さよならを言えたなら 第8話
[bottom]

「じゃあ、シャワー浴びるから……」
「おう。」
葵がいなくなってから、しばらく世間話をしていた。なんだかセレナと久しぶりに
よく話したような気がする。というか、つい一昨日まで普通の暮らしをしていたのさえ疑えるぐらいだ。
「………」
セレナのシャワーを浴びる音だけが響き、葵のいない静かな部屋。……たった一日だけなのに、
やたらと長い気がした。葵の心残りが消えない限り続くとなると、うっとおしいのだが……
「はぁ……」
少し期待している自分がいる。あれだけ馬鹿騒がしいのが、いまでは苦痛では無くなっているのだ。
でも葵は幽霊……ある種、異端の存在。そしていつかは消えて………
「くそっ!」
ドンっと葵が消えていった壁を叩く。ここまで誰かに心を掻き回されるのは初めてだ。
悔しいのか悲しいのか……中途半端な感情だ。
落ち着けずに、部屋をうろうろしていると、セレナがシャワーから出てきた。
「ハル…でたよ。」
「………」
セレナはバスタオルを巻いただけの姿だった。体はほんのり赤みを帯び、濡れた髪がまた扇情的だった。

「ハル……悩むのは止めようよ。あの娘は……幽霊なんだから。もともと、私達とは
関係なかったんだよ……」
「関係……ない?」
カチンときた。セレナの無責任な言葉に。普段からこういう事を言うが、今回ばかりは…
「っざけんなよ!関係なくないだろ?…あいつを助けてやれんのは、俺達しかいないんだよ!」
怒りを捲し立てながら、セレナに歩み寄る。セレナ曰く怒りやすい俺が、本気で怒っているのに、
本人も動揺している。
「な、なにそんなに怒ってるの?本当の事じゃない!?」
「本当だろうがな、俺はもう見捨てられるようには思えないんだよ。
せめて…せめて心残りを解消してやりたいんだよ!」
「なんで?…あの娘のためにそんなにまでしようとするの?死んでるんだよ?…恋人でもないのに、
無意味な事しないでよ!!」
「無意味なもんかよ!」
「だからなんで!?」
「好きだからだよ!葵が!」
「っ!…そんな…だって、私はハルの…恋人だよ……」
「死んでたら関係ないんだっつっただろ?なら死んだ奴を好きになっても関係ないよな!?」

「だめよ……」
セレナが俯き、肩を震わしながら、声を絞り出す。その表情は、ここからではうまく読み取れない。
「そんなのダメ!私がこんなにハルが好きなんだから、そんな死んだ娘の事を好きだなんて
言って欲しくない!!」
そう叫ぶと、バスタオルを外し、その豊満な体が露になる。クォータによる物のせいか、
やはり同い年の日本人とは格が違う。
「うっ……」
やはり男の性か、その体に釘付けになり、男としての反応もしてしまう。その裸のまま迫り寄られ、
押し倒された。
「んふっ……ふぅ…」
そして熱い口づけ。よく考えると、最近はこういう行為はしていなかった。
最後にしたのは何時だっただろう……
「ね、ハル。エッチしよ?最近してなかったから、溜まってるんだよね?
ふふふ…あんな体のない幽霊となんかじゃできないもんね。私がたっぷりしてあげる。」
「うあ…」
そう言って堅くなったズボンの上から擦られるGパンの生地をも突き破りそうなほどに、
痛々しく腫れ上がっていた。
「ほら、ね?気持ちいいでしょ?あんな幽霊なんかより、私の方がいいでしょ?」

うまく抵抗できないまま、ジッパーに手が掛かる。すると……
「やめて!もうやめて下さい!!」
妖しい部屋の空気を、一人の声が切り裂いた。その声の主は玄関に立っていた……
「あ、葵!?」
「あなた……なんでここへ……あはは……まあいいわ、あなたと私が違うってこと……
ハルに出来ないことを、私がしてあげるのをしっかり見てなさい……」
葵の叫び声が入ろうとも、セレナは行為を止めない。それどこれか見せつけるためか、
激しさを増していく。
「やめてって……やめてっていってるんです!!!!!!もう見たくない!!!!」
ゴウッ!
鼓膜が突き破れるほどの大声が聞こえた瞬間、物凄い衝撃が襲ってきた。強風というより、
もはや衝撃波といえるような物が、部屋に叩き付けられた。
「ぐあ!」
「きゃあ!?」
それに耐えられずに吹き飛ばされる俺とセレナ。家具や食器も部屋中に飛び散る。
痛みを堪えて立ち上がると、葵が部屋を飛び出そうとしていた。
それを追いかけようと、俺も部屋を出ようとした。その時………

ドスッ
なにか鈍い物が刺さるような、そう、まるで刃物にでも刺されたような音がした。
「え?」
自分の体を確認してみる。頭、首、胸、腹、足。どこも異常はない痛みも出血も……
「あは、あはははははは……ほら、ハル〜……」
振り替える。そこには血がたまっていた。大量の血。セレナから……セレナの腹から溢れていた。
そのセレナの手には……真っ赤に染まった包丁が握られていた。
「あははは……ハル…痛いよぉ。私も死んじゃうよぅ…あは、私も死んじゃったら、
ハルに愛してもらえるのかなぁ?…アッハハハ、ハハハハハハ……
だめ、だよ。あんな女じゃなくって、わたしのしんぱい、して、ね?
……タ、ス、ケ、テ、ヨ。ハル?」
「あ、あ……ぐ、あ」
血、血、血、血。真っ赤な血。血の匂い、血の味、血の色。思い出される。たくさんの血。血の池。
いけない、血はいけない。それは……それはっ!
「う、うああああああ!!!!!!あああああ!!!!」
その光景に全てを思い出した。去年の記憶を全て。そして……葵の事も。


[top] [Back][list][Next: さよならを言えたなら 第9話]

さよならを言えたなら 第8話 inserted by FC2 system