永遠の願い 第8話
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屋上にはまばらにお昼休みを過ごす人影があった。
この学校の屋上は跳ね返りのある高めのフェンスが作られていて、
誤って落ちることはもちろん、登って自殺を試みることもできないようになっている。
その代わりにコンクリート張りのそこには吹きさらしのベンチが点々と設置されていて、
お昼をいただくにはもってこいのロケーションになっていた。
たまに晴海とここに来て食べることもあったりしたが、あと1年で卒業し、
お互い大学生になるのだと思うと少々感慨深いものがある。
学校の成績優秀者として首都の一流大を目指す、などという気概は俺にはなく、適当に晴海と、
この学校が所属する大学へ進学するつもりでいたから、進路で悩むようなことはない。
晴海こそ、首都の大学受験すればいいものを、「孝人と離れ離れになったら誰が世話焼くのー?」
と、姉か母にでもなったかのような過干渉ぶりを見せた。
うっとおしい、などと思ったことはない。
正直、当たり前のようになっていることに単に身を任せているだけだ。

晴海と肩を並べ、時間が過ぎ、榊さんが来るのを待つ。
こいつは、なぜ榊さんとお昼を食べたいなどと言い出したんだろう。
俺と二人だけがいい、静かだからそのほうが、などといってはばからなかったやつが。
「孝人、今日のお弁当は鮭の切り身とほうれん草のおひたしと……」
弁当のメニューを逐一報告しながら、包みを解き、弁当の蓋を開けて中身を見せる。
「大学芋に、味のりご飯〜」
その海苔は、蓋につかないようにするために上からラップを乗せられていて、
晴海がそれを取り除くと、水気を吸ってご飯に張り付いた味海苔がお目見えする。
素朴ながら、晴海らしいひとつひとつの工夫の感じられる献立だった。
魚、野菜、イモ類、米、海藻。
イモにもご飯にも黒ごまを振ってあり、ご飯の真ん中には梅干が鎮座している。
数える間もなく、晴海の詰め込んだ気持ち一杯の弁当だった。
「昨日はとんかつだったから、今日はお魚中心でいってみようと思うんだ」
「今日はまたうまそうだな。いただきます」
「はい、どうぞ」
自分の分に、箸をつけようと、手にもつべきそれを探した。
いつもなら、俺の分の弁当箱のあたりにあるはずのそれ。
だが、今日はそれらしいものは見当たらない。
「晴海」
探しながら呼びつけるように名を告げた。
「なになに?」
「箸がないぞ」
晴海の顔を見る。見慣れた端正な表情だ。
「あ……ごめん、忘れてた」
「ごめんじゃないだろ、箸がなかったらどうやって……」
「困ったな、どうしよう」
どうやら本当に失念していたようだ。
何か変な考え事をしていたのか? 晴海らしくもない。
いや、彼女がらしくなくなっているのは、きっと榊さんの関連があったからだと思うのだが。
昨日から、ずっと榊さんのことで晴海が機嫌が悪そうだったから。
まだその榊さんはこない。
晴海のやつ、何をそんなに気を揉んでいるんだ。
晴海は晴海で、榊さんとは関係ないだろうが。
「どうしようっていってもな……」
「私の分だけあってもだめだよね。うーん」
「うーんとかいってもどうにもならないぞ。
あれだ、売店に割り箸あると思うからちょっと言ってくる」
「ちょっと待って……待って、大丈夫だから」
俺が席を立って晴海から離れようとしたとき、晴海に腕を捕まれる。
「何がどう大丈夫なんだ? 何かいい案でも浮かんだか?」
「……私の箸で、食べさせてあげるから」

「はぁ?」
食べさせる、といった。
その単語をちょっとだけ頭の中でぐるぐるぐると回して、すぐにその意味を感づいた。
「間接ディープキスだな」
「っ、ち、違う、かんせつ、キスなのはそうだけど、ディープじゃないよ……」
「あれだろ、口に入れてもらったときに、少し先を舐めるかもしれないし」
「やぁぁ、そんな変なことしないで……」
「恥ずかしいなら別に無理しなくていいんだぞ」
晴海の隣に座りなおす。
今の晴海は、見て分かるほど顔を紅潮させていた。
自分で申し出て自分で自爆しているんだから世話ない。
まったく、こいつはどこからエロネタの材料を持ってくるんだか。
こつこつと肩と肩が触れあい、晴海が自分の分を寄せて、
俺の分を自分の膝に乗せ、箸をその右手に持った。
「む、無理じゃない。無理じゃないから、え、えと、孝人、まず、何から食べたい?」
「何からって言ってもな。晴海本当に大丈夫なのか?」
「は、恥ずかしいより、孝人が困っているほうが辛いから、だから、早く食べたいもの、言ってよ」
晴海を左肩に感じる。
肌が触れ合うことって、今までもけしてないわけじゃなかったが、
改めてこうして触れ合っているのは、どこか緊張してしまう。
それ以上に、晴海が今やろうとしているのは、恋人たち御用達の、「あーんパク」である。
それがどれほど周りの目を引くのかを想像するだけで、この場を立たずにはいられなくなる。
どうあっても、かわせない、逃れられないこの状況。
甘んじて、受け入れるしかないのだろうか。
そう、半ば諦めかけていた俺たちの目の前に。
「孝人さん、お待たせしました」
約束の少女、榊幸奈は、プラスチックのパックを左手に、飲み物のパックを右手に現れた。

彼女が近づいてくる足音すら気づくことができなかった。
箸のことで揉めていた俺たちは、声をかけられてふと彼女の姿を見上げる。
「あ、ああ、榊さん、来てくれてありがとう」
「いえ……来たくて来たんですから、お礼はいりません。それより、お隣よろしいでしょうか」
「ん、いいぞ」
「ええどうぞどうぞ、はい、榊さんはこっちへ」
と、俺が榊さんを招きいれようとしたとたんに、
晴海が俺の隣側のベンチの隙間を無くすかのように無理矢理端へ追いやった。
抵抗するつもりもなくそのまま俺は晴海の意図のままに位置をずらされた。
なんとなく窮屈なのは、この際省こう。
晴海の尻に押しやられている事実が、どこか得をしたように感じるのは、この際考えないでおこう。
「あの……」
「用事があって呼んだのは私なんだから、こっちじゃないと孝人に迷惑かけるよ?」
迷惑をかけるという言葉の意味がいまいちつかめない。
晴海を見れば、どこかあせっているようにも思え、
また、剥き出しの何かどす黒いものを思わせるようだった。
榊さんに対して何もそこまですることないんじゃないか。
晴海はどういった気持ちで俺を見ているか知らないが、
そこまで榊さんに嫌悪を見せることないだろう。
「俺は全然迷惑しないんだが」
「孝人ってば、無理はだめだよ」
「別に無理なんかしてないぞ」
「そんなこと言って。これから榊さんとの話がどうなるかわかる癖に」
「そりゃ大体予想はつくがな。まあ、そこまでいうなら、今俺の座ってるところに榊さん譲る。
俺は二人の前でメシ食えばいいだけだろ」
「……むー」
「席次は決まりましたか?」
晴海とのなんとなく馬鹿馬鹿しいやり取りを、榊さんはずっと静観していた。
表情こそ豊かなものではないのだが、俺たちのやり取りについては
それほど感情を揺らしているようではなかった。
何者にも動じず、晴海のようにあわてもせず。
俺は、席を立ってそこに榊さんを招いて、二人の真正面に腰をおろした。

 

晴海と榊さんが隣り合わせ、俺はその二人を鑑賞する。
晴海は完全さをその身で証明するような、華やかさと穏やかさを両立させていた。
榊さんは、小柄な中に知的な気品に溢れ、それでいて静かな水の流れを思わせた。
「孝人、このお箸使って。私の分は後で……」
「孝人さん、この割り箸どうぞ使ってください。まだ口をつけていないので、
間接キスにはなりませんよ」
「……っ!?」
「あー、それなら榊さんのほうがいいか。
晴海のは、いつも晴海が使ってるから本気で間接ディープキスになりかねない」
と、榊さんの差し出した、まだ割っていない割り箸を受け取る。
みしっ、と、箸がこすれ合うような音が晴海の手の中で鳴ったのを聞こえたが、
とりあえず考えないことに。
「でもこれじゃ、榊さん食えないだろ?」
「いえ、私はお寿司のセットパックなので、素手でも大丈夫です」
「寿司って、うちの学校じゃ学食でも売店でも扱っていなかったような……」
「すぐそこのスーパーに行って買ってきたから、遅くなったんです。
ちょっと出遅れて、パンが売り切れだったので……屋上というお約束なので、
学食を食べるわけにもいきませんし」
もっともらしい理屈である。
「榊さん、いくら近くにスーパーがあるからって、お昼休みに買いに行くのは怒られるよ?」
晴海が隣に、けん制するように視線をやりながら突付いた。
「そうだぞ、それはあまり、認められたものじゃないな」
なんとなく便乗する形ではあるが……だが、俺はすぐその棘を引っ込めないといけない気がした。
「まあそのおかげで箸が手に入ったから、今回だけは大目に見るか。ありがとう榊さん」
「いえ、ケガの功名ですから。校則違反のような真似をしてまで遅れてすみません」
「気にすることないない。とにかく食おうぜ」
目の前に晴海の弁当をお預けされていたのだ。
鳴る空腹を押さえ込むのはもう限界だった。
榊さんの渡してくれた割り箸ではあるが、榊さんのものではない。
そう信じて、俺は晴海の手作りにやっと、ありつくことを許された。
俺が箸を進める間、晴海は何かを押し殺すようなため息をついてから、榊さんに向き直った。
「改めて自己紹介します。私は孝人の幼なじみで、村崎晴海といいます」
「はい、ご存知でしょうけれど、榊幸奈です」
「失礼かと思ったけれど、あなたのことはだいたい見たり、孝人から聞いたりした。
勉強すごくできるっていうお話を伺ったよ」
敬語とそうでないのが混じってるのは、晴海らしいか。
俺としては、晴海が榊さんと仲良くやってくれるのはとても喜ばしいことなんだが、
それを表面上で感じるだけでは、今の晴海の毒々しい雰囲気は語れない。
緊張の裏に、少しずつ晴海の穏やかさが消えていくように思えた。
「かいかぶりです。全国レベルで考えれば私なんか」
全国レベルで考える、という言葉の地点で次元の違う世界にいるような話だった。
俺も晴海も、ここの大学に通うことを決めているから無理に受ける必要はないんだが、
なまらせてはいけないという晴海たっての願いで全国模試を受けに行ったことがある。
マークシート式のそれは俺たちが想像しているよりもはるかに難易度を洗練した問題が揃っており、
俺はもちろん、学年でも上位の成績の晴海ですら、だいぶ打ちのめされてしまった。
「もしかしたら今度教えてもらっちゃうほうになるかも」
「ありえませんよ、上級生に教えるなんて……」
「どうかな、勉強のできるできないは学年じゃないよ」
なんだか、話を仲良く併せられそうな雰囲気になっていた。
少なくとも表面上は、晴海は榊さんに親しげな様相を見せているように見える。
俺としても、なんとなく安心した。
最初は、晴海が彼女を呼んだときは、とてもこのような形で話が始まるとは思えなかったから。
今の二人は、緑の丘を静かに吹き流れる風のようだった。

「まあ榊さんの力がいるときはまた声かけるさ。下級生に負けるのは忍びないが、榊さんじゃな」
「孝人さんまで……」
「む、孝人ー、そういえば聞きたかったんだけど、いつのまにさん付けおーけーしたのかな?」
もっともそれは、嵐の前の静けさだったのかもしれないが。
晴海の表情に、わずかな歪みを感知する。
「別に呼び方くらいどうだっていいだろ?」
「それはそうだけど……」
もちろん、それは言いがかり、という言葉が当てはまるようなことなのではあるのだが。
晴海はすんなりとそれで矛を収めた。
「まあいつもうまい弁当作ってもらってることの感謝で、見逃してやってくれるか?」
「それはなんか論点ずれてるよー? でもまぁ、いっかぁ」
「お二人とも仲いいですね」
ずっと俺たちの間を見ているだけだった榊さんが、割って入るように申し出てきた。
「悪くはないだろ。そりゃ、こいつとは幼稚園のころからずっと一緒だったけどな」
榊さんに答える。
鮭の切り身の塩加減が絶妙すぎるのを感じながら。
「ずっとだったんですか?」
「ああ、幼なじみらしいことはひととおりやってきてるぞ」
「ひととおりって、孝人っ……」
なんとなく晴海が赤くなっているところから、俺はさらにそっち方向に話を進めたくなった。
「一緒に風呂入ったのは一度や二度じゃないぞ。
家の庭でゴムプールするときの生着替えも見せ合ってやってたし、
クラスもずっと同じだったから、小学校低学年のころは身体測定も同じ場所だったよな」
「な、孝人、恥ずかしいことばかりいわないでよぉ……」
晴海が完全にゆでだこになっているのをほうっておくことにする。
その話を聞いた榊さんのリアクションを待つために。
彼女は、さして表情を変えることなく俺のほうに向き直るように、膝の居座りを変えた。
「長い時間にたくさんの思い出があったんですね。うらやましいです」
「そうか?」
「はい。私は……大好きな孝人さんに出会ってから、1週間も過ぎていませんし」
ひとくちひとくち、小さな口で噛み付いて稲荷も巻きも胃に入れながら、
榊さんはじっと俺を見つめて言葉をつむいだ。
その瞳の羨望から、俺はしばらく目を離せない。
「でもきっとこれからは……たぶん、いえ、孝人さんにちゃんとお付き合いしていいと
許しを貰わなければいけませんけれど、でももしそうなったら、村崎さんにはたくさん、
お礼をしなくてはいけませんね」
「お、お礼?」
晴海は、自分の弁当に手をつけるのを忘れてじっとこっちを見ていた。
昼休み終わるのじきだと思うんだが……
「はい。孝人さんを支えてくださった村崎さんに。孝人さんという素敵な人を連れてきてくれた、
村崎さんに」
榊さんの視線が、俺から移って、晴海を見据える。
膝の隙間が開けるように、榊さんは体をよじった。
「それは、どういうふうに受け取るといいんだろう」
「そのままの意味と、思っていてもらえるといいと思います」
じりじりと、二人の視線がぶつかりあっているように思える。
さっきまでの平穏さはどこへやら。
そういう火種を持ち込んで、どうにかしようとしていたのは晴海のほうだからとはいえ……
ちょっとこれは怪訝に思いすぎなんじゃないか?
晴海もそれほど表情に怒りは感じられなかったが、その心の奥に渦巻く灼熱を察せずにはいられない。
「そうね。でも、お礼を言われるようなことはないんじゃないかな。
そういうことになるとは思えないし」
「それはとんだ考え違いですよ。いくらずっとそばにいたからといって、
いえそれがむしろあなたの枷ですよ」
「そうかもしれないね。でも、降って湧いたこにほいほい孝人を任せるわけにはいかないもの。
お料理はできるの?」
「料理……」
「掃除、洗濯、孝人に付き合うなら、ひととおりの家事はこなせないとだめだよ」
「それは、今から勉強してがんばるつもりです。孝人さんはできないからって嫌いになりません」
「ふうん、いろいろ楽しみにしておくね」
お互い冷静に冷静に務めようとしているのはわかるが、
ぶつかり合う視線がどんどん二人の口調に憤りを含ませてきた。
もう、止めようにも止められない。
何か、きっかけはないか。
完成美の晴海。
知性美の榊さん。
この二人が、かちあって争うのは、見ていられなかった。

「二人とも熱くなるのはいいが……お互いに下着の色の答えを出してどうする」
実際は見えてないんだが、いや、榊さんのはその白みがかった布地がわずかに覗いた気がしたが、
気がするだけで自信があるわけじゃない。
それを指摘すると、慌てて二人とも膝を閉じてスカートを抑えた。
「た、孝人、見たの!?」
「晴海のは薄紫か……榊さんは、っと、いわないでおくか」
と、けたたましく俺に突っかかる晴海に対し、
榊さんはうつむいたままぶつぶつと何かをつぶやいているようだった。
「……別に、いっても……い、いえ、なんでもありませんっ」
ただそのひとことだけ、俺の耳に飛び込んできたように思えたが。
その目に妬きついた彼女の白っぽい布地は、そこに包まれているであろう大事な部分のことは、
完全に脳裏に完全に焼き付いていた。
「孝人のばかぁ……なんでいっちゃうの……」
「おい、もしかして」
「……ぅぅぅ、孝人にお嫁に貰ってもらわないと貰い手ないよ……」
「おいおい」
もっとも、そんな榊さんの太ももの内側の事情よりも、
あてずっぽうで言った色が図星になってしまったことを気にしていた。
俺はつついてはいけない藪をつついてしまったことを後悔していた。
晴海のような、できすぎた人を貰うのはやぶさかではないんだが、な。
なんだか、それを思い切れない俺もいた。
榊さんの手前、だからだろうか。
考えをまとめながらも、今の一言で俺はここで二人をなだめたつもりでいた。
もっともそれはあくまで「つもり」であり、逆に、火に油を注いだなどとは。
「それは私も一緒です……見られてしまったんじゃ孝人さん以外に嫁げません……」
「さ、榊さんまで」
「だ、だめっ、それは私、私なんだから」
「いいえ、孝人さんのお側にいるのは私がふさわしいんです」
思いもよらなかった。
雲行きが、一気に怪しくなった。

「お料理ができないで孝人の側にいたって、孝人が苦労するんだよ、だから私が」
「それは思い上がった言い分だと思います。分業すればいいと思うんですが」
「そんなふうにして孝人に倍の苦労させる気?」
「倍じゃありません、平等分配です」
「できることをお互いにするのが分業だと思う。孝人と私、ずっとそうしてきたんだから」
「じゃあ私がお付き合いしたら、孝人さんのために必死で頑張ります」
「それはご大層なこと、でも結局榊さんは家よりお仕事をとっちゃうタイプでしょ?」
「違います、孝人さんに望まれれば、家に入っても……」
「そんなこと孝人は優しいからさせないよ。自分から進んでやれないんじゃ、孝人はあげられない」
「あげるあげないって、孝人さんはあなたの所有物ですか?」
「幼なじみとして、しっかりした人に任せなくちゃって思うのは当然の気持ち。あなたは不合格っ」
「合格か不合格かは孝人さんが決めることです。あなたがどうこういうことではありません」
「いいえ、孝人があなたを選んでも、絶対私は認めないっ」
「そのときはせいぜい悔しがっているといいです。
孝人さんのお側にいられるようになったのは私で、あなたは部外者」
「そうは絶対ならない、だって孝人はあなたのような人は選ばないから」
「決め付けないでください、孝人さんの気持ちも聞かずに」
「いいえ、決め付けじゃない、ずっと見てきたから、ずっとそばにいたからわかるの。
孝人の好きそうなこも、そうじゃなさそうなこも」
「でも、それはあなたの思い込みかもしれませんよ?」
「違う、違う違う違うっ、絶対そんなことない!」

 

じっと聞くと、榊さんの怒りは静かなもので、晴海のほうが取り乱しているようだった。
晴海が感情的になるのを榊さんがいなしにいなして、
揚げ足をとったりして晴海を転ばそうとしていた。
落ち着き払う榊さんに、晴海はだんだん追い込まれていた。
そのうちに、だんだん言葉を失い、ただ意地だけで張り合っている苦しげな晴海を見て。
俺はそっと立ち上がる。
「認めない、絶対あなたに孝人は」
「そういう問題ではなくなっていますよ、孝人さんは……」
「そのくらいでいいだろ、晴海」
「え……」
「……孝人さん……」
晴海の後ろについて、両肩を抱いた。
そっと、今の晴海の押しつぶされそうな心を、その手に乗せて癒してやるような気持ちで。
ずっと、晴海を押しつづけていた榊さんが、俺の行動に凝り固まり、口をつぐんでしまった。
「まだ俺は、はっきりと答えを出してないんだ。そんな中途半端な状態のまま、
理屈を走らせてどうする」
「そんなこといったって……」
「おちつけ晴海。それに榊さんも。まだ榊さんは恋人じゃないんだからな。
俺の恩人をそんなふうに振り回したら、認めたくても認めてやれないぞ?」
「……っ!?」
「おん、じん……」
今かち合っても始まらないじゃないか。
咄嗟のことばかりだが、俺にこの二人を取り持てるだろうか。
俺は、そっと晴海の耳元から、二人に呼びかけた。
「小さい頃からこいつ、なんだかんだで俺の世話焼いてくれてるんだ。
うちの両親ってなんだかんだで出張が多くてさ、こいつの両親や、
こいつにはまるで家族同然に大事にしてもらってたんだ。
そういう恩を忘れて仇で返すようなことをして、榊さんと付き合うつもりはない」
「孝人さん……」
「孝人……」
「でも、榊さんからあの手紙貰って、そろそろ晴海から卒業しなけりゃなと思っていたが……
まだ何も返せてないんだよな。つか、卒業する必要があるのかすらもまだわからない。
だから、二人には、争って欲しくないんだ。それは、俺のわがままか?」
本当に、二人がこのまま争いつづけるようなことがあったら、どっちを選ぶにしろ、
お互いの関係にとって絶対いい結果にはならないと思った。
ほうっておいたら、昼ドラなんか目じゃないような、悲しい結末になったりしないだろうか。
二人が争う理由が、俺であるとはっきり分かる以上、俺は二人の争いを止めなければならないのだ。
「うん……ごめんね、孝人」
「わかりました。孝人さんのお望みですから、従います」
「よし、仲直りは、握手だよな」
そっと、俺は二人の真ん中に陣取る。
彼女らの右手をそっと差し伸べ合わせ、しっかり、握り合わせる。
取り交わす握手を見届けて、俺は二人がこれで変なかち合いを避けると踏み。
「よし、じゃあさっさと残りの飯食うぞ。あと5分だからな」
「もうそんな時間? 食べるよりしまって移動しないといけないよ」
「じゃあ、私はこれで失礼しますね」
「うん、今日はごめんね」
「いえ、こちらこそ……」
予鈴の5分前、ではあるが、半分も終わっていない弁当を前に、
俺はその手に握っていた榊さんの寿司パックの割り箸に、視線を落とした。

デート、明日だったよな。
ふと思い出したことが、新たな火種になることは疑いなく。
そのお昼が終わって俺の頭の中に残っていたのは、榊さんの内股の中身のことがほとんどだった。


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