二等辺な三角関係 第3回
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 「歴史の授業中、け〜ちゃんと教科書見せあいっこしてた。机くっつけて肩よりそって。
 残暑がキツイ一日ですって天気予報も言ってたのに、べったりと。貸して欲しいって言ってくれれば
 喜んでわたしのを貸してあげたのに。……わたしは教科書なんかなくたって構わなかったのに」

 「お弁当、み〜ちゃんと美味しそうに食べてた。たこさんウインナーおいしそうだねって。
 ……わたしのお弁当のカニさんだっておいしかったのに。…………食べたいって言ってくれれば
 あ〜んして食べさせてあげたのに」

 「掃除の時間、イスに乗って窓拭きしてたく〜ちゃんのスカート眼で追ってた。
 ジロジロ食い入るように見てた。………………見たいなら見たいって言ってくれれば、
 わたっ、わたしが――」

 「……そこは男のサガってことで無視してもらいたかったりな?」
 危ない気配を察知してなるべくさり気なく話題をずらす。
 「………………………ぐすっ」
 「……悪かった。もうしない、もうしないから。だから落ち着いてくれ……」
 弱りきった俺はただ曖昧な返事をするしかない。
 竹沢から告白された翌日。
 静まり返った二人きりの教室は何時もどおり。
 ただ、見るも無残な面持ちでいる竹沢の依存癖は、在りし日のそれより明らかに酷かった。

 ――完全無欠。完膚なきまでに俺の落ち度だ。

 依存だ、依存症だ。『症状』だ。
 ……片鱗ならいくらでもあったのに……。

 例えば、過剰なスキンシップ。
 例えば、蕩けるような囁き。
 例えば、常識外れの泣き虫。

 

 父親が失踪したとはいえ、そこまで安定しないメンタリティに異常がないはずがない。
 ……慰め続けていれば大丈夫だろうとタカを括っていた自分が情けない。
 いや……、敢えて見ないようにしていたのかもしれない。
 竹沢が悲しむのを恐れて。

 結果どうなったか?
 竹沢の依存の対象が一月経っても帰ってこない父親から俺へとシフトされただけだった。
 加えて、愛の告白をされた。

 神に訊こう。俺にどうしろと?

 受け入れて依存の受け皿にでもなってやるのか?
 拒絶してあのまま泣き叫ばれ続けるのか?

 ――昨日はあれから、近くの公園まで何とか竹沢を引っ張って行った。
 説得すること約一時間。
 『見捨てないで。置いていかないで。独りにしないで』
 そんな感じの言葉を壊れたように繰り返す竹沢。
 仕舞いには告白の返事を保留にしてくれるように頼み込んできた。
 俺が竹沢に好きじゃないと返せば、それで縁の切れ目と思ったのだろう。

 ……拒否しても損しかない。答えの引き伸ばしは双方にとって有用だ。
 俺は何とか断りの返事をしても竹沢が正気でいられるようにすればいいんだ。

 「って言ってもな……」
 俺が原因、自業自得にしても限度があると思う。
 これは少し、……いやかなり重い。重過ぎる。

 

 昨日で覚醒してしまった竹沢は、教室で二人きりになるやいなや問い詰めを開始した。
 同時に俺の隣の席に座る。
 羞恥心などかなぐり捨てているのか、机どころではなく本人が完全密着。
 もしかしたら、その席の本来の持ち主である、け〜ちゃんこと、本橋圭への嫉妬心を
 晴らしているのかもしれない。

 俺はなるべく自然に肩にへばり付く竹沢の頭を押し退けようとする。
 「こ〜ちゃん……」
 首を捻って避けられた。

 「あのな……。大体お前今日一日中平気そうな顔してただろうよ。昨日の今日で心配になって
 声かけてみれば『どうしたの? こ〜ちゃん。もしかして数学の宿題忘れたのかな?
 あはは、ごめんね。わたしもやってないよ』――何だこれ。ギャグでやってんのか?」
 「教室でくっ付いたらこ〜ちゃん困るでしょ……?」
 「……確かにその通りだけどな」
 「だから我慢してたんだよ……。……みんなに怪しまれたらダメだから……」
 吐息が首筋にかかる。
 この行動が周りから奇異に映ることは理解してるのか。
 「変なところでしっかりしてるな……。じゃあその勢いで離れて――」
 「……お願いだから見捨てないで。――放課後だけっ、放課後だけでいいからぁ……」

 ――ゼロ距離で震えられたら、どんな鈍感だって気付くだろうさ。
 ……畜生。
 ただの自己中が俺に寄生してるだけだったら遠慮なく見捨ててやったんだっ……。

 「……なあ、お前の親父はどうやったらそんなに娘に慕われるようになったんだ?」
 やや皮肉を篭めた疑問に、しかし竹沢は無言で俺に絡みついた腕の力を強くしただけ。

 

 圧し掛かる重圧はそれほどでもない。
 でも、全身を預けられる感覚と、鬱陶しい泣き言が真綿で俺の首を絞めてくる。
 『依存されている』その事実が、心底重苦しい。
 逃れようとしても逃れられない重荷を背負っている。
 不可避の責任が俺と一体化しているような錯覚さえある。

 俺は――、もう何もかもを忘れてこうして竹沢をあやすしか術がない。
 それでも――、こうしていることに意味がある気もする。

 複雑に思考が交錯し、俺はその統合作業を中断する。

 

 無意識に堕ちていく頭の中で、唯一つ見えるシーンがある。
 滂沱で滅茶苦茶になった竹沢の顔。――昨日の告白の場面。

 あの瞬間が眼に焼き付いているのは何故なのか…………。

 

 疑問の答えを探す気力はもうない。

 聞き慣れたチャイムの音も、俺の意識を呼び覚ますには力不足。

 ――そんなこんなで、俺は麻衣実ちゃんとの約束を物の見事に忘れていた。
 さらに悪い事に、様子を見に来た彼女は教室の前に立ち尽くしていた―――。
 俺はそんなこと、夢にも思わず予測もできず、無論、妄想でも思い付けなかった。


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