、
 黒く清楚な長い髪を白いリボンを結んでいる。
 声も声変わりしていないのか、穏やかなでアニメ声だ。
 更に変わったことに学園指定の男子生徒の服を嫌がり、女子生徒の服を着用している。
 もし、何も知らない人間が内山田を見てしまうと可憐な少女だと勘違いしてしまうだろう。
 俺も時々、その仕草にドキッとしてしまうことはある。
 ともあれ、その誰も同じようにテンションよく接するので男女問わずに人気は高い。
 恐らく、この学園で知らない人間がいないぐらいに。

 本名は、内山田 紺太(うちやまだ こんた)って名前なのに。
 ちなみに名字はギリギリOKだが、名前で呼ぶとキレる。

「嫌いもクソもあるか。俺はお前に頼み込み事があるんだよ」
「へえ、なになに? 担任のお見合いの失敗談なら無料で提供するよ」
「さすがにそんな情報が無料で手に入るのって、先生に悪いような気がする」
 ちなみに婚期を焦っている担任のお見合いは50敗。ある意味、王道に乗りました。
 ギネスの記録に載りそうで恐い。
「だったら、なんだよー」
「雪桜志穂って子について知りたいんだけど」
「がっぴょうぴょうーーーーーーんんんんーーーー!!」
 ああ。何か壊れましたよ。この人。
「ボクというものがありながら、つよちゃんは他の女のとこに走るの!!」
「その周囲の誤解を煽るような事は言うな」

 

「だって、そうでしょう。ボクの初恋はつよちゃんなんだから。
 ボク、つよちゃんにとって、なんなのよっ!!
 ねぇ? つよちゃんにとって、ボクはなんなの
 単なる、お友達なの?
 つよちゃんからキスしてきたことないじゃないっ!!
 抱き締められたこともないじゃない。
 あの桃源郷の出来事はボクの精一杯の勇気だったんだよ。
 でも、つよちゃんは何も応えてくれなかった。
 そう、最後まで。
 今ここでボクの事が好きなのか、このクラスメイトの目の前ではっきりと答えて。
 嫌いなら嫌いって、はっきり言ってよ……っ!!
 ボクに気のあるそぶりを見せないでよっ!!
 そうしないとボク、つよちゃんのこと、
 いつまでも想い続けちゃうじゃない……っ!! 
 苦しいんだから……っ!! 
 想い続けているのは、とっても苦しいんだから……っ!!」

 クラスメイトたちの視線が俺を再び襲う。
 この修羅場もどきは一体どうやって乗り越えてゆけばいいんだ。
 明きからに面白半分で天然ボケを装っている内山田に殺意を覚えるが、
 雪桜さんのために耐えるしかあるまい。
「だから、男と付き合う趣味はないってのっ!!」
「うわーん。つよちゃんに玩ばれたよっっ!!」
 嘘泣きをしながら、女子生徒グループのいるところに突き走ってゆく。
 何か女子生徒たちに慰められているし。うわっ。俺は深々と嘆息をしていた。
 こんな友人に頼ろうとしていたのが間違いだったことに今更気付いたのだ。

 貴重な朝の時間は精神的疲労と体力的疲労を抱えたまま、非情にもホームルームを
 報せるチャイムが鳴った。
 ちくしょう。
 退屈な授業は過ぎてゆくと、俺が居眠りしている間に昼休みとなっていた。
 おお、時間が過ぎてゆくのがこんなに嬉しいと思ったことはない。
 朝から楽しみにしていた雪桜さんと親友になろうという俺の密かな野望を実行計画を開始する。
 餓えた腹の音を気にせずに椅子から立ち上がろうとしていた時だった。
 瑠依が少し不機嫌なツラを見せながら、俺を起きるのを待っていたのか。ずっと、立ち尽くしていた。

「剛君。一緒に食堂でお昼食べない?」
「えっ?」
 昨夜のカップラーメン事件の事を思い出される。
 ああ見えても、食物の恨みは恐ろしい惨劇を生む。
 人懐っこい笑顔を浮かべている瑠依は何かを企んでいるように見えてしまう。
 まさか、食堂のフルコースを頼んで、その代金の全てを俺に奢らせるつもりか?
 危険だ。危険じゃよ。
「いや。もう、すでに先客がいるんで。ごめんな」
「そうなんだ」
 餓えた虎を寂しそうに去ってゆく。ふふっ。その手には乗ってたまるか。
 先客がいるっていうのは嘘だが、雪桜さんと一緒に昼休みを食事をしたいから仕方ない。
 早く安全圏まで非難せねば。
 雪桜さんのいるのは2−E組だな。
 とりあえず、なんて言って誘えばいいんだ。

 思っている以上にチキン野郎なのか、2−E組の前に行くと足が立ちすくんでいる。
 緊張してカチンコチンと固まっていた。女の子と一緒にお昼を食べようと誘うだけで
 これだけ神経を使うのは思ってもいなかったよ。
 お目当ての人物を廊下側の窓からこっそりと探していた。
 どうか、教室にいますように神様に祈るような気持ちで視点を左右に動かす。
 いたっ!!

 机で一人で寂しそうに座っている雪桜さん。
 他の2−E組の生徒は仲良しグループを結成して、その輪から外れた場所に雪桜さんはいた。
 お昼はもう食べたのかどうかわからないが、たった一人でいるのは本当に哀しそうに見えた。
 ああ、淀んでいる。誰でもいいから、雪桜さんを輪に入れてやれよ。クラスメイトだろ?
 少し憤慨に思ってしまったが。
 俺は勇気を持って、他のクラスに入り込んで、雪桜さんの席に向かって歩く。
「よう、一緒にお昼食べないか?」
「えっ?」
 雪桜さんが大袈裟に動揺していた。そのオドオドした態度が妙に可愛いく見えてしまう。
「ど、どうしてわたしなんかを」
「そりゃ、雪桜さんと一緒にお昼を食べたいからだよ。昨日はちゃんとしたお話もできなかった
 から、昼休みぐらいのんびりとお話をしながら」
「ううっ。こんな、私を誘ってくれるなんて……」
 嬉しそうな表情を浮かべる雪桜さんの姿を見れただけで、本当に誘って良かったと思ってる。
 さっきから気になっているのはここのクラスメイトたちの視線が俺たちに集まっているような
 気もしなくはないが、すでに視線を浴びているのは慣れてしまった。
「じゃあ、食堂でも行こうか。雪桜さんはお弁当?」
「あ、あ、の。それがですね」
 顔を真っ赤にしながら、雪桜さんは困ったそうに言った。
「とりあえず、屋上に行きませんか?」

 春の穏やかな風が吹いている。二人を祝福するかのように吹いていた。
 昼休みの時間だとはいえ、何もない退屈なこの場所には生徒たちの姿は見えなかった。
 そう、今ここにいるのは俺と雪桜さんの二人のみ。
 雪桜さんがここに呼び出したってことに少なからず、何かを期待してしまう俺がいる。 
 だが、雪桜さんの口から出た言葉は俺が予想すらしていなかったことだ。
「そのごめんなさい。わたし、お弁当がないんです。ううん。正確には、
 昼食を買うお金がないんです」
「それはどういう意味なんだ?」
「私の家はとても貧乏なんです。お母さん一人の収入でなんとか食べていける状態で。
 学園に通っていられるのも、お母さんが朝から晩まで私のために働いてくれるおかげなんです。
 桧山さんにこんなことをお話をしても仕方ないんだけど、貧乏な私とこれ以上関わると
 あなたも不幸にしています」
「そんなことで今更、雪桜さんとの付き合い方を変えるなんてしないよ。
 貧乏だろうが、昼食が食べられなくても、雪桜さんとお話をしたかったんだよ」
「ありがとう。でも、ごめんなさい」
 軽く会釈をして、立ち去ろうとする雪桜さんから腹の音がグーと鳴っていた。
 意外にも雪桜さん自身は予知もしなかったことだろう。本当にお腹を空かせているなら、
 俺に言ってくれればいいのに。

「にゃあ。これはですね」
「食堂でパンを買ってくるよ。二人で仲良く分けようぜ」
「あぅぅぅぅ。すみません」
 白い肌の面積がなくなるぐらいに顔を赤面している雪桜さんのために俺は急いで
 食堂に向かうことにしよう。
 昼休みからしばらくの時間が流れていたので、おいしいパンはすでに売り切れていた。
 人気もなく売れ残っていたマズいと評判のコッペパンを二つと飲み物を買ってきた。
 元気よく駆け出したのはいいのに、こんなモノを雪桜さんを与えてしまうのはよくはない。
「雪桜さん。ごめんなさい。コッペパンしか用意できなかった」
「ふにゃー!! コッペパンってご馳走じゃないですか。うわっっ。
 本当にコレ食べていいんですか?」
「ええ、どうぞ」
「わーい」
 あのクソ不味いパンをご馳走と言う雪桜さんは美味しそうに食べる。
 一体、普段の雪桜さんの食生活はどんなものかと謎に思ってしまうが、
 成長期の女の子としてはもっと栄養を摂った方が良くはないか? 
 少しやつれている雪桜さんはいかにも病人のように手首が細く、顔も生気がない。
 半分、死人のようなものだ。
 こりゃ、明日からは俺がお弁当を作ってやらないと。


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