さよならを言えたなら 第5話
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「さてと、寝るか……」
布団を買う金がなかったので雑魚寝。まあ畳だから大丈夫だろ。
「あれ?もう寝ちゃうんですか?」
「ああ、疲れたから。」
「あー。バイトですか。お疲れ様です。」
「…それもあるが、第一にお前の存在に疲れた。ま、朝起きたら消えてるってこともあるかもな。」
それはそれで寂しいかもしれんが……って何考えてんだ、俺。こんな奴、百害あって一利なしだ。
「うぅ、ひどい…」
「いいから、お前もさっさとねれ。」
「はぁーい。」
そう言うと、なんの迷いもなく俺の隣りで横になる。………セレナとこういうことは何回か
したことあるが、何故かこいつがいると緊張する。
「お、おい。離れて寝ろよ。うっとおしいだろうが。」
「え?そうですか?別にいいじゃないですかぁ。」
そう言うと丸くなって寝る態勢になる。……もうめんどくさい。好きににさせればいいか。
それから数十分経ったが、まだ寝れないでいた。体は疲れているのだが、いかんせん、
こいつが隣りに居るせいなのか、寝れない。
つーか、幽霊って寝るのか?

「晴也さん、起きてます?」
そんな考えを見透かされたように声を掛けられ、ギクリとしてしまった。
「ああ……寝れねぇ。」
「……ごめんなさい。私がいると、寝れないですね。……あ、夜の間は、外へ出てますから。
朝になったら戻ってきていいですか?」
この馬鹿幽霊が。なに珍しく気を使ってんだ。らしくない。
「んな気の利いたことしたいなら、でてかねぇてここに居ろ。」
「え?」
「俺が眠くなるまで話し相手でもしてろってんだ。その方がよっぽど効率がいい。」
「…は、はい!」
それを聞いた途端、背中を向けていた体を、こっちへ向かせる。心なしか、その顔は嬉しそうだった。
そんなに話事が嬉しいってのか?
「えっと、そうですね。何を話そう……えーと、えーーとぉ。」
「……お前。」
「へ?」
「今日、なんで俺のバイト先にこれたんだ?…教えてねぇはずだ。」
「あ、うーん。なんで、でしょう。誰か他に私を見れる人が居るかなぁ、
と思って散歩してたんですけど、やっぱり誰も見れなくて………」
話していく度に、葵の声が悲しみを帯びていく。

「それで……寂しかったから、晴也さんに会いたいなぁなんて思ってたら……
あのレストランに着いちゃったんです。」
……そうか、こいつは今のところ俺とセレナ以外からは見られないし、
存在にも気付いてもらえないんだ。もし、俺がこの部屋にこなかったら……
ずっと独りぼっち。周りに人は居ても、世界で一人っきりだというのと変わりは無いんだ。
「でも、本当に嬉しかったんですよ?あそこで晴也さんに会えて……私に声を掛けてもらって………」
そう言うとまた一段と声が明るくなり、笑顔になる。不覚にもその表情にドキドキしてしまった。
「ああ……そ、そういや、セレナの奴も、お前の事が見えてたな。やっぱり、俺以外にも見えるんだな。」
「そういえばそうでしたね………あのぉ、晴也さん。」
「あ?」
「…えと、その。……あんまり聞きたくないんですけどぉ………セレナさんと晴也さんて……
つ、付き合ってるんですか?…恋人として。」
何を聞いて来るかと思ったら……突拍子も無い。
「ああ……そう、らしい。」
我ながら自信の無い答え方だ。セレナが聞いたら怒るだろうな。

「らしいって……あはは、変な答え方ですね。」
「……俺に去年の記憶が無いって知ってるだろ?」
「ええ。大型記憶喪失。」
「その記憶の無い去年に、俺の方からセレナに告白した……って、セレナに教えられたんだ。」
「へぇー……それって、本当なんですかね?」
「そうなんじゃないか?確かにセレナは魅力的だし、告白したっつっても不思議じゃ無い………それに、
セレナが嘘ついてたとしても、そこまで俺みたいなのと付き合いたい理由もないだろ。」
自分でも、このぶっきらぼうな性格は人に不快感を与えるぐらいだと思う。
まあ、だからといって治すのも癪に障るわけだが。
「……そんなこと無いと思いますよ?……晴也さんは、自分で思ってるほど、
きつい性格じゃないですよ。それは確かに……口は悪いですけど………
でも、やっぱり優しいと……ううん、初めて会った時より優しくなったと思います。」
こいつはいきなり何を………
「だって、最初の頃の晴也さんだったら、セレナさんが私を見れるってわかった途端、
『こいつに成仏手伝ってもらえ!』って言ったはずですもん。」

「……それって、俺の真似か?」
「ええ、自分でも似てると思いますよぉ。」
「ば、馬鹿にしてんのか!そんなんだったら本当にセレナに引き渡すぞ!」
「ああー。嘘、嘘ですよぅ。冗談ですって。」
そう言って胸をバシバシたたいて来る。こんにゃろ、適度に具現化しやがって。と、その時。
「………」
「どうかしました?…本当に怒っちゃったんですか?」
「お前……香水なんか、つけてない、よな?」
「え?…い、いぇ、それは無理だと思いますけど……」
「だよな。」
葵が胸を叩く度に香る、甘い香り。これはどこかで嗅いだことのある香水の匂いだった。
……どこで…誰の匂いだったか。……ああ。これは、消えた記憶の中にある………
「……大丈夫ですか?辛そうな顔してますよ?」
「あ、ああ。大丈夫。」
またか。どうも思い出そうとすると心身ともに辛くなる。もうやめだ。寝よう。
「眠くなった。そろそろ寝る。」
「うん、私も。…ふぁーあ…眠いです。」
そう言ってまた丸くなって、眠りに入る。
「……おやすみ。」
「!……はい、おやすみなさい。」


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