さよならを言えたなら 第11回
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「ハル〜。明日デートしよーよ!」
「デートってなぁ…」
またいつものお誘いだ。セレナからよくこういった誘いが多いのだが、どうも気が引ける。
正直俺とセレナなんて釣り合わない。セレナに失礼だ。
「おっと、バイトの時間だ。」
「あ、こら!誤魔化すなぁー!」
今日は日曜なため、午前から午後までセレナと二人でシフトに入っている。
こんな店でも日曜はそれなりに人が来るのだ。
午前はランチタイムがはいっているため、あちこちで注文が多く、
セレナも俺も休む暇もなく働き通しだった。
ちなみにこの前の甘酸っぱいソース入りのケーキは好評で、昼時だというのに
何故かそれを頼む人が多い。俺には飯と甘いデザートを一緒に食べる感覚がわからん。
そんなこんなで2時を過ぎた辺りで、やっと客足が減る。ランチタイムは多くて
おやつの時間に減るとはおかしな話だが。
俺とセレナも暇を見ながら昼食を取っていると………
カランカラン
やっとといわんばかりに、客がきた。セレナは口いっぱいに頬張っていたため、俺が出る。
「いらっしゃいま……お、またきたんだな。」

一瞬とまどったが、顔を良く見れば葵だった。さすがに今日なためか、
今日は制服ではなくて、私服だった。暖かくなってきたというのに、長袖にカーディガンを羽織り、
ロングスカートをはいていた。
「ええ、またまた来ちゃいました。」
そう言って腰まであるぐらいの長くて綺麗な黒髪をかき上げる。……その一連の仕草に、
見とれてしまった。本当にこいつ学生かと聞きたくなるぐらいに大人びている。
同い年の、『今時』の女の子と並ばせたら、おそらくそいつが中学のガキにみえるぐらいだろう。
古臭い言い方かもしれないが、大和撫子とでもいうのか。
「?…どうかしました?」
思わず見惚れてしまい、気付いてみれば葵が至近距離で俺の顔を覗いていた。
その拍子に目が合ってしまい……
「うわ!ち、近づき過ぎだ!」
飛び退いてしまった。いっぽ近付けば触れ合うぐらいの距離だった、
「あ!ごご、ごめんなさい。……その…えと…うぅ…ぁぅ…」
つい口に出して言ってしまった。

葵も恥ずかしい事に気付いたのか、今になって顔を赤らめて俯いている。互いに気まずくなり、
うまく切り出せずにモジモジしていると……

「接客もしないで………な、に、を、し、て、る、の、かなぁ〜〜!!??」
プス!
「ぐっ!!」
突然、尻に激痛が走る。思わず叫んでしまいそうになるが、客は葵以外にもいるため、
大声は出せない。絶叫を喉の奥に飲み込み、ゆっくり振り返ると、セレナが尻に待ち針を刺していた。
そのセレナの顔は、怒り一色とたとえていいだろう。それぐらい真っ赤になり、目が吊り上がっていた。
「い、いや、ごいづ、じょうれんざんなんだ。」
痛みの余り、うまく喋れない。今日の風呂は染みるだろうなぁ……
「ふーん、常連さんねぇ……いつから?」
「今週の始め辺りからか…だな。」
「へぇ、でも、私がシフトに入ってるときは来たことないわよねぇ。」
そう言ってまだ恥ずかしくて俯いていた葵の顔を覗き込むように見据える。
……客にガン飛ばす店員て前代未聞だな。
「え、それはぁ…ぐ、偶然ですよぉ。私だって、学生ですから、
毎日来られるわけじゃありませんし。」
「へぇ、偶然ねぇ…」
「なにそんなにこだわってるんだよ。葵は客だろ?」
ここまで食い入るセレナは初めてだ。

「私にはわかるの!同じ女として、獲物を狙ってるーっていう匂いがするのぉ!」
獲物ってなんだよ、獲物って……あの新しいデザートか?
「そんなに怒るなよ、食いたけりゃ二人に奢ってやるから。」
「はぁ?奢ってってなによ?」
どうも意思疎通がはかれてない。そんなセレナとのやり取りをしていると、
クイクイっと葵に袖を引っ張られる。置いてけぼりにされたのか、なにやら困った顔だ。
「あ、ああ。すまん。客をほったらかすなんて最悪だな。」
「そーそー。ハルは最悪ぅ〜。」
「いいから。ほら、あっちのテーブルで客が呼んでるぞ。行ってこい。…さ、葵はこっちだ。」
「あ、はい。ありがとうございます、晴也さん。」
「いやいや、ありがとうだなんて。当たり前のことだしな。」
そう言って葵を前と同じ席に座らせる。
(なによなによ。もうお互い名前で呼び合っちゃって。まだ会って数日しか経ってないのに……
ハルが私を呼び捨てにするのだってもっとかかったのに……ハルもハルよ。かわいいからって
庇っちゃって。馬鹿みたい。これだから男ってのは……ああ、もう、イライラする!!)
「五番テーブルコーヒーお代わりでぇす!!」
なんか荒れてるなぁ、セレナのやつ。そんなに嫌な客だったのか?五番テーブル。


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