永遠の願い 第5話
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憂鬱だった。
孝人はどうして、あんな答えを出したんだろう?
断るならちゃんと断る言葉を言わないといけないのに、
なんだか気を持たせるような言い方をしていた。
確かに、幸奈さんは、いい人だと思う。私から見ても、人格的な面はとても素敵な人だと思う。
だから孝人はちょっと気になっているのかもしれない。
ラブレター、初めてだもんね。
なんとなく、気分的にそういうのに乗せられてるだけ、だよね。
うん、そう信じよう。
でないと……私のほうがだめになりそうだから。
帰り道の途中、並んで歩く間、孝人はあの手紙のことについてひとことも触れようとしなかった。
私に気を使ってなのか、それともなにか後ろめたいのか。
なんだかとてもぎこちない様子で、場をどうにか別のほう、別のほうへやっているように思えた。
私はあえてそのことについて質問を避けた。何か理由があるのだからと。
普段の会話を繰り返して、私たちは夕食の買い物をして、孝人の家についた。
まず、家の住人である孝人が先に入り、それから私が入る。
普通なら「お邪魔します」と入るんだろうけれど、私はいつもこう言ってる。
「ただいま〜」
「おかえり」
そうやって、孝人が私を迎え入れてくれる。
「今日はいいお肉があって良かったよ。すぐ準備するね」
「ああ、わかった。荷物置いて着替えてくる」
孝人が、そういって二階に上がっていく。
私も備え付けのエプロンに袖を通して、さっそく買ってきた品物をいくつか見繕って、
夕食の準備に取り掛かる。
いつもいつも、孝人と私がしてきた営み。
まるで円満した夫婦のようなやりとり。
何気ない一日一日が、大事にする日が過ぎていく中で、今日あのようなことが起きた。
告白。
孝人にそのままの思いをぶつけてきた。
幸奈さん、本当に真っ直ぐ孝人を見つめていた。
あの文章を書けるだけあるとおりに、非常に物腰の丁寧そうな人だった。
いいところのお嬢さんか、しつけのしっかりした親御さんに育ててもらったんだと思う。
それに、肝が据わってた。
私が、孝人のことをがっちりつなぎとめて、周りも私と孝人のことを持ち上げているにも関わらず、
飛び込んできたんだから。
包丁が快音を立てて、キャベツを切り刻む。
出張している孝人の親御さんからの仕送りはそれほど多くない。食費は月に2万くらい。
少なくないわけでもないけれど、工夫しないと贅沢な気分というには程遠い。
そういえば、孝人が野菜も肉もなんでも食べられるのは、私の料理のたまものなのかな?
嫌いなものといえば、まあ普通日本人が食べるはずも無いゲテモノくらい。
そう考えると、私も好き嫌いはないから、食べるものについての激突はないかな。
今日はちょっと奮発気味、トンカツなんだけれど、これは彼も私も大好きな一品。
太らないのは、もちろん献立表を1週ごとに組み立てて、カロリーコントロールしているから。
最近はカロリーの低い揚げ油とかもあるし、その点で困りにくくなった。
それに、「キャベツは全部食べる」のが習慣づいている私たちには、胃もたれも無縁の世界。
衣をつけ、適温の油にそっと入れ、じっくり火を通して揚げる。
盛り付けて、簡易なトンカツ御膳を仕上げる頃に、彼が降りてくる。

「いい匂いすると思ったらトンカツかー、あの肉一気に使っちまったのか?」
「今日はそういう予定だったからね。本当は、朝食から調節したかったんだけど……
孝人、明日は早く起きようね」
「できたらな」
「お願いします」
深くお辞儀する。
本当に、孝人と朝ご飯食べたい。
どうしていつも、起こしても起こしても起きなくて、寝坊しちゃうかな?
毛布の中に一緒にもぐりこむとか考えたけれど、実行する前に心臓が破裂しそうになったからやめた。
孝人に知られたらはしたなさすぎることしてるのに、いざ孝人にああいう場面で触れられないのは
どうしてだろう。
「まあ、いつかMF(モーニングフェラ)してくれるの楽しみにしてるぞ」
「な、ば、ばかぁっ、そんなえっちな起こし方するわけないでしょっ!」
「はいはい、出す場所はそっちに任せるから」
「うー変なこといわないでよ〜」
できたら苦労しないのに。
でも、でも。
孝人のを、孝人の熱い先を、口の奥でそっとぴちゃぴちゃと音を立てて、
私のピンクに擦らせてあげたら……
口の中いっぱいに、孝人の熱いのが広がって……
……ぁ、やばぁ、あそこが熱くなってきてるっ。
「それはともかく、うまそうだな」
「うん、座って座って」
向かい合うように、私と孝人は席について、キャベツの上に鎮座し、
数分割されたトンカツを前に、ソースやからしをやり取りしながら。
「「いただきます」」
夕食にはいった。
孝人は私服、まだ春服には早いのか、まだまだ冬物の厚手の服を着ている。
私はエプロンのまま、自分の作った料理の味を確かめるように口に運ぶ。
「しかし、なんでまたトンカツなんだ? なんかいいことあったか?」
「いいこと半分、悪いこと半分かな」
「なんだよそれ、じゃああんまり変わらないじゃないか」
「別に深い意味はないよ。でも、今日は別の意味で特別かな」
「別の意味?」
「……ううん、なんでもない」
幸奈さんのことなのっ。
と思い切り言ってしまいそうになったけれど、
口の中で咀嚼しているトンカツと一緒に飲み込んじゃう。
孝人は優しくて誠実な人だから、けじめをつけにくい今回のことを、あんなふうに答えたんだと思う。
きっともうしばらくは今の生活を続けられると思うから、でたらめに不安がることじゃないはず。
ただ、幸奈さん、孝人の携帯との連絡を取れるようにしていた。
どんなこと、話すんだろう?
孝人と何を、やりとりするんだろう?
「ねえ、孝人、今日のノート見せてもらえるかな?」
「ノート? 晴海はちゃんと取ってるんじゃないの?」
「……それが、ちょっと今日は自信がなくて」
「なんでまた。晴海らしくもないな。まあいいや、めしの後、貸してやるよ」
「ありがとう。その分宿題お手伝いするから」
「古文のあれか?」
通称宿題狂。睡眠電波発生装置とまで言われている。
私も、うつらうつらして、危なくなる。
でも孝人はけして眠らずにきっちりノートを取る。
でも、宿題については量が量だから、まず孝人の分を手伝うのが日課になっていた。
「いいのかよ、いつもいつも」
「私が好きでやっているんだから、気にしないの」
2重にやれば力もつくしね。
ただ、孝人の足を引っ張っているかもしれないんだけれど……
「じゃあお願いするかな」
「お願いされちゃいます」
快く、私に任せてくれた。
なんだか、そういうひとつひとつの「あたりまえ」が、いつも以上に嬉しいのは、
きっと幸奈さんとの出来事のせい。
トンカツは我ながら上出来だったけれど、幸奈さんのことのせいか、
半分味がしなかった気がした。

 

洗い物をしている私のそばに、孝人が今日の授業のノートをいくつか見せてくれた。
数学、古文、英語、生物。
今日、手につかなかったのは1時間目の数学だった。
それ以外はどうにかついていけたから、それを孝人から受け取って、孝人はお風呂場に行く。
洗い物を終えて、テーブル拭いて。
一通りの後片付けを終えると、今日の私の役割は終わり。
あとはちょっとした勉強会をして、解散するだけ。
孝人がお風呂に入っている間に数学のノートを見て、自分のノートと比較する。
孝人は律儀に細やかに取る分、やや字が荒く汚いけれど、
そんな暗号みたいな文字も全部解読できる。
長い年月の賜物として自然に身についた力だった。
ひとつひとつチェックすると、いかに私が考え事で失念してきたかわかる、
見られたら恥ずかしいことこの上ない自分のノートが見て取れる。
その足りない部分を少しずつ補いながら、孝人のノートという参考書を書き写していく。
孝人の、字。
孝人の写したノート。
孝人が使っているノート。
シャワーの音がかすかに聞こえる気がする。
帰ったら私もお風呂をいただこう。
彼のノートは、どんなものにも負けない深みがあって、それでいて彼の余韻が残っていて。
必要な部分を写し終える作業は30分を待たずに終わり。
私は彼の大切なノートを閉じると、その表表紙にそっと、唇を、近づける。
思わずしようとした衝動に心臓が高鳴りを止めない。
少しずつ、距離を近づけて、ノートの厚紙に、私の唇がそっと、触れた。
ありがとう……だいすき。
孝人の気持ちをいっぱい受け取ったよ。
だから……
「ふぁぁ、いい風呂だった」
「ふぎゃっ!?」
孝人が早風呂を上がってきた。
あわてて平常を見せるように、すぐ唇をノートから離して、湯上がりの孝人の方をむき、なおる……
湯によって紅潮した顔と、ドライヤーでとりあえず乾かした髪と、
ふやけた感じの肌がそれを思わせる。
服は家で着るようなラフなものになっている。
孝人は寝間着を着たりはしないタイプの人だった。
「どうした?」
「ううん、なんでも、なんでもないの。はい、ノートありがとう」
「ああ、まあ役に立てるとは思わなかったけどな。じゃあ早速始めようか」
「うん、やろー」
ひやひや、というより、かっかした状態の私は、その日の勉強会のさながらに挟む
エッチなジョークもあって、ろくに頭の中に入らなかった。

帰る頃には、もう9時になっていた。
門限はたいてい10時くらいっていう親御さんの中の二人がうちにあたるけれど、
孝人の家に泊まる分には朝帰りでもいいという。
それは、まあ、エッチして朝に鳥のさえずりを聞いて、裸の体をシーツに巻いて眼を覚ますのは、
どきどきしながらもあこがれるけれど。
まだ、そんな関係じゃないし……
道の半分まで、孝人は送ってくれた。
実際は勉強会は帰ってきてすぐにやるんだけれど、今日は幸奈さんのことで、遅かったから。
そう、幸奈さんのせい。
でも今は、幸奈さんのおかげかな?
そういえば、勉強してる最中にしきりに孝人の携帯にメール入れてたっけ。
気が散るから、お返事は後にするようにと釘をさした。
多分、これから幸奈さんとのメールにいそしむんだと思う。
やや暗い道のりを、本当に200メートルと離れていない私の自宅に到着する。
いつものことだからと、家の門は開いていて。
私はすんなり、入ることができた。

 

制服の結わえを直に解いてお風呂に入る。
着替えは一応、もってきた。
孝人、私の体のことどう思っているんだろう?
いつもいつもエッチなジョークいうのは全然それに関わらないと思うけれど。
でも、ときどき、孝人が私の胸見てたりする。
興味湧くのかな?
なんとなく掌に納めてみる。だいぶ、手に余るかな。
本気で巨乳って人にはさすがに及ばないけれど、でも大きめだという自信は、ある。
結構、うらやましがられたりも、する。
それに、そこそこ身長はあっても、孝人の目線を越える前に止まってくれた。
孝人の背を越えなかったのは良かった。
体の面では、幸奈さんは申し訳ないけれど、孝人には物足りないと思う。
でも、そういう可愛い感じのスタイルのほうが、孝人は好きなのかな?
そうだとすると、もう戻れない。
彼のために組み立ててきたものが、無意味になってしまう。
本当はどうなんだろう?
やっぱり、孝人って、幸奈さんのほうが好みなんだ。
私が近くにいすぎて、こういうスタイルを見慣れちゃったのかもしれない。
やだ、いやだ。孝人が幸奈さんを抱いてる姿が一瞬頭によぎった。
おぞましい、嫌過ぎる、考えたくない。
どうして、孝人の前に現れたの……孝人は私とじゃないとだめなのに。
孝人の幸せを作れるのは私だけなのに。
孝人が人生を組み立てていけるのは、私と一緒にいるときだけなのに。
そう。この胸も、掌に納まりきらない、おおきく張ってる……っぁ、乳房も。
ずっと、あなただけを待ち望みつづけてきた、ん、っ、この蜜内も。
私を除くなら、あなた以外の人には触らせたくない。
孝人だから、孝人にきてほしいから。
『ウインナー、いつも作ったら舐めてるだろ?
 まるでフェラしているようにこう、ちゅぱちゅぱと』
あなたのなら、いくらでも口に含めるよ……白い液、出ても、あなたのならきっと美味しいから。
『MF(モーニングフェラ)してくれるのを楽しみにしているぞ』
いつでも、いいよ……孝人が本当にそうして欲しいなら。
『そんなに朝チュンしたいか?』
したいよ……毎日夢に見るんだよ。
私がおはようって、朝に弱いあなたを呼び覚ますの。
ぁぁ、その前の晩に、この中を、あなたの熱いのが、じゅぷじゅぷいって前後して、
出し入れして、密着するたびに、クリが擦られるの……ふぁぁっ。
あ、っ、いいよ、孝人のなら、どんな日でも、一番奥にいっぱい欲しい……
きて、きてぇ、孝人ぉ……っ。
「ふぁ、ぁあ、ぁ……っ!」
ぁ、ぁ……だめ、今日も、イッちゃった……
つい、掌で体を撫で回しながら孝人を考えていたせい。
私はいつの間にか自慰にふけっていた。
アソコが愛液に濡れぼそって、伝ってタイルにこぼれていた。
湯船に浸かってもいないうちから、体の奥がでたらめに熱くなって、孝人のこと考えて。
夢の中なら、願うだけなら、いつでもここに孝人がいるのに。
とても遠くに、遠い場所に孝人が行ってしまうような、絶望的な不安が
心を押しつぶしてしまいそうで。
私は何も無い場所を抱いていた。
自然に涙が頬を伝い流れていた。

 

お風呂を出て、乾燥中の髪をまとめてタオルに包みながら、孝人にメールする。

「To:孝人
 From:晴海
 
 明日7時に起こしにいくからね。
 明日こそ一緒に朝ご飯食べよー」

ごくごく簡単に、いつもどおりのことだけれど、でも大事な、孝人のことをつなぎとめるメール。
私は返事を楽しみにしながら、勉強の追い込みに取り掛かることにした。
それでも1時間くらい。時間はあまりないから、すぐに眠くなって寝付いてしまったけれど。
孝人は私が眠る前にこんなやりとりをメールでしてくれた。

「To:晴海 From:孝人  ああ、俺が起きれたらな
 To:孝人 From:晴海  起きれたらじゃなくて起きるの。がんばって、孝人にならできるから
 To:晴海 From:孝人  良く言うよ。まあ、適当にがんばれ。MFは選択肢のうちに入れといてくれ
 To:孝人 From:晴海  えっちな起こし方は即刻却下だよ……/// とにかく、今日はこれで寝ます、 おやすみなさい
 To:晴海 From:孝人  おやすみ。また明日な」

本当に、いつもどおりのやりとり。
ちょっとだけ変化があった日の終わりだったけれど。

孝人の返信までの時間がなんとなく、長かったような気がした。


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