永遠の願い 第4話
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生まれて初めて告白された。
ずっと、手紙の主に対しての返事をどうしようかと思い悩んだ。
正直、こういう形での申し出は、初めての経験でかなり戸惑っていた。
近くにいた晴海については、たしかに幼なじみ以上恋人未満の、まったりとした関係を続けている。
それがいつまでも続くとは思っていなかったが、今すぐにこれに幕を下ろしてしまうのも惜しかった。
この生活はなんだかんだいっても、近くに女っけを置いておける分、
もしそういう都合が必要なときは代わりになってもらい、なけなしの財産をおごったりした。
あいつはそういうとき、まんざらでもないような顔で俺の話に付き合うもので。
中学のころにクラスで企画した劇とかでは、それこそ門出のきっかけになるような
余計なおせっかいで、俺は晴海とキスシーンに挑まされたりした。
ファーストキスはそれこそそのときで、あいつも俺も照れくささのあまり真っ赤になって、
まるで本当に好きあい結ばれてるようだったなどと、クラスメイトは75日と続く噂話を
俺たち相手に持ちかけつづけた。
わりと俺たちが動じないことを知ったやつらは、あっさりそのからかいネタを
引っ込めたりもしたんだが。
そのころから、名目上俺たちはカップル、ということになっている。
してもいないが毎晩激しくいたしていることにもなっている。
こればかりはなんとなく面倒だから周りに話を合わせているだけであり、
結果的に晴海を守ることにもつながっていたんだよな。
だが、そろそろいいだろう。
晴海は俺を卒業する時期に近づいているんだろうし、俺も晴海をご都合主義にしつづける必要もない。
というか、それはあまりにも晴海に失礼だ。
もうそんな迷惑を、晴海にかけるわけにはいかないよな。
俺はいったんこの申し出に耳だけ傾けてみることにした。
よさそうなこであれば、多少懇意になってもいいんじゃないだろうか。
「孝人ーっ、一緒に帰ろ〜」
こいつは別に運動部とかやっているわけじゃない。俺が帰宅部だから、彼女も帰宅部なんだとか。
まったく、何でもいいからやればいいのに。
こいつが入学した当初、体験入部のとき、こぞって晴海の素質に惹かれた運動部員たちが、
勧誘の手をさしのべたことを忘れていないんだが。
それに、この容姿に料理の腕、才気溢れるところなどから、マネージャーとしても
引く手あまただったんだが。
それをいえば、まさに「帰宅部の俺専属マネージャー」になるとか言っていたような。
まあある意味冗談半分だよな。
「そうだな、でも今日はこれにまず付き合おうと思う」
その専属マネージャーに暇をやろう。
俺は、今朝受け取ったラブレターをちらつかせた。
「やっぱり、行くの?」
「話聞くだけさ。まさか浮気なんて勘違いされたら、IHHHに殺される」
IHHH、「いつでも晴海さんのほほえみ晴れやかに」、とかいうやたら気取った名前の、
晴海のファンクラブの略称だ。
誰が作ったかは知らないが、小等部から大学まで一貫教育のうちの中で、中等部から高等部にかけて
その組織を広げる団体だとかいう。
一応、俺はこいつらに公認の晴海の彼氏、になっているらしい。
さらに、俺はNo.Nothingとかいう形で名誉会員扱いになっているとか。
俺と晴海は一応中等部からこの学校に在席しているが、いつしか俺の耳にそういう言葉が
飛び込んできた。
やつらが不可侵なのは、どこかの女生徒達が晴海と俺のことを支援していて、
やつらに過分な干渉をしてくれたおかげのようなんだが。
まったく、余計なことをしてくれる。
いろいろとんでもない方向に話が進んで、実質は俺と晴海が付き合っていないことを
知っている人間のほうが少なくなっているんじゃないのか?
IHHHの連中もそうして俺を立てているのは、上層部連中はそういう事実からいつか
下げ渡してもらえる日のために、俺に媚びているだけだろう。
ばかばかしいにもほどがある。
「そうだよ。死んじゃったら私も悲しいし」
「そりゃ、俺が死ねば泣くだろうなおまえ。付き合い長いし」
「そういうこと。ちゃんと、けじめつけてね」
「まあな」
なんとなく曖昧に答えたつもりでいておいた。
IHHHの会員はこのクラスにも相当数いる。
普段なら、どうということはないんだが、俺の手にもっているこれのせいで、なんとなく空気が不穏だ。
やつらの上と下の温度差のせいか、やはり下の連中はこれがただごとではないと
警戒しているんではないだろうか。
俺はやつらになんとなく手を振ったような気持ちになって、彼女の前に立ったんだ。
そうしたら、さっそくの告白だ。

「好きです。お付き合いはお友達からでもいいです。お返事は私のことを十分知ってからで
かまいませんけれど、できれば恋人として、お付き合いしたいです」

本当にその視線は真っ直ぐだった。
表情はうっすらとしていたけれど、細身の体と、晴海に比べれば小柄が目に見えて
はっきりしている彼女は、簡単に壊れてしまいそうな骨董品だった。
ショートカットを切りまとめているのは機能性を求めて、だと思う。
瞳がことのほか艶のある輝きを浮かばせている、印象深さがあった。
何より、意志の強さのようなものを感じた。
文章は丁寧で、知性を深く感じさせてくれるものだったから、イメージはおおかた崩れていない。
それよりなにより。
晴海のようにできすぎていない、とっつきやすさと安堵を感じられた。
「唐突にそういわれてもな……」
「先輩が晴海さんとのお付き合いがあることはよくわかってます。
だから、無理なお願いをしているのは百も承知です。でも、好きで、好きでたまらなくて……」
とりあえず、彼女の思いの強さは痛いほど良く分かった。
実際のところ、よく知らない相手の告白を了承するなんてできない。
確かに、榊さんは悪いこではないだろう。
それはあの文面からして言えること。あんな配慮と生真面目さは俺としては非常に好印象だ。
だからといって、簡単な気持ちでは答えられない。
それに、まだ晴海のことだって解決のかの字すら進んでいないのだ。
あいつに百歩譲って俺を卒業することを申し出るにしても、答えを出すには
あせりすぎではないだろうか。
それに、卒業を言い渡す前提に、俺としては「今までのお礼」が必要不可欠だと思っていたから。
「あの、さ。俺ラブレターとか、女の子からの告白って、生まれて初めてなんだ。
物心ついたころにはもうあいつがいたからな」
なんか、榊さんを見つめ返すのが照れくさくて、視線を遠くに向けながら答えた。
榊さんの申し出に、実際のところ、かなり嬉しい自分がいた。
何をどうほれ込んだかは知らないけれど、俺にも、こうやって告白してくれる人がいる、
っていう事実が、喜ばしかった。
「榊さんの告白、すごく嬉しい。それについてはありがとうな」
「いえ……」
だから。
核心をはぐらかすのはまずいだろう。
今心から降って湧いた案を申し出ることにする。
「晴海とは、まだ付き合っているわけじゃないし、そろそろ俺から卒業する時期じゃないかと
思っていたから、実はいいきっかけじゃないか、みたいなことを考えた。それで」
一息、飲み込むようにする。
榊さんは、じっと俺の返答を待つように、真っ直ぐ俺を見据えている。
緊張感いっぱいのその場面、告白という真剣勝負にいつものおちゃらけは許されない。
気を引き締めて、次の言葉を紡ぎだす。
「今すぐOKを出すわけにはいかないから、答えはまず保留でいいよな」
「……はい」
やや、間を置いたものの、榊さんは素直に、俺の申し出を承諾してくれた。
うれしいことである。
「それから」
さらに続きを申し出る。
「あくまで友人のひとりとしてなら、話に付き合ってやるくらいはできるつもりだから、
気楽に話し掛けてくれていいから、な」
それを、俺の答えとして、結論づけるように思考をまとめた。
「それでいいよな」
向き直って、榊さんに発言権を譲った。
榊さん、そんな俺の返答に、じっと何かを考えるように、視線を少しだけ下に落としてから、
すぐに俺に視線を向けなおす。
けして寒すぎないはずなのに、榊さんの唇はどこか血の気がひいているようだった。
「はい。それが、先輩の答えなら、私は厳粛に受け止めます。つまりは……先輩が、
私に振り向いてくれるのを信じて、がんばっていいのですよね?」
榊さんの声が震えていた。
周りの空気は空気という役割のまま俺と榊さんに関せずにいてくれている。
陽射しは、西に傾いてうっすらと焼けていた。

「そのつもりだ。もっとも、振り向くかどうかはそちら次第だが」
「はいっ……」
榊さんの目に、力強さのようなものが宿ったような気がした。
答えとして成り立っているかは不安ではあるが、これでいいんだよな。
ある意味俺は、榊さんに期待していたから……
「私、絶対先輩を振り向かせてみせます!」
「ああ、まあせいぜいがんばりな」
俺は待ち構える門番、榊さんは攻め込む侵略者か。
はたして、彼女はこの牙城を落とすことができるだろうか?
俺は、果たした約束を終えた充足感と共に、その場を立ち去ろうとした。
「あの」
その俺を、呼び止める榊さん。
「何?」
振り返って、その要件を待つと。
「二つだけ、我が侭聞いてもらっていいですか?」
「ああ、俺にできることなら」
「ありがとうございます。ひとつめは……先輩のこと、孝人さんと呼んでいいですか?」
「ああ、好きにしてくれ」
「はい、それともうひとつは、携帯の番号とメアド、教えてもらっていいですか?」
「もちろん。俺のでいいならいくらでも」
「いくらでもって、いくつか持っているんですか?」
「いや、ひとつだけだ」
会話のノリがあらぬ方向に飛びかけたが、彼女の申し出はほとんど無理の無いささやかなものだった。
番号を教え、取り出した俺自身の携帯に自分のメアドを表示させ、彼女に写させた。
ひとつひとつの英数字を目でおい、間違いの無いことを確かめながら入力する榊さん。
確認作業として、メールを送り、着信を残す。
どちらも差し障り無く事が終わった。
「ありがとうございます。さっそく今晩、メールしますね」
丁寧にお礼のお辞儀をする榊さんを置いてひとり、屋上を後にする。
榊さんがついてこずに俺を見送ったのは、何かの配慮なんだろうと思っていたのだが。
ふと振り向いて、屋上の出入り口のほうに視線を送ると。
そこには。
ずっと見知った幼なじみが、じっと息を潜めて俺たちの様子をうかがっていた。
別に、後ろめたいことなんか一切していない。
それなのに。
こいつの見つめる目はどこか、俺を悪人呼ばわりするようなじとっとしたきつさを含んでいた。
「見てたのか?」
あくまで、その意味を聞かずに、いつもどおりのつもりで聞く。
「気になったから」
「見たとおりのこだ」
まだ二人だけの話をするには、榊さんと距離が近すぎる。
俺は榊さんに手を振って、晴海の両肩を掴んで押しながら、その場を早々に立ち去った。
このことを突っ込まれる可能性はあるだろうが、それはまたおいおい、
メールかなにかでやり取りすればいいだろう。
そのまま、俺は彼女の視線の訳を聞かないまま、結局はいつもどおり、
他愛の無いやり取りをつづけながら、晴海と帰宅することになった。
今日の夕焼けは、やけに綺麗に見えた。


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