二等辺な三角関係 第2回
[bottom]

 それから暫く世間話をした。
 稼動音に消されないように大き目の声で。
 廊下に漏れたかもしれないが、別に聞かれて困るような話でもない。
 ささやかな上層部への愚痴くらい許容範囲内だろう。

 麻衣実ちゃんは自分からどんどん話題を振っていくようなタイプじゃない。
 でも代わりに聞き上手なので俺達の会話はよく弾む。
 だが、俺は今日一つの失態を演じてしまった。
 麻衣実ちゃんの平淡な独特の話し方で大きな声を出すと間の抜けた棒読みになる。
 話の途中でそのことに気付いた俺は、ついそれをからかってしまったのだ。

 ――瞬間、

 麻衣実ちゃんの平生の無感動とその直前の上機嫌(彼女にしては)が嘘のように消え去った。
 不機嫌オーラ全快でそっぽを向いて
 「……いいです。どうせ私は台詞棒読みの大根女優のような鬱陶しさがお似合いですから」
 とボソッと呟いた。

 麻衣実ちゃんが拗ねた。

 それはもう見事な拗ねっぷり。
 麻衣実ちゃんのイメージと凄まじいギャップがあるその行為。
 めったに見られないそれが俺に向けられているのは喜ぶべきか否か。
 いそいそと帰られてしまって、孤独に下校する身としては難儀だと思う。

 もう一人考えられる下校相手、
 竹沢は教室まで行ってみたがいなかった。
 俺が委員に出ると早々に帰ってしまうらしい。
 何処までも現金なヤツだ。受験勉強をする気はないのか?
 同学年の大半の生徒は塾か予備校に行っているので他に人はいないし。
 まあ、そうでなければ放課後の教室とは言え頭を撫でるなんて無理だけどさ。
 あるいは、生徒会の面子も残っているが、この選択肢はノータイムで却下。
 「……結果、寂しい帰り道だな……」
 そんなことを考えながら俺はのん気に正門を出る。

 

 そして、凍り付いた。

 

 「……こ〜ちゃんはっ、わ、わたしをっ、みず、でだりっ、しないよ、っね?」

 鋭い息継ぎが何度も入り、途切れ途切れに言葉を放つ。
 二つに括られた栗色の髪は、上下する小さな体躯に合わせて揺れている。
 誰かは明確だ。
 高三にもなって誰も彼もをちゃん付けで呼ぶ女を俺は一人しか知らない。

 帰って……、なかったのか……。

 ――――それは間違いなくグズグズと脇目も振らずに涙を零す竹沢雫の姿だった。

 崩れたその可愛らしい顔が乱れた声で俺に訊く。

 「いんざつじつでっ、ずっと、ずっと、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅと、
 はなじでだのっ、だれ?」

 印刷室? 話していた? ――――誰? ――――麻衣実ちゃんだ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 俺達は廊下に漏れてもおかしくない大声で話していた。

 

 俺はそこで思考停止する。意味がわからない。だから何だ?
 竹沢は動かない俺に構わず全身で強く強く俺に抱きついてくる。
 いざ密着されると竹沢は本当に小柄だ。
 頭が俺の胸の辺りにある。
 腹に押し付けられた胸は薄いながらも竹沢が女の子である証拠であり――

 マズイ。俺は直感的にそう思った。
 こいつはヤバイと。判断した脳から伝令が全身に渡る。
 この錯乱振りは半月前の比じゃない。

 ――もっと異常な何か……。

 「……たっ、竹沢っ……、、、まずは落ち着こう、なっ? ホラ、離れないと話も出来ないし……」
 ゆっくりと回された腕を引き剥がしにかかる。
 対して、竹沢は俺の胸に埋めていた顔を引き上げ、搾り出すように――

 「だいずぎです」

 ――俺の制止は間に合わなかった。
 鼻声だろうとグシャグシャの泣き顔で言おうとそれは紛れもない告白。

 ―――そんな竹沢は、どうしてだかわからないが、酷く魅惑的に思えた。


[top] [Back][list][Next: 二等辺な三角関係 第3回]

二等辺な三角関係 第2回 inserted by FC2 system