さよならを言えたなら 第9話
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昨年、三月……
俺は高校を卒業した。特に将来の夢や希望もなく、大学へはじめっから行く気が無かったため、
自由登校はほとんどバイトに費やし、気ままな日を送っていた。
親も特に何も言わず、一人暮らしを認めてくれた………。まあ、全部自分の金で済ませろ、
というのが条件だったが。
その時借りたアパートはとにかくぼろかったが、寝て起きられればそれで満足だったため、
安くて助かっていた。
そしてバイト先……それが今の『Fan』だった。面子も今と変わらず、セレナ、店長だけだ。
そこで俺は……葵と会ったんだ………







「お先。」
「あーあ。いいなぁ、ハルは。もう上がりかぁ。」
今日は早番で午前の開店から居たため、セレナは遅番で閉店までだ。待っててなんて言われたが
四時間も待つ気力は無い。今日はやたらと疲れたのだ。
着替えてロッカールームを出て、裏口から店の外を一周し、ゴミのチェックをする。
これは帰る時の決まりらしい。
そのまま正面の入口まできた時、一人の少女が財布を覗きながらうんうん唸っていた。

制服を見る限り、学生……それも俺と違う学校だ。財布、店、財布、店と、目を行き来させている。
おそらく店の壁に張ってあるメニューでも見ているんだろう。
そっと近付き、ゴミを拾うふりをしながら少女の様子を伺う。すると何やら独り言を
つぶやいているようだ。
「うーん…困ったなぁ………百円足り無い……あのチョコケーキ食べたいのに……
はぁ、今食べたいんだけどなぁ。」
なるほど、金が足りないと悩んでいるのか。この少女の言うチョコケーキというのは
意外に美味しく、隠れて好評となっているらしい。
……よほど悩んでいるし、あんなに食べたそうな目を見ているとなんとも可哀相に思えて来る、
まあ客なんだしいいか。
ポケットにあった百円を握り、そっと後ろから近付く。真後ろな立っても気付かないとなると、
相当悩んでいるみたいだ。
「お客さん、どうかなさいましたか?」
もうシフトから外れているのだが、一応接客モード。
「はい……チョコケーキ食べるのに百円足りなくて……って、ひゃあ!?」
一通り質問に答えてから驚く。なんだか面白い奴だ。

「え?え、えと…あのぉ……」
「俺、この店の店員。」
「あ、はぁ…や、やだ。聞かれ…ちゃた?」
可愛らしく小首をかしげる。しかしこれぐらいの年で一人でケーキをたべるだなんて珍しい。
友達連れが多いんだが。
それによく見てみると可愛いいじゃないか。おそらく俺のクラスにいれれば一番だろう。
そんな男の性か、はたまた店員としての客へのサービスか。
自分でもわからないまま、少女の手を取る。
「っ!?」
見てわかるぐらいに体をビクリと震わせる。どうやら行動の一つ一つが大袈裟らしい。
見ている側としてはおかしくなる。
「ほら。」
その手を開き、百円玉を一枚握らせる。帰りにジュースでも買おうかと思っていたが、
帰れば飲み物ぐらいあるし、大丈夫だろう。
「え?こ、これは?」
「百円。足らないで悩んでたんだろ?いいよ、別にそれぐらい。ウチのケーキ食べてくれんなら。
儲かるしな。」
「あ、あの。ありがとうございます!ほ、本当に…」
「いいって。その代わり、ちゃんと食えよ?」
「はい!」
パアッと笑顔になる。振り返って帰ろうとすると、店からはセレナのいらっしゃいませが聞こえた。


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