何事も順風で進む道理など、なかった。
いたり先輩との接触は、ほとんど――というか、全くなくなっている。
これは喜ぶべき事項だろう。
先輩は俺なんか忘れてしまうべきだし、俺もこれからは意識しないのが好ましい。
変わってしまったのは――有華だった。
今のあいつからは、束縛という単語が容易に想起される。
あの、有華と繋がった日から……おかしくなった。
毎日の、携帯のメールのチェックは当然。
一緒に外出すれば、俺が他の女性を見ていたと突然言い出して機嫌を損ねる。
有華の過剰な反応だ。
とにかく――最近は、疲れる。
俺の好きだった有華は……消えてしまった。
こうしてお互い中学と高校に登校していても、頻繁に携帯は震える。
いっそ――電源切ろうか。
そんな事を考えていた昼休み。
ぼんやりと、窓の外を眺めながら友人らと昼食中に。
「あ――らかわくぅ――ん」
「ぶっ」
また無駄にでっかく間延びした音声。
誰かは、即座に理解できる。
「おおっ。生方先輩から二度目の指名とは――羨ましいね、エースケ」
「し、指名って……っ」
ひらひらと、手を振っておられる。
俺は友人達の詮索するような視線を一身に浴びながら、立ち上がった。
「ほい、これ」
「……っ? ノート、ですか」
廊下で手渡されたのは、三冊のノートだった。
丸っこい文字はいまだにおぼえている。生方先輩の文字。
「そうっ。いたりさあ、もう三日も風邪で休んでるからさ、テスト近いし必要だと思って」
「――っあ」
ぼんやりとしていた意識が、定まった。
何故生方先輩が、学年の違う俺なんかに自分のノートをと、さっきから疑問ばかりだったが。
つまり――。
「わたしが渡すより、ほら、彼氏の君がどうせ見舞うんだろうし、一緒に持ってってよ」
「お、れが」
どうせ見舞う。
当然だ――彼女が風邪の一つでもこじらせたら、心配するのは当然じゃないか。
生方先輩は……何も、間違っていない。
むしろ俺に口実を作ってあげている――やっぱり、友達を大事にしている、善い人だと、思う。
悪いのは。
のらりくらりと……っ!
親友に彼氏が出来たと聞いて、太陽みたいに微笑んだ、生方先輩の笑顔を――
壊したくないなあと、勝手に思いやがった。
この俺が、悪いっ……?
違うぞ。
俺が、悪いんだよ。
生方先輩への嘘だけではなく――いたり先輩のことも心配だった。
俺が原因で――もしも、体調を悪くしていたら。
色々と、繊細そうだったし。
「うん……っ? どしたい、エースケくん」
「いえ、あの――その」
心配そうに、覗き込まれる。
「前々から思ってたけど、君って、結構中性的な顔立ちだよね――っ。女装とかできそうっ?
あははっ!」
「は、ははっ……。そ、そうですか……っ?」
阿良川瑛丞。
生方先輩の冗談に、へらへらと笑っている場合ではない。
俺は――。
A.いたり先輩が心配だ。ノートを受け取り、生方先輩にいたり先輩の住所を聞いてみる。
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