――言った。
ははは……すごいなあ、人間の顔って、こんなに熱くなるんだ……っ。
あたし、かまずにちゃんと言えたよね?
すきだって。
付き合って、くれませんか――うん、言えたはず。
時間がどれだけ経過したのか、あたしの麻痺している脳味噌は伝えてくれない。
ただ――告白を投げてからずっと、エー兄とあたしは、見詰め合っていた。
やばい……泣きそうだよ。
努めて表情が崩れないようにしているけど……。
「……はははっ」
――えっ。
エー兄……なに、笑ってんの……っ?
あたしは、何かしらの答えをエー兄は与えてくれるだろうと信じていた。
なのに――。
おかしくないかな……っ? だって普通、告白されたら――驚くのは理解できるけど、
笑うってのは、ない。
「うは、はははっ……! し、神妙な顔してなにを言うのかと思えばお前――っ!
わかった、俺の負けだっ」
「あう……っ? エ、エー兄……なに、言ってるの……っ?」
負けって――なんの勝負なの。
「いやいや、遂にお前の冗談に爆笑する瞬間が到来するとは……。
うむ、もうお前に教えることは何もないなっ!」
冗談。
――だって?
頭蓋に氷を詰め込まれたみたいに――思考も、火照る頬も、冷えていく。
エー兄は、うんうんと、勝手に納得したように頷いていた。
「タイミングもばっちり。真顔ってのもポイントだったな。いやいや、
お前のお笑いのセンスには正直脱帽し――」
渾身の力を、両腕に込めて。
あたしはテーブルを、叩いた。
バン――っ!
陽気にぺらぺらと喋っていた俺を、その耳障りな騒音が停止させる。
今までさんざん一人で笑っていたから気付けなかったが――なんだろう、なんか、空気が重苦しい。
有華は、両手をテーブルに叩き付けた姿勢のまま、硬直していた。
「ど、どうしたんだよ、有華」
俺は面白かったから褒めたんだけど……。なんだ、評価する部分が違ったか?
「――冗談じゃ、ないもん」
「……えっ」
「なんだ、よぉ――っ」
教科書を持ち上げると、それを――。
「うがっ」
投擲しやがった。
見事顔面に直撃した。――こいつ、物は大事にしろと何度言えばっ!
「お、お前、教科書は投げるもんじゃ……」
「――ねえっ! なにがおかしいのっ!?」
有華が、俯かせていた表情を、真っ直ぐにした。
――っ!?
「お前……なに、泣いてるんだ、よ」
笑顔が似合ってるんだから、お前には……。
だから俺は、急に地面が消え失せたみたいに……焦ったんだ。
「泣くよ、あたしだってっ!」
狼狽する俺を尻目に、有華の逆上はエスカレートする。
おいおい……なんなんだよ、落ち着けって。
「と、とにかく落ち着けっ。座れって」
「なによぉ……っ! あたしがエー兄のこと好きなのが、なにがおかしいのよっ!
言ってよ、ちゃんとわかりやすくっ!」
有華の四肢は、震えていた。
そして――その泣き顔が……いつかの誰かと、重なる。
(いたり……先輩っ)
そう。
今の有華と、あの屋上での先輩が――ひどく重なって、網膜が捉える。
「すごいいっぱい、もともとからっきしな勇気振り絞って言ったのに――それがなによ、
冗談の一言で、片付けられて……っ!」
「あ……っ」
――じゃあ、なんだ?
さっきの告白は、有華の渾身の冗談などではなく――極めて真剣な、恋慕の告白だってっ?
嘘だろう……でも、それが真実だとしたら、俺は。
(なんて……ひどいことを、言いやがったんだ……俺って、馬鹿はっ)
有華の、勇気を。
笑いながら踏みにじった……んだ、俺は。
「ひっ……えっ……うっく……」
涙が、有華の顎を伝って、フローリングの床に落下しては弾ける。
あの一つ一つが――俺の責任だ。
「ゆ、有華……。あの、その、俺は――」
「うるさい、黙ってよぉ――っ!」
鼓動が早まる。
馬鹿か……っ! 俺は、今にも壊れそうな、か弱い少女に怯えている。
「――もう何も、エー兄の口から、聞きたくない……っ」
それを言うと、有華は自分の筆記用具と教科書を拾う。
手伝おうと立ち上がりかけるが――今の俺は、気安くあいつに近付いてはいけない、と思う。
だから黙って、有華が鼻をすする悲愴な音を聞いていることしかできなかった。
「あたし、帰る」
「あ、ああ……そ、その、有華」
呼びかけは無視される。
小さな背中は玄関に遠ざかっていく。歩みが停滞する様子は、微塵も、ない。
ドアのノブに、有華の手が乗っかる。
「――エー兄の……っひぐ……うっ……あほぉっ……!」
「あっ……」
ガン――っ!
いつか、誰かにドアを蹴られたときのよう。
有華はドアを思い切りに閉めて、俺の前から、消失した。